俺やて負けんわ

*50万hit企画の話。
*中学時代

◇◆◇


「宮兄弟じゃん...」
「宮兄弟だ」
「うっわ、宮兄弟。やっぱり似てるわ」
「見て!宮兄弟だよ!」


ちょっとした嫌悪、恐れ、羨望、好奇、親しみ__、様々な視線に晒されながら歩くのには中々慣れない。

試合会場のロビーには様々な学校の選手やマネージャー、指導者や先生、親に応援と人が溢れている。彼らの話題といえばやはり試合関連の話であり、その中に自分たちを表す「宮兄弟」という単語もちらほら聞こえ、そしてそれを無意識に選んで耳が拾ってしまう。


「......っ」

祈は、視線を幾度となくさ迷わせ、ビクビクしながら歩く。人からのレーザービームのような視線も、チラチラと見てくる視線も特に気にせずスタスタと歩いていってしまう兄たち3年生に他の部員たちとついて歩きながら、祈は肩にかけたスポーツバッグの重みにすら押しつぶされてしまいそうなくらいに顔色も悪ければ足取りも覚束無い。

人から聞こえてくる噂や視線、時折掛けられる声、それだけでなく先程他校に絡まれたため、それにより引き出されたコミュ障がさらに追い打ちを掛けている状態だった。


「侑先輩、祈くん大丈夫ですかね」
「あんなんいつものことやろ...」
「治先輩...」
「コートに押し込めば解決するで」

心配した祈の同級生が思わず彼の兄たちに声を掛けるが、ちらりと祈を見て「いつものことだ」と慣れたように2人は素知らぬ顔で会場を歩き、予め割り振られている応援席を目指す。

2年も一緒にいるのだから同級生たちも割と毎回のことなので気にしないようにしたいが、今回の大会の規模が規模なので心配でならないのだ。祈は体調管理もしっかりできるし、危機的状況だろうがなんだろうが試合のプレーでのブレもほぼない。コートに入れば、コート外とのギャップに味方すら驚く程に様変わりするのだって分かっているが...。

「...僕のことは気にせんで。......く、空気やと思ってええから」

その顔色で何を言うのか。

後輩ですらそう思うが、本人は頭を振る。「足でまといになってごめん」だの、「チームの雰囲気が」など遂には言い出した。

確かに"普通のチーム"であれば、割とこういういかにも「体調が...」「顔色が...」という選手がいると相手には不調だと思われるし、それだけでなく周りは気を使ってしまうだろう。あとは割と気まずい感じになるかもしれないが、よくよく今までを思い出しながら考えてみると彼の"それ"は自分たちにしてみれば通常運転だった。

逆にこの状況でケロッとしている祈がいる方が「異常か...?」と気が気でなくなるかもしれない。それに祈が一頻り緊張しまくってくれるせいで、「肝試しで自分より怖がってる人がいると段々怖くなくなる現象」のようなものが発生し、後輩の緊張ともども色々と緩和してくれている。

そして彼らは知っている。祈は人見知りでこういう雰囲気に押しつぶされそうなほどビクビクするくせに、負けず嫌い。コートの内と外とのギャップがあればあるほど、試合の時の気合いの入りようみたいなのものがいい感じに入って(というか多分ビクビクしていた先程の自分に負けたくないとか、毎回ああなって悔しいとかそういう気持ちがプラスされるのだろう)、味方ですら頼もしい、悔しいだけじゃなく、「もはやどうやったらそうなれるん?意味不明や」と色々な感情で泣きたくなるくらいに完全無欠くんになるのだ。


「ほっとこうや...」
「せやな」

宮双子の対応が1番最適解だと再認識したチームメイトは、祈の肩を押しながら歩く。ここでケロッとされて、もしコート内でこの雰囲気を思い出してビクビクし出すという可能性だってほぼないだろうが、少しはあるかもしれない。

そんなことになったらある程度は勝てはするだろうが試合相手や状況によっては割とというか非常にまずい。確かにどんな試合や状況でも調子にムラなくプレーできる祈だが、下手なことして今回に限ってそれができなくなれば勝率もチームの雰囲気もダメになることだってあるのだ。

それにこの現象は最早祈にとっての昔からのルーティンである。それを崩さない方が絶対いい。そこまで考えながら歩いていく。そしてひとつある予感を確信する。


__ああ、今日の試合には"ホンモノのバケモノ"が出るぞ。


バケモノ。決して軽蔑でも悪意でもない。ただ純粋に、畏怖と尊敬を込めてチームメイトは心の中で唱える。

祈のことをよく知らない、__いや、我らが中学のことをよく知らない奴らがそれなりにこの光景を見て油断すればいい。油断して噛まれるのは誰か、なんて知っているのは一体誰だろうか。

祈は、ずる賢い狐のような性質たちではないにしても、「騙された...」と思えてしまうくらいに、まるで計算されたように、その恐ろしさを、発現させる様を、油断した相手を無意識に嘲笑うかのようなプレーを、思い浮かべながら人知れず笑みを浮かべる。

視界の端に「おいおい、大丈夫かよ」と馬鹿にしたようにこちらを見てゲラゲラ笑う奴らが見える。ジャージの名前からして次当たるところだ。

__ああ、可哀想に。

狐に噛まれるだろう彼らに思わずそう同情した。こちらは相手が誰であろうと油断はしない。例え去年まで出場したことがないような中学が相手だろうと、常連校だろうと優勝候補だろうと違いはないのだから。

◇◆◇

「ようやった!!」

コート内からもベンチから応援席からも歓声が上がる。祈は、チームメイトから肩を代わる代わる叩かれ、髪をボサボサになるほど撫でられる。それでも崩れぬ顔の良さに「けっ」と同級生のチームメイトはパシンと背中を叩いた。

