__寝相が昔から最悪だった。


物心ついた時にはすでにお母さんに引かれていたと思う。


あんた、どうやったらそんな寝方になるの?
なんでそっち向きになってるの?
えっ...!?
すごい寝癖だけど...。


そんなことをずっと言われるものだから、寝る前に色々と意識はしてみたが残念ながら寝ている時の記憶なんてもちろんないわけで、どうすることもできず結局いまだに直る気はしない。


「なんでそんな寝癖がつくのかわかった。...ふっ」
「.......」

珍しく聖臣くんがプルプルと震えながら笑っているものだから唖然とした。珍しすぎる。激レアな聖臣くんだ。

え、なに?どうして?

あまりの衝撃に今日の天気予報でバレーボールが降ってくるとか言われても驚かない自信がある。それくらいに珍しい事だったからぽかんと口を開けて笑い続ける彼を見た。


え、なんで聖臣くんそんなツボってるの?私の長年の悩みが笑いのツボって...。

微妙な気持ちになりながら、自分の髪を触る。手櫛で簡単に直らないと知っているけれど少しでもどうにかならないかな、と思ったから。そんな私に手を伸ばしてきた聖臣くんが頭に手を置いた。

寝癖の所を楽しそうに弄っている。聖臣くんのこんな表情、あんまり見た事ないから不覚にもドキリとした。寝起きの聖臣くん自体が心臓に悪かったというのに、更にいつもと違う一面を見てしまった今日。

散々寝相悪いから、という話はしていたけどその実態をついに知られた今日が後悔と羞恥心で染まる前にそれを見てしまったから、なんだか変な気分だ。


「これはもしかして、寝相を直さなくてもいい?」
「いや直して」
「.....」
「.....」

即答だった。ついでにいつもの表情に戻ってやがる。ちょっと調子に乗っちゃったかな、と考えながらモゾモゾと動いてベッドに座り直した。

「言い忘れてた。おはよう」
「うん」

「おはよう」と小さく返ってくる。その表情を盗み見て、それから壁に頭をつけた。

あーあ、さっきまでの彼はもうどこに行ったか分からない。激レア聖臣くんはもしかしたら今日は終了してしまったかもしれないと思うとちょっと寂しくなった。


◇◆◇


私の彼氏、佐久早聖臣くん。

彼はめっちゃ綺麗好きである。いわゆる気にしすぎ?で、ネガティブ気味?とかいうやつで、あと人との接触を嫌いで、そしてその他色々なことが苦手な彼と付き合うまでそれはもう紆余曲折あった。それについては実況席の古森くんに頼むとする。あ、不在?じゃ、割愛させてもらう。


まあ色々あったが、そんな彼と付き合ってちょっと経つ。絶対スキンシップ嫌いなタイプだし、一緒の布団で寝てくれないだろうし、とか色々予測していたが、割と私も清潔には気を使うタイプだったこともあって予想に反してベタベタくっ付いてくる時もある。寧ろそのことを気にしすぎて私からスキンシップをとらないかもしれない。


そんな彼と同棲することになった。

私が寝相がやばいという話は聞いていた彼だが、今回同棲を始めるまでその実態を認識できていなかったらしい。新しく広いベッドを買っていたけど、聖臣くんは凄く凄く身長が高いからそんなものだと思っていた。彼の性格もあって、まさか一緒に寝ようと言われるとは思わなかった。

彼は特にスポーツ選手だから絶対一緒に寝ない方が良いって沢山力説したのにおかしいな。全く聞く耳を持ってくれない。「1回試せば分かる」というその言葉と迫力につい負けてしまった。後悔しても知らないぞ、とたかが寝相の話ではあるが、お母さんをも未だに引かせるほど素晴らしく悪いのだから仕方ない。


身長高いし結構体格いいし、あと結構眼力が凄い聖臣くん。思わずその勢いのせいで頷いたのは仕方ないし、聖臣くんが良いなら別にいいやと思った。まあ結果として今日、めちゃくちゃツボるレア聖臣くんが見れただけ良しとしよう。

新品の結構広いベッドは2人で寝ると思ったよりも丁度いい。聖臣くんは身長がとっても高いし、私は凄い寝相だろうから多分これくらいでいいのだ。

「蹴ったりしなかった?」
「それは大丈夫」
「それ"は"ってことは、なんかした?」
「.....いや別に。ただ凄い動きしたと思ったらピッタリくっついて来て可愛かった」
「かわっ.....」

