はぐれ星になって2人で流れていきましょう
*これのつづき
◇◆◇
その日は、名字さんと日直だった。先輩たちに日直で遅れることを伝えて、黒板掃除だったり日誌だったり先生から頼まれた雑務だったりをこなしていく。
「木兎さんはすごい人なんだけどさ」
「うん」
「俺は、俺は本当にセッターつとまってるのかなって...」
ぽつりぽつり雑談をしていくうちにバレーの話になった。つい最近もやもやしていることを口にする。
木兎さんに憧れて入った梟谷。練習も何もかも楽しくて充実していて、だからこそ逆にそれがとても怖い。1年の自分が何言ってるんだ、という話だけどそれでもそういう悩みは浮かんでくるもので。
「うーん、バレーしてないからよく分かんないけど、大丈夫だと思うよ」
「......」
#苗字#さんはそう言いながら、担任から渡されたプリントをステープラーを片手に整理している。
「この前、廊下のところでその木兎さん?って人が赤葦くんのこと凄いんだぜ!って大声で言ってた」
「え?」
「本人が赤葦くんがいない所で言ってるんだよ?大丈夫でしょ」
「...え、ちょっと恥ずかしいな」
あの人は何してるんだ、全く。
「ふふ、よかったね。赤葦くん嬉しそう」
「うん。そういうの聞くと嬉しい」
でもやっぱり恥ずかしい。そんなことを考えながら彼女を見る。どうして他人の話なのに彼女も嬉しそうに笑っているのだろう。そんなことを考えた。
「......だから赤葦くんもこの人は凄いんだぜ!最強なんだぜ!ってバレーで沢山叫ばないとね。...それとも今、廊下で叫んでみる?木兎さんみたいに」
今なら人いないよー。廊下をちらりと見てからそう言って彼女が笑う。
「いや、それはちょっと。でも、うん。バレーのプレーで沢山叫んでみようかな」
「ふふ、その意気だよ」
「うん」
「それでいつか悩んだ"今日"を思い出した時に、笑い飛ばせるといいね。"あの日"、悩まなくたって木兎さんは、俺たち梟谷は凄かった。最高だったって。......って、なに漫画みたいなこと言ってるんだろ」
「まあ、沢山悩むことも良いとは思うけどね。.....矛盾してるかな?」と彼女が照れたように笑う。その表情にドキドキしている自分が居て、日誌を書く手に力が入る。
__俺は絶対にその日を、この瞬間を、笑う彼女を忘れない、そう思った。
「ありがとう名字さん」
「どういたしまして。.....赤葦くんって以外とノリいいんだね」
「そうかな?名字さんは.....」
「ん?」
「ふふ」
「え、なに??」
_とても素敵な人だね。
◇◆◇
__どうしよう。
「もうすぐホワイトデーかあ」
時間というものはあっという間で、びっくりするくらいに早く過ぎていく。3年生たちが卒業してもうすぐ2週間経つのだ。
あの日から私は赤葦くんを思いっきり意識してしまっている。今までは気づかなかった。赤葦くんが朝練ない日に通学する電車が同じ時間だとか、駅の最寄りが隣の駅だとか。
親が迎えに来てそのままお買い物に行くからと親の仕事先の最寄りの駅、つまりいつもよりも1駅先の駅で降りた時に赤葦くんとばったり会ったのには本当にびっくりした。
思いっきり目が合ってしまって、思わず「お疲れさま」と声をかけると、彼は頷いて「お疲れ」と言った。耳が熱くて恥ずかしかった。多分赤くなってたと思う。それから少しだけ会話をして、一緒に改札を抜ける。あの日はなんだかとっても変な感じがした。私を見て何故か赤葦くんが可笑しそうに笑っていたから、多分私の顔が赤いことに気づいていたと思う。
__だって、彼は人のことをよく見ているんだもの。
「はあ.....」
息を吐いた。自分を落ち着かせるために本棚からひとつの本を取り出す。お気に入りのその本の表紙は"青色はぐれ星"が広がっている。とってもきれい。
ブルー・ストラグラーと英語で呼ばれるそれは大きく金色に輝く星たちの合間で青く光り輝いている。
「赤葦くんみたい.....」
思わず呟いた。無意識だった。
この金色の大きく輝く星は木兎先輩みたいで、その合間で連星をなして青く輝く青色はぐれ星は赤葦くんみたいに思えたのだ。星団を彩るそれをじっと見つめた。それからため息をついた。
もう完全にアウトだ、私。
どこへ行っても彼のことを考えてしまっていることに気づいてはいるのだ。本を放り出してスマホを手に持つ。メッセージアプリの友だち一覧の1番上に彼はいる。「赤葦」だから五十音順に並んだそれではその位置にあるのだ。1年生の頃に交換して、でもだからといってほとんど会話をしたことはない。私はスマホの電源を落とした。
「ホワイトデー、かあ.....」
マシュマロはあなたが嫌い。
マカロンはあなたは特別な人です。
キャンディーはあなたが好きです。
チョコレートには特に意味はない。
