「なあ、今のもう一回して…」
「……今の?」

教室に悠仁と2人。五条先生は任務でどこかの県に行ったらしい。伏黒くんと野薔薇は先輩たちの所で稽古だ。昨日遅くまで任務に行っていた私に気遣ってなのか、今日はゆっくりしてろよと言われた。

最初は部屋でぼんやりしていた。しかし、何もやることはなく、何となく授業がある訳でもないのに教室に行く。誰もいないそこはただの退屈な箱庭で、机の中に入れたままにしていた小説をぼんやりと読んでいた時に悠仁が来た。彼と2人でのんびり喋りながら、私は小説、悠仁は漫画雑誌を読んでいる。いつもの殺伐とした日々とは違って随分と穏やかな世界が出来上がっていた。

「だから、こう…」

急に「もう1回して」と言われ、小説から顔を上げる。パチリ、悠仁の目としっかり目線がかち合った。私、今なにかした?と思いながら、首を傾げれば、体をこちらに向けた悠仁は、左手で髪を耳にかける動作をする。まあ髪の短い悠仁には出来てないけれど。

「ああ、これね…」
「おお!」

もう1回して見せれば、何故か彼の目が輝いた。それに内心困惑する。この仕草になんでそんな顔できるんだ?と。

「……何、その顔」
「今!すっげぇキュンとした!」
「はい?急に何?」

キュン?キュンってときめいたってこと?ドキッとしたってこと?そんな普通にさらり言えるものなのかと冷静な私と、急に言われて心の中で絶賛大嵐で狼狽えている私が居る。顔面には後者が出てきたのか、顔に熱が集まっていくような心地がした。

「顔真っ赤だな!」
「うっ、悠仁だって顔真っ赤だよ!」
「そりゃ、ドキドキしてるから、今」
「……っ」

駄目だ、なんでそんな言葉が簡単に出てくるんだ?目がぐるぐる回りそうなほど、頭の中は相変わらず悪天候で、考えや言葉に纏まらないくせに感情が飽和していく。

「なあ。名前、知ってた?」
「なに、を?」
「俺、名前のことすっごい好きなんだぜ?」
「__っ!!」

さも当然のようにそう言って、彼はにっこりと笑う。頬も耳も真っ赤にして照れ臭そうに笑っている。

「で、返事くれる?」
「え、あ、わ、……私____……だよ」
「ん?わり、聞こえなかった」
「だから!___」


◇◆◇



「あれ、結局2人とも来たの」
「……うん」
「おう、あれ伏黒は?」
「パシられてる」

2人きりに耐えきれなくて結局、野薔薇や伏黒くん、先輩達がいる外へと飛び出した。1人で行こうとしたのに当然のように「俺もー」と悠仁もついてくる。今、顔を見たくない、見れない。早足で目的の場所へ歩く。悠仁を巻こうにも、50mを3秒台で走るような世界記録もびっくりの超人から逃げれるわけないから、すぐに諦めた。そして野薔薇の姿を見るなり走って飛びついた。

「な、何、急に…!てかあんた顔真っ赤だけど熱でもある?」
「ほんとだな、体温計もってくるか?」
「しゃけしゃけ」
「だ、大丈夫です。気にしないで…」

ふるふる首を横に振る。さっきのことなんか言えるわけない。心配そうな彼らには申し訳ないが、本当に熱がある訳では無いのだ。

「いいなあ、俺にも抱きついてくれねーかな」
「……うるさい!バカ悠仁!」

みんながいる前でも普通にそんな発言をする。やめてくれ。公開処刑ってやつだから、それ。顔にさらに熱が集まる感覚。近づいてきた悠仁から逃げるように野薔薇から離れて、パンダ先輩の後ろに隠れた。


