*佐久早視点
*古森は出てこないし、甘くもないです。


「やっほ、佐久早くんっ!久しぶりだね〜」
「うん。……来てたんだ」

自分にサインやら握手やらを求める列の最後尾に並んでいたのは見知った女だった。いつものようにニコニコと笑う顔に昔を思い出す。何となく安堵した。彼女は相変わらずらしいから。

「佐久早選手、サインください!」
「うん」

透明のビニールに入ったペンをリュックから取り出した彼女を見つめながら頷く。そしてそれを受け取ると、彼女に何回目になるか分からないサインを書いた。サインを書いたそれを返せば、満足そうに眺めてリュックに戻す。

「お〜、ありがとう」

名前は心底嬉しそうに笑っていた。それを見てため息をつく。毎回毎回貰いに来るくせにどうしてそんなに特別な物を貰ったような顔をして笑みを浮かべられるのだろう。それが疑問でしかなかった。「そんなに自分のサインはいらないだろ」と試合を見に来るたびに彼女に言っていたが、それでも貰いに来るのだからもう何も言わなくなった。彼女の部屋の一部分には何枚も書いた自分のサインと、それよりも少しだけ多いあいつのサインが並べてあるのを知っている。1番古いものは、多分高校の時にせがまれて書いたものだろう。

「えっとあとは…、あ、写真も!」
「……はいはい」

自分の方が背が高いからと、スマホを受け取ってパシャリ。このやり取りにも慣れたものだ。そう思いながら、スマホを返せば、「元也に見せよー」と彼女はニコニコ笑っている。それからちょっとした近況報告をしてくるので、少しだけ膝を曲げて聞いた。約35センチも身長差があるのでこれが1番聞きやすかった。最早高校時代からの癖だ。もう彼女の後に並んでいる人もいないので、それをうんうんと聞いて、自分のことも少しだけ話す。

「……って、時間とってごめんね。あ、それと、今度ご飯食べに行こう。3人で!」
「いいよ、もう並んでないし。……あと食べに行くのもいいけど、作ってよ」
「私が?」
「うん」
「まあ、別にいいけど。都合のいい日を連絡してね」

お互い近いところに住んでいるわけではないが、スケジュールを合わせればどうにかなるだろうとそう提案する。外の料理も良いかもしれないが、彼女の料理の方が安心できる自分がいて不思議な感覚になった。人の手料理は苦手だが、彼女は別だ。それに美味しい。「何作ろうかなあ」なんて言いながら、ニコリと笑った彼女に自分の頬もほんの少しだけ緩んだ気がした。


「じゃあね!大親友!健闘を祈るよ」
「うん、そっちも頑張って」

パチン、小さく乾いた音が響く。昔からよくしたハイタッチ。何故か彼女は意味もなくハイタッチを求めてくる。よくわざと届かない位置に構えていたなあ、なんて自分が彼女にしていた意地悪を思い出した。ぴょんぴょんとカエルのように飛ぶ姿だとか、「届かないって!意地悪!…ね、元也、聖臣が意地悪するんだけどー」なんて言って拗ねる姿が何となく面白かった。

あの日から、いつだって彼女に触れるのはあまり抵抗がなくなった。彼女が清潔なのはよく知っているし、自分に合わせてくれるからだ。それを思い出しながら、もう1回、「じゃあね」という彼女に小さく手を振った。

それから、「……ふう」と息を吐きながら周りをみまわす。自分には並んでいなくても、まだまだサインを求められているチームメイトがちらほら見えた。控え室の方に移動しながら、声をかけられればできるだけ応えるようにする。ツンケン突き返すと周りから怒られるのだ。それが面倒だというのと、あとは最早慣れだった。


ようやく控え室にたどり着く。他の選手たちもほぼ同時に集まる。早く帰りたい、と考えていれば、何故かニヤニヤした顔でそいつは近寄ってきた。嫌な予感。その表情からしてろくなことは言わないだろう。

