前編

<注意!>
*50万hits記念リクエスト
*烏野生IFです。
*原作と違う部分あり(試合展開など)
*男主が小さな巨人を凄い尊敬してる
*男主は本編よりも技術は未熟だけど潜在能力は高め
*幼少期のどの時点で「ツム」「サム」と呼びあってたか微妙に分からないので、「侑」「治」と呼び合う場面あり
*侑と治は寮生の設定
*小さな巨人の名前や最終巻までのネタバレっぽい描写もあるため、アニメ派の方はお気を付けて。


◇◆◇


__それは"一人"の烏だった。


「__っ!」


あまり恵まれていない体躯だったけれど、その人はあっと驚くくらいに高く高く飛んで、跳んで、翔んで__、それから目の前に聳える壁を打ち砕く。

何回も飛んで、何回も壁を砕いて、何回もコートにボールを突き刺す。

黒い髪、オレンジ色のラインが入った黒いユニフォーム、10番という数字を背中に背負ったその人の飛んだ後ろ姿から目が離せなかった。


「……小さな巨人」


思わず腕の中にあるバレーボールをギュッと抱き込む。後ろで騒ぎながら春高バレーの中継を見ている兄たちの声すらその時は耳に届かなかった。

ただただ目に映るその人を見つめる。身体を渦巻く不思議な高揚感が新鮮だった。兄たちに追いつこうと藻掻くときの「負けたくない」という気持ちが何故かブワッと沸いて出てくる。


テレビに映るその人とは試合なんてできるわけがない。知り合いでもなければ、歳も違う。彼はただ画面の向こうにいる春高出場の選手。兄たちのように身近な人ではないし、一生会うことなどできないだろう。

それなのに何故かその人に対して「負けたくない」と思った。その人が打ち砕けないくらいに高く堅い壁になって、そのボールを止めたい。あの人よりも高く高く翔びたい。あの人が打つボールを綺麗にレシーブしたい。なんて、そんなことを何故か思った。


__春高、宮城代表、烏野高校、小さな巨人、10番。


目に焼きつけるようにそれらを一つ一つ口に出す。


「……宇内天満、さん」


彼には羽根でもついているのだろうか。目を凝らしてもそんなものはもちろん見えない訳だが、それが彼の背についているような気がしてならない。そのコートの中で一番体格に恵まれていないその人が誰よりも自由に高く飛ぶ。


すぐ後ろで兄たちがケンカを始めても、言い合いに巻き込まれても僕はその人の背中をずっとずっと見つめていた。


「__ええなあ」
「ちょっ、祈、聞いとるんか!」
「俺と治、どっちがかっこええ?」


__ほんま、凄いわ。


「おい、祈?」
「シカトか!?」


__僕も、僕だって、


「__あんな風に翔びたい」

僕はただただ画面越しのその人を見つめ続ける。


__ああ、負けたくない。


「__烏野、か」


その高校の名前とその黒いユニフォームがいやに記憶に焼き付いた日だった。


◇◆◇



「__は?どこ行くって?」
「せやから宮城。宮城の烏野」


春休み。春高も終わり、久しぶりに兄たちが家に帰ってきた。リビングで寛ぎながら三人で近況の話をする。ある程度時間が経つと、治兄はグルメ番組に集中し始めたので侑兄と2人で会話しているときだった。


「宮城……、からすの……」


僕の進学先の高校を聞いて侑兄が顔を顰めた。

稲荷崎には来ないということしか知らなかった侑兄に初めて先日合格した高校名を言う。侑兄は暫し固まったあと表情をそのままにこちらを睨みつける。


「はあ?宮城言うたら白鳥沢やろ。なあサム」
「おん、オムライス言うたらデミグラスやな」
「は?話聞いとるんか?……あとオムライスはケチャップやろ!」


グルメ番組に視線を向けたままの治兄は聞いているのかどうか分からない。画面いっぱいのオムライスを見て、「オカン、今日はオムライスなー」と母さんのいるキッチンの方に叫んでいる。すぐに「今日はハンバーグや!」という返答があった。

「ま、ええか」と言った治兄はまたテレビを見つめ、そこに美味しそうなハンバーグ定食が紹介されると「オカン、やっぱ今日はハンバーグがええ!」とまた叫ぶ。「せやから、ハンバーグ作っとるやろ!」という声が聞こえてきて、食べ物の話をしている母の話もロクに聞いてないし、覚えていないので、僕の話も聞いていないかもしれないと思った。


「ちっ、サムは使えん。……で、なんでその"カラスノ"?なんや」
「行きたいからや。それにもう受かっとる」
「宮城に行くんなら白鳥沢やないと全国は無理やろ」
「それでも、……それでも!僕は烏野に行くんや」
「…………勝手にせえ!」
「分かった!勝手にさせてもらうな!」


それを皮切りにお互い強い口調になって、言い合いを始める。滅多にこんな言い合いを侑兄としないので、キッチンにいるオカンもすぐそこでテレビを見ていた治兄もこちらに視線を寄越した。


僕は、「言質は取ったからな」と言えば、 侑兄は顰めた顔をそのままに僕の頬を引っ張った。イテテ。

そして隣にいた治兄の頭をバシッと叩く。いや、なんで治兄に八つ当たりしたん……。


「アイタッ。何すんねん!」
「お前は飯のことばっかり考えてないで、トムのこと説得しろ!」
「なんでや。トムの好きにさせたらええやん」
「治兄......」


侑兄はその言葉を聞いて更に顔を歪める。しかし何も言えないのか黙ってしまった。


「......」
「何がアカンねん」
「.........__た、のに」
「は?なんて?」
「本当は、同じ高校行けるの楽しみにしてたのに!って言うてんねん!」

え?でも、結構前に稲荷崎には行かないことは伝えたはずだ。今更そんなことを言い出した侑兄を見つめ返した。

「せやけどトムは宮城行きたいらしいやん。前から稲荷崎には来ないことくらい知っとたやろ?」
「なんでやねん!俺は中学からずっと高校までは思ってたんや!それにせめて関西の高校か強豪校とかなら何も言わんわ!」
「...兄ちゃん」
「ああ"?」