「うわ、普通に下心見え見えだな」
「いつもそんなこと名前の前では言わないのに、何だ?告白でも成功した?」
「しゃけ、すじこ」

あんな発言を普通にしたのに野薔薇も先輩たちも驚きはしない。

「い、いつも?」
「おう、聞き飽きたぜ。高いところにある物を取ろうと腕を伸ばして必死になってるのがかわいいとか」
「甘い物食べてる時の幸せそうな表情が好きとか?」
「すじこ、こんぶ」
「照れると顔真っ赤にして目を泳がせるところが良い、だろ?」
「戦闘になると急に逞しくなって、でも終わるとへらりと笑って怪我は?って聞いてくれるところもグッとくるだな」
「あとさっきの耳に髪かける仕草はドキドキした!」

みんな揃って私を虐めたいのか?1部、ニヤニヤ笑いながら揶揄うようにそう言いながら笑っている。その中にいつの間に戻ってきたのか沢山のジュースを抱えた伏黒くんも居た。

「うわ、顔真っ赤…」
「ゆでダコみたいになってんぞ?」
「……っ、あ、え…と」
「 ほら、今の顔!めっちゃいい!」

何これ、公開処刑より恥ずかしいんじゃないか?それに私の知らないところでそんなこと言ってたとか、何それ。さすがにやり過ぎたと自覚し始めた狗巻先輩と野薔薇がそれぞれ悠仁の肩と私の肩を掴んで離してくれた。息をするのを忘れてしまったのではないかと思えるほど、頭がグラグラと揺れている感覚に陥って抜け出せない。

「の、野薔薇…」
「あんたも厄介なのに好かれたね」
「厄介ってなんだよ!」
「そのまんまの意味よ……」

呆れたとでも言うように息を吐いた野薔薇に悠仁は噛み付く。本当だよ、厄介すぎるよ。

「でもやっぱり1番は、さっきの__ウグッ」
「ストーップ!それ以上言ったら祓う!封印する!記憶消す!」

絶対さっきの教室のことを言おうとしているのだ。それが分かって慌てて悠仁に近づいて、その口を手で塞いだ。身長差はあるが、ギリギリ届く。

「ヒュー、積極的だな」
「俺ら、何見せられてんだ」
「すじこ」

そんなこと言ってる先輩たちや伏黒くんの声は聞こえない。それらに耳を貸す余裕はない。どうにかさっきのことを言いふらされないようにしないと、という気持ちの方が大きいのだ。

首をふるふる横に振りながら、「やめて、お願い」と口を抑えたまま繰り返す。そんな私をじっとみていた悠仁は、何を思ったのか私の背中に両腕を回してきた。だ、抱きしめられて……


「先輩ーー!助けて!!」
「ありゃりゃ、捕まったな」
「せめて人目のないとこ連れてけよ。よし、稽古再開するか。とその前にパシらせたジュース、と」
「しゃけしゃけ」

身の危険を感じて先輩を呼ぶが、直ぐに顔を逸らされた。

「野薔薇っ!伏黒くん」
「ご愁傷さま」
「まあ、頑張れ」

同期にすら見捨てられる。

「そうだ、こういう時こそ宿儺さん出番です!」
「……フン」

そう言うと悠仁の頬に口が出てきた。そして鼻を鳴らすと消えていく。悠仁の中の特級呪物にすら見捨てられ、頭の中の警告音はガンガン鳴り響いた。

逃れようとジタバタ暴れるが、握力腕力脚力何もかも規格外の悠仁に勝てる要素なんてひとつもない。気が付いたら抑えていたはずの口から手は離れていて、気が付いたら景色がぐるんと回っていて、気が付いたら寮の前に来ていた。え、はっや。

私、いつの間にお姫様抱っこされてたのと困惑しているうちには、もう悠仁の部屋である。

「ゆ、悠仁……?」
「ごめん、名前。ちゃんと優しくする」
「な、何を……___!?」


(__私も悠仁のこと好きだよ?)
2020/10/04
気づいてないのは私だけ
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