で、こうなるわけね

「……よし、今日は席替えするぞ」
「おおー!」

担任の言葉に教室が湧く。僕は今か今かと待っていたその言葉に嬉しさを覚えた。なんて言ったって、僕の周りは女の子なのだ、しかも全方位。さすがに斜めに男子はいるが、話しかけづらい。というかまずコミュ障でバレー部のクラスメイトくらいとしかコミュニケーションとれていない。頑張って話しかけてくれるクラスメイト達に応えようとするが毎回空振りするため、バレー部のメンツが間にいてくれるし、何なら通訳してくれる。

この席替えを機に誰でもいいからバレー部と近くになってくれ!そういう気持ちで回ってきたくじを引いた。

「で、こうなるわけね」
「ある意味奇跡」
「……そうだな」
「……そ、そうやね」

僕の左は涛治くん、右は栄くん、そして前の席は青砥あおと隆良たからくんだ。全員バレー部である。そして僕は一番後ろなので後ろは誰もいない。

「すげーな、そこ。3人に囲まれてると宮が全然見えん」
「祈くん、めっちゃ姫ポジやで」
「……ひ、姫、ぽじ?」

教卓のところに立った担任がこちらを見てポツリと呟いた。それに対して栄くんがなんか言ってる。

「宮〜、そっから黒板は見えるか」
「え、ああ、はい!みっ、見えはしますけど」
「じゃあ変えなくていいか」
「は、はい」

隆良くんは苗字が青砥だし、涛治くんは温海、栄くんは伊津田である。この3人出席番号がこのクラスの1、2、3である。対して僕は宮だから出席番号は後ろから数えた方が早いし、周りは女の子に囲まれてあまり動けなかったため、こうして4人でいれることはなんだか嬉しい。

まあまず部活でよく話す涛治くんと栄くん、そして寮で同室の隆良くんが同じクラスなのはある意味奇跡だと思う。まだコミュ障は変わらず出るが、3人とも慣れたのか気にしていないらしい。色々とありがたかった。

ホームルームが終わり放課後になった。今日は体育館があと1時間使えず、外は雨でロードワークはできない。さすが私立といわんばかりの立派なトレーニングルームも他の部活が元々使う予定だったらしく取れなかったらしい。部活始まるのはあと1時間半後。とりあえず雑談するなり課題するなり適当に過ごせ、という指示をもらったので、新たな席で動かなくてもすぐそこの距離にいる彼らと雑談することにした。

「明後日、スポーツテストだね」
「ここはシャトルランじゃなくて1500mらしいよ」
「えっ、シャトルランないん?」
「ないらしい。てか、俺中学の時も1500mだった。シャトルランとか小学生以来やってないかも」
「へー、学校によってそれぞれだな」

あまり喋るほうじゃない隆良くんは相槌だけうって聞いている。顔つきは優しいし、表情も柔らかいが想像と反してあまり喋らず、喋っても短めの返事を返す彼には同じ部屋になった時に、変な沈黙があって気まずくなったものだ。隣の部屋の涛治くんが救出に来てくれ、ついでに仲を取り持ってくれたおかげで今では沈黙も気にならないし、お喋りも少しはする。寡黙と人見知りの部屋の組み合わせって怖いなと笑っていた栄くんはやはりコミュ力おばけなので、直ぐに同室の子と仲良くしているようだった。

「祈くん、ダッシュの時もそうだけどめっちゃ足速いよね?」
「そ、そうかなあ?」
「俺、結構走るの得意だけどダッシュの時は祈くんに全然勝てない。てか、1年でダントツで走ってんじゃん」
「まあ走るの好きやで?」

走るのは好きだ。あまり長すぎるのは好きではないが。

「持久走大会とか好きそう」
「……うーん、それは普通やな」
「あれ、そうなの」
「長く走るのって暇やん」
「暇?きついとかじゃなくて?」
「暇やなあ。まあこの学校は中学ん時みたいにハーフマラソンやないみたいやからええけど」
「ここは10kmだったかなあ。てかハーフマラソンって凄いね」