急に出てきたその言葉に声が詰まる。"凄い動き"とかいうやつもめちゃくちゃ気になるが、それよりも直球に向けられた言葉に私の顔は真っ赤に染った。

なんかもう全部恥ずかしい。

絶対醜態見せちゃったし、ピッタリくっついて来たって何?私何してるの?と、めちゃくちゃ焦る。


そういえばお父さんが言ってた。

お前は他の子よりも小さく生まれてきて、本当に危険な状態だったから、しばらくの間は保育器の中にいたんだよ。お母さんやお父さんとあまり触れ合うことのできない期間があったせいで、多分人肌が恋しくて探してるんだよ、って。

確かに寝相はどんなに悪くてもお母さんを蹴ったとか、そういうのは聞いたことない。誰かが近くにいるとピタッとくっついてくることがあるらしい。冬は大歓迎だけど、子供体温が夏はキツかった。とお母さんが昔言ってた気がする。


無意識のうちに恥ずかしい所を見せてしまった、と羞恥心で思わず布団を手繰り寄せて顔を埋める。すると背中に暖かい体温がのしかかってきた。


「聖臣くん、重い...」
「重くない。体重かけてないじゃん」
「.....じゃあ、あつい」
「じゃあ、って何?」

ピタッとくっ付いてくる聖臣くん。お腹に手が回ったかと思ったら少しだけ引き寄せられた。ずりずりとシーツの上をを少しだけ滑って彼の足の間に収まるのが何となく分かった。確かに彼は体重を掛けてないから少しのしかかってきてても重くはないけど、ついそんな言葉が出る。それを否定した彼に続けてそう言うと、頭の上に彼の顎が乗った。確かに「じゃあ、ってなんだろう」。自分で言ったのによく分からない。

2人で居る時はスキンシップが割と多めの聖臣君には結構慣れたけど、このムズムズとした感覚にはまだ慣れない。

「きよおみくん」
「なに?」
「.....なんでもない」
「なにそれ」

ふっと頭の上から笑う声が聞こえた。何となく今の彼の表情が想像できて、ほわほわとした温かいもので胸がいっぱいになる。

「名前呼んでみただけ」

そう言って、お腹に回る彼の手の上に手を重ねた。


◇◆◇


「.....」

名前の寝相が悪いというのは知っていた。よく彼女がそのことを話題に出すから。高校の時の修学旅行の時に友達に撮られた写真がやばかったとか、親に未だになおらないことを引かれたとかそんな話。


そんな彼女の寝相を実際に見て思うのは、「面白い」だった。


名前は布団に入ると直ぐに眠れるタイプらしい。横からすぐに聞こえてきた寝息にそんなことを考える。彼女が「後悔すると思うよ?」と力説するくらいの寝相がどんなものか単純に気になって、すでに暗闇に慣れた目でつい見てしまう。

彼女が隣でモゾモゾと動き出す。寝返りをして、それから__。

確かに想像していたよりも凄い寝相だ。しばらくそれを見てそんな感想を持った。

ただまあ、自分も寝ている時の記憶なんてないから、それがどうすることもできないのは知っている。もしかしたら調べたら直し方も分かるのだろうけど、これだけ気にしている彼女がそれを試さなかったとかそういうのはない気がした。

「.....ん」

また彼女が寝返りを打つ。壁に少しだけ当たって、それからこちらに寄ってきた。ちょっと寝苦しそうだと思った。そして、そんな彼女の一連の様子を見ていて思う。


__何かを探してるみたいだ。


つい好奇心から名前の腕に触れてみた。すると、すぐに彼女がこちらに寄ってくる。さっきよりも更にこちらに寄ってきて、そして俺の身体にピッタリとくっ付いてきた。温かい体温と呼吸によって身体が動いているのを感じる。

先程よりもずっと安心した表情でくっ付いてくるものだから、つい頬が緩む。他の他人だったら断固拒否だ。鳥肌ものだ。

でも、名前なら全然良い。

良いんだけど、彼女は俺の事を気にしてスキンシップを遠慮しているのは分かってる。だから俺から全然構わないと示すために沢山触れてみるのに、それでも中々難しいみたいだ。まあ前よりも随分とマシにはなったが。

そんな彼女が自分から擦り寄ってくるものだから、嬉しくなった。

「かわいい」

思わずぽつりと呟いた。覗き込んだその表情が幸せそうだったから、つい。

そーっとその体を抱き込んでみたら、一瞬だけ身体が動いたが、そのあとはピクリとも動かなくなってちょっと面白い。しばらくすると、時々モゾモゾするので、それも可愛いと思った。


擦り寄ってきた彼女の額に唇を寄せて、それからようやく俺も眠りについた。

(長い長い夜の旅に)
(体温を分け合って出かけようか)

2021/05/27
良い子を抱きしめておやすみ
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