「臣くん、見とったで」
「は?」
「さっき彼女来とったやろ」
「……何言ってんの?」

彼女?一体何の話だ。ニヤニヤ顔の宮侑を見つめる。

「さっき、めっちゃ楽しそうに話しとったやん!それにハイタッチまでして」
「ああ」

名前のことか。

「あれは彼女じゃない」
「そんな訳ないやろ!あの臣くんが普通にハイタッチできるとか」
「……近づくな」

顔を近づけてくる宮侑から距離をとる。その距離で話されたら、唾が飛んできそうで嫌だった。さっさとマスクをつける。不機嫌を隠さないでいると、ムッとした顔と目が合う。

「彼女じゃないなら何やねん!」
「……あいつは」
「あの子は…?」

そうだな…、何と言おうか。

例えば、彼女の言葉を借りるなら、

「大親友」

「……はぁ!?」
「…うるさ」

お前そんなの言うタイプじゃないやろ、口にはしないが顔に出ている。表情がうざい。


「それにあれは古森の女」
「ええ!?」
「だからうるさい」
「か、彼氏持ちなん?」
「うん」


何故そんなに驚く。まさか惚れたとか言うのか。あいつはやめとけ。古森がめんどいから。そう思って、目の前のそいつを見る。目を見開いたまま固まっているから、今のうちに距離を取ろうか。まだ後ろで喋っているやつらの所にそっといた方がマシだ。と、考えたが、こいつが動く方が早かった。


「り、略奪愛なら協力するで!」
「は?」
「あの感じ好きちゃうん?」
「何言ってんの?好きじゃないけど」

そりゃ友達としては好きだ。自分にも友愛的なものがあったのか、とは思ったことはあるが。残念ながら恋愛対象に彼女が入ったことは1回もない。彼女には古森と一緒に並んで笑っている姿が一番似合うと思っているし、それに、

「古森にあいつを紹介したのは俺。くっつけさせた?というか間に入ったのも、俺」
「そ、それホンマに、お、臣くんなん?臣くんにそんなことできるん?」
「は?」
「…あ、何でもないわ。で、ホンマに好きじゃないんやな?」
「そう言ってる。…もうこの話はおわり」

さっさと帰りたい、と小さく呟く。ミーティングなどまだまだスケジュールはあるが、いつまでも喋っていたら時間が押すだけだ。「あ、ちょっ」という声を無視して、背を向けた。


ロッカーに入れていたスマホを確認しながら、ぼんやりと思い出すのは高校時代のこと。あのちょっと変わった女と何故か仲良くなって、「珍しいね」と寄ってきた古森に紹介して、そしたら古森のやつ「一目惚れした」だなんて言うから顔を顰めて。それから間を取り持った?というか何か適当に流してたら、すんなり2人はくっついた。俺、一緒にいない方が、と思ったが2人して引き留めてくるので、気をつかった意味…とまた顔を顰める。そんな3人で過ごした日々を思い出す。

古森は飄々としている彼女に散々振り回されるのが苦じゃないのか、…いや寧ろ振り回されることを嬉しく思ってニコニコしていて、彼女がどっかふらっと消えそうになると、笑顔のまま絶対に手放そうとしないので怖かった。そんな古森に全く気づいていない彼女も怖かった。

古森は俺以外に近づく男を笑顔で牽制しまくる。それでも彼女はアホみたいに笑っている。この能天気さがある意味古森に合っていたのかもしれないなあ、なんて。そんなことを思っているうちには社会人になった。暫くしたら2人は一緒に暮らし始めた。時々、2人して酔っ払ってテレビ電話を掛けてくるのは正直やめて欲しいが、仲がいいのなら別にいいか。なんて。


(で、いつ結婚すんの?)
(ブッフォ、……急に何だよ)
(汚い。…いや、変な勘違いはもうごめんだし)
2021/02/12
君は無垢な星の子
星の唄聲が聴こえない