こっわ。なんでそんな凄むねん。


「試合しよ。コート挟む形にはなってまうけど、バレー、一緒にできるで!」
「白鳥沢倒せるんか」
「倒す!そして兄ちゃんたちといつか試合で......」
「......俺らがおるうちにホンマにできるん?」
「お、おん」
「宮祈くんは言ったことはぜーったい守るもんなあ」
「おん」


やるしかない。負けたくない。何もかもに負けたくない。僕は兄の言葉にしっかり頷いた。侑兄も不服そうではあるが頷いている。


これは宮城行き、許して貰えた?と現段階で一番難関だった侑兄の説得に成功した気がして、思わず顔を弛める。


「そういやサムー!」
「は、まだ何かあるんか?」
「トムおらんくなったら、飯くれるやつ減るなあ。一緒の学校やったら色んな食いもん貰えたかもなあ。晩飯も買い食いのやつも」
「あ、侑兄!!そ、それは...」
「……せやった!トム、やっぱ宮城行くのあかん!」
「ひぃ...」


うちの腹ぺこ大魔王をその気にさせたら面倒なことをよく知っている侑兄は、さっきの「勝手に行ってこい」と言っていた顔ではなくニヤァと勝ち誇った顔でこちらを見ている。

すでに受かっているし、荷物も準備できているので取りやめにはできないが、その気迫があまりにも怖くて嫌な想像をついしてしまった。


「み、み、宮城のお土産いっぱい送るから行かせて」
「宮城の......お土産」


治兄がそう呟いたとき、ちょうどグルメ番組の特集が宮城県の美味しいもの探しに切り替わった。治兄は紹介されるお土産や美味しいものと僕の顔を見比べて、それからニカッと笑うと「宮城の土産、よろしくな」と言った。


__勝ったな。



「あ、ばかっ!このクソサムがっ!」
「うるさい、先にこの手を使ったのは侑兄やからな!!」


あまり侑兄との慣れない言い合いややり取りをしてしまったせいで、ちょっとドキドキしたがどうにか押し通せそうだ。


◇◆◇


そんなわけでやって来ました小さな巨人の故郷、宮城。


「やっぱ、雰囲気が全然ちゃうわ……」


方言はもちろん、何だか人の雰囲気も全然違う気がする。

喋っても喋らなくても顔をジロジロ見られるので、何だか恥ずかしくなってのそのそ歩きながら、僕はそれでも宮城に来たという嬉しさに胸がいっぱいになる。


「偶然って凄いなあ」


僕が烏野を選んだきっかけは、たまたま父さんの次の転勤先が宮城になったからだ。僕が小さい頃にも単身赴任をしていた時期があった父さんだが、最近は関西の本社勤めだった。しかし、この度転勤が決まり、数年宮城に行ったら、また関西の本社に帰ってきてそのままもっと出世ができそうらしい。

どうせ僕や兄ちゃんたちも大きくなったし、その頃は僕も兄ちゃんたちのように遠方なら寮のある学校を選ぶだろうと思われていたので、どこに転勤しても母さんはついて行く気満々だったが、結局帰ってくるならと宮城に単身赴任することにしたというのだ。

両親からそれを聞いたとき、昔のあの"記憶"を思い出して、父さんについて行って向こうの高校を受験したいと言ったら両親は反対しなかった。

近隣地域でもないし、県外受験の手続きとかは大変だったが、元から全国の模試でも割と良い成績だったこともあってどうにか受かったのだ。


先日から先に宮城に来て仕事をしている父の元で暮らし始めたが、やはり慣れないことの方が多い。父は一人暮らしに慣れているし、僕も母の手伝いをしていたので家事は役割分担してできるが、土地勘がないのでその点は最近流行り始めたスマホがあっても結構苦労した。

けれど自分があの日憧れた選手の過ごした高校に行くという事実だけで、割とどうにかなった。


入学式も先日終え、色々とオリエンテーションも終わった。地獄の自己紹介で少々やらかしたが、みんな気にしていなさそうなのでその点はほっとした。


「いよいよや」


入部届けも配布されたし、ようやく部活見学ができる期間になったので僕はいそいそと身支度をして、校内のマップを確認してから体育館に向かった。


体育館には数人既に人がいるようだ。僕はどう声を掛けて入るべきか迷った。心臓の音がうるさい。手汗まで滲んできたが、このままここにいるのもあれなので、挨拶をするために息を吸い込んだ。


__その時だった。


「......っ!え"?」


体育館の入口に立ちすくみ、吸い込んだ息をそのまま変な声とともに吐き出した。

レーザービームのような鋭い何かがコートを駆け、そしてそれが誰かに当たって、そして、………そして。


___カツラが飛んでった。


それが烏野高校バレー部での一番最初の記憶となった。


(烏野のバレー部……、めちゃくちゃ怖いやん)


◇◆◇

*公立高校の県外受験については色々と曖昧なのでご都合展開です。申し訳ないです。
*if男主の方が連載より雰囲気がマイルドだけど、ちょっと色々重いです。ちなみに連載主とは違う点として、彼は中学時代に足を負傷しています。
*連載の男主のバレーの技術や視点、メンタル含めた諸々を総合的に見て10段階中10なら、if男主は7です。まあ、それでも上手い。


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