有名なそれらを頭に思い浮かべる。何故かホワイトデーに返すものには「意味」が作られる。それすら慎重に考えて渡すことも大切なのだ。好きな人にマシュマロをあげてしまったり、逆にそうでない人にキャンディーを渡してしまったり。何も知らないと変に誤解されるのがホワイトデー。
何を返すべきか?その答えはもう自分の中にあるのだ。
あるけれど、でも.....。
◇◆◇
ついにホワイトデー当日だ。
女子だけでなく男子でもちらほら紙袋を持っている人がいる。返す人は返すし、返さない人は返さない。それもホワイトデーだ。女の子だってバレンタインでくれた人の分だけをホワイトデーで作って渡すなんてことも普通にあるわけだし。
バレンタインと同じでどこかソワソワとした教室でため息をついた。
【昼休みにこの前のところで】
昨夜、赤葦くんにそうメッセージを送った。直ぐに了解の返信が来た。私は彼のために用意したその紙袋を忘れないように鞄の横に置いていた。
バレンタインで意外な子から貰った分のお返しと赤葦くんへのお返し。当日の今日、それらはちゃんとロッカーにある。休み時間になる度に少しずつ教室を巡って友人たちの分を渡していく。残りは赤葦くんに渡す分だけだった。
__次は昼休み、か。
段々と近づいてきたそれのせいで、緊張して授業に集中できない。幸いにも4限目の古文のおじいちゃん先生はゆったりと授業を進めていく人だったから、黒板に書かれている文字はちゃんと写すことができた。
「___あひ見まく 星は数なく ありながら 人につきなみ まどひこそすれ」
不意に先生がその歌を詠んだ。古今和歌集に載っている歌らしい。星、という言葉に顔を上げた。黒板にその歌が書かれていく。
___あなたに会いたいという気持ちは星のように無数に数えきれないほどあるというのに、あなたにお会いする手段がないために、月のない真っ暗な夜道を歩くように心乱れて迷っています。
先生いわくそういう恋の歌らしい。誰が誰を想って詠んだのだろう。ホワイトデーという今日に偶然取り上げられたその和歌。誰かと誰かを繋げる"手段"になる日。バレンタインのあの日に乱された心に終止符を打つ日。
__それがたとえどんな形であったとしても。
その和歌を、意味を丁寧に丁寧にノートに書き写した。だって私にはその歌がとても輝いて見えたから。
先生が次の和歌を詠んでいく。それを聞き流しながら、時々ノートの続きを書き込みながらもじっとその和歌を見つめて、そして指でなぞった。
__なんて、素敵で悲しい歌なのだろう
◇◆◇
「えっと、赤葦くん」
「うん」
この前の準備室の前。相変わらず人気がないそこで彼と向き合う。赤葦くんも緊張しているらしい。私だってもちろんしている。小さく息を吸って、吐いて。それから持ってきた紙袋を渡した。
彼がそれを受け取る。そして中身を覗き込んだ。多分マシュマロとかマカロンとかキャンディーとかそういうお返しに意味があることを彼も知っているのだろう。
「金平糖...?」
「うん」
私は彼に白と黄色と青の金平糖を渡した。もちろん渡したものはそれだけじゃないけれど、その紙袋の1番上の透明のラッピングには金平糖が入っているのだ。白と黄色の中でキラキラと光り輝く"青色はぐれ星"のようなそれが入っているのだ。
それが私のホワイトデーのお返しの意味を意識した気持ちだ。
「金平糖の意味は知ってる?」
「いや、知らない」
赤葦くんは多分困っている。この金平糖の意味がわからない。
好意なのか友愛なのか、それとも...__。
それが分からなくて彼は困りきっている。私はその様子を見て思わず笑った。緊張なんてとっくに忘れてしまっていた。
「ホワイトデー 金平糖さ、意味で調べてみてよ」
「.....」
赤葦くんがこちらを見つめてくる。それからスマホをそっと取り出して検索して、そして固まった。私は更に笑みを深める。
「赤葦くん」
「...はい」
「あなたのことが好きです」
そう言って彼を見つめる。スマホを制服のポケットに入れた赤葦くんは状況を整理しているのか下を向いてフリーズしている。その様子を見ていると、耳が急に真っ赤になるのが見えた。くすくすと笑いたくなるのを我慢した。心がむず痒い。
「.....えっと名字さん」
「うん」
「俺も名字さんのことが好きです。付き合ってください」
「はい、お願いします」
返事をした。するとさっきまでは赤葦くんの反応を見て余裕だったはずの私の心がようやく何もかもを自覚していく。2人で顔を真っ赤にして、それから照れて笑った。
「これからよろしくね」
「うん。よろしくね」
(金平糖の意味は"あなたが好きです")
(そして、"末永く良い関係でいましょう"です)
◇◆◇◆◇
ぜひぜひ「青色はぐれ星」検索してみてくださいね。とても綺麗ですよ。
*「あひ見まく 星は数なく ありながら 人につきなみ まどひこそすれ」古今和歌集 巻第十九 誹諧歌 1029より
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