「ふわぁ!?いったい...」
「はは、なんつー声出してるん」

1セット目のマッチポイントをそれはもう気持ちよく派手にぶちかまして決めてくれた祈は、間抜けな声を出した。つい先程までとのギャップでつい笑ってしまう。

瞬く間に1セット目が終わった相手校の目は完全に絶望しており、先程までの威勢もなければ、バカにしたようにゲラゲラ笑うこともない。

知ってしまったのだ。有名な宮双子だけじゃない。うちの中学にはもう1人の文字通り"ヤバいやつ"がいると。

もちろん祈本人のことも彼の性質のことも有名である。だが、試合前の様子からして「本当か?」と疑うやつもいる。お前らちゃんと試合映像見てるか?と聞きたいが、確かに自分たちの試合を見返した時あの独特のオーラを放つ祈の姿はただの凛々しいイケメンな気もする。しかもこの宮三兄弟、みんな顔が似ているため分かりにくい。

どうもこの規模の大会初出場とあって会場の雰囲気、試合を見に来た強豪校からの視線や圧、そして常連校との試合に、似た顔が相手コートに3つあるという相手からしたら紛らわしい現象、そしてコートに入った途端に雰囲気の変わる選手、チーム仲はあまり良好そうではないのにプレーだけはそれなりに合う相手。

あげれば割とキリのないほど、色々なものに翻弄される相手チームの絶望は分からんでもないがあまりにも早計だ。それだと出場はできても勝ち上がらない。勝ち上がれないのだ。例えチームに抜きん出た"バケモノ"じみた奴がいなくとも勝つチームはある。中学生というまだまだ発展途中の身体を、心を、引きずってプレーするのだから何が起きるか分からないというのに。

「トム、せっかく合わせたんやからもうちょっと高く飛べや」
「...に、兄ちゃん。.....せやな。次は兄ちゃんの目ん玉飛び出るくらいええジャンプするなぁ」
「そりゃええ心がけやな」
「兄ちゃんには負けへんからな」

低い声でそれを皮切りに侑はズケズケと祈に色々なことを指摘する。言葉は強いが祈は怯むことなく笑顔を浮かべた。試合の時の祈も負けず嫌いが存分に働き好戦的になる。


一頻りに話すと祈はコートをぼんやりと見て呟いた。

「相手の5番さん、ええサーブやったなあ。そういや今日は兄ちゃんのサーブもええ調子やし...」

___負けたくないなあ。


3年の先輩には可愛がられ、1、2年にも人気高い祈が中々浮かべない悪い笑み。そして声変わりしたばかりの低い耳慣れない声が紡ぐいつもの"それ"。相手だけじゃなく、味方ですらもれなく発揮される負けず嫌いはそれはもう素晴らしいが、少々怖い。__いやとても怖い。

彼の言葉に自分の名前が出てくるということは良いプレーができている証拠だろうが、その度に向けられる対抗心は心強いが少々プレッシャーだ。しかしその圧のおかげで自分たちは油断することなくプレーできる。何だかんだ負けず嫌いばかりが集まったチームだ。向けられる対抗心に負けてやる気などない。

__ああ、でも。

「大会ではできれば試合相手として会いたくないなあ」

そう思う。祈は高校はどこへ行くのだろう。やはり県内の強豪は稲荷崎だろう。全国でも優勝候補に名を連ねる学校である。祈の兄たちもほぼそこに行くだろうし、きっとそうだ。自分だって稲荷崎を目指しているしきっとそうだろう。

味方も相手も戦かせるほどの頼もしい圧を存在感を纏ってコートを駆ける彼が、相手コートにいると考えたら恐ろしいと素直に思う。例え相手が見てわかるほど格下であったとしてもだ。

「次のセット、負けへんから」
「俺やて負けんわ」

コートに入る。拳を軽く突き合わせニヤリと笑う。この"恐ろしさ"に慣れてしまえば大抵のことは怖くない。試合を観戦する強豪からの圧も視線も怖くない。

相手コートを見据える。2セット目が始まる。恐ろしいほど綺麗な笑みを浮かべる祈を横目に集中するためにゆっくりと息を吐いた。

◇◆◇

__コートに"バケモノ"がいる。

「宮、祈.....」

そこに立っているのは見慣れた彼だ。やはり強豪の高校では中々ベンチにすら入れなかったため、応援席からコートを見下ろす。

相手はこの大会きっての優勝候補である井闥山。そのコートにいるメンツといえば高校バレーでは知られた選手ばかりだ。もちろんこちらの選手もそうではあるが。その中に佇む我が高校の双子にそっくりの彼はやはり恐ろしい。味方じゃなく敵であると余計に。

圧も存在感も相手に植え付ける恐怖も中学時代よりさらに鋭利に磨き、プレーも洗練されている。会場でないと感じられない祈の独特なそれを高校生になって初めて見たらしいチームメイトの顔はぽかんとしている。

バケモノたちの中でも抜きん出たバケモノ。それらの集まりの中でさらに異質を放つ男。佐久早とはまた違う、それ。

例えこちらが優勢になったとしてもちっとも気持ちが湧き上がらないのは一体何故なのか。

侑があげて、治が打ったスパイクを完璧にドシャットした祈に井闥山が湧く。悔しそうに顔を歪める双子にそれはもう綺麗に笑顔を向ける友人の顔が、無駄に視力が良いせいでよく見えた。

彼の口が動く。

__兄ちゃんたちには絶対に負けへんから。

中学3年間、1番聞いた彼のその言葉が彼の声でゆっくりと再生される。


(絶対に負けられへんねん)
(彼はそう言ってひたすらにボールを追いかける)

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