そうだ。中学はハーフマラソンだった。頑張るのは運動部の部活くらいだ。まあ運動部でも適当に走る人は多いが。時間内にたどり着けば歩いてもいいし、休憩ポイントではお菓子や飲み物も貰える。他の中学は競歩だったり3kmだったり、5kmだったりするのに、と愚痴は零す人も多かったが、歩いても黙認され、出席すれば成績にも響かないため意外とマシなのではとも言ってた人もいたなあ。

「…隆良くんも結構速いよねえ」
「……そう?」
「俺、隆良くんと祈くんにマジで勝てない」
「てか3人とも速すぎるんだよ」
「あつみん普通だもんね」
「ひっで」

あはは、なんてみんなで笑う。こんな風に楽しく雑談できるようになれるだなんて想像もしてなかったのでなんだか楽しい。もうこの3人になら割と吃らずとも話せるようにまでなってしまった。僕、ちょっとは人見知り改善したのでは?

「なあ、宮くん」
「ひ、ひぃ、は、はいっ!?」
「うわ、ごめん。急に声掛けてからびっくりさせた?」
「……だだだ大丈夫だよっ」

前言撤回、多分全然改善していない。

僕の吃りっぷりにひいひい笑っている2人と、いつものように穏やかな表情の隆良くんが目に入る。意を決して後ろを振り向けば何となく見知った顔がある。前の席で斜めのところに座っていた。

「これ、宮くんのだったりする?」
「え、あ、そ、そう!僕のや!ああありがとう。」
「それなら良かった。席替えの時に拾ったんだけど声掛けれなかったんだよ。ほい、どうぞ」
「ほ、ほんまありがとうな!」
「いいよー」

見慣れたシャーペンが彼の手に握られていた。ニコリと笑ってくれる彼に、笑顔を向けて受け取る。お兄ちゃんたちと随分前にお揃いで買ったやつだ。まあよくあるデザインだけど。3人ほぼ同時にシャーペンを壊してしまったため、3人で文房具屋に行き、ノリでお揃いにしてしまった。黒いデザインのそれはお気に入りだった。「じゃ、俺帰るねー」と手を振った彼に4人で「じゃあね」と声をかけた。


「やっぱり祈君の人見知りっぷりはウケるわ」
「そ、そうやろか」
「昔っからそうなの?」

昔から、か。と昔のことを思い出す。記憶にあるのは兄ちゃんたちの背中だった。

「うーん、物心ついた時には既にこうだったかも。兄ちゃんたちの後ろに隠れて出てこなくて、保育園の先生をたくさん困らせてたって母さんが言ってた」
「何その可愛いエピソード。俺なんてよく脱走しようとして怒られてた」
「栄くん、やば…」
「そういう隆良くんは大人しく絵本読んでるタイプでしょ」

栄くんの小さい頃の話に隆良くんが反応する。確かに隆良くんは小さい頃から穏やかそうだ。

「いやガキ大将だった、らしい」
「ええっ!?いまの隆良くんからは想像つかない」
「この中でマシなのって俺だけなんだね」
「あつみんはそういうエピソードないの?」
「ないかなあ」
「へえ」

さすが涛治くんだ。小さい時はきっと可愛いんだろうなあ。

「……てか何で俺だけあつみんなの?栄くん」
「え、うーん、何となくあつみんって感じだから」
「訳わかんねえ」
「うん」

確かに栄くんは僕や隆良くんのことは下の名前にくん付けなのに、涛治くんだけはあつみんだ。

「まあ気にすんなって」
「ええ?」

口を尖らせた涛治くんは、何だかんだ不満なわけではなさそうだ。

(あ、そろそろ部活行く準備しとこう)
(先輩よりも先に着いておきたいもんな)

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