明日は涙が降るでしょう

__私は何者なのだろう。


その疑問がふと、頭を過ぎることがある。

その答えを知っているのはきっと、


◇◆◇



「……先輩、これ以上は酔う。ムリ、し、死ぬっ」


ぐるぐるぐるぐる、一体これが何の鍛錬になるのかは分からないがぐるぐると回されている。


「おー、がんばれー」
「しゃけー」


誰も助けてくれる気はないらしい。


「ぱ、パンダせ"ん"ぱい"…!そ、そのモフモフどうなってもしりませ"んからね"っ!」
「おーっと」
「あ、止まった……ってきゃあ、飛ばさないでっ」


やけくそ気味にそう言うと流石に嫌だったらしい。しかし、やっとぐるぐるがおさまったかと思えばやってくる浮遊感。空が大地が何もかもがひっくり返る。「おーい、受け身とれ」と聞こえてくるが、目がぐるぐる回ってそれどころじゃない。やばい、地面にぶつかる。


「すげ、きゃあだってよ。女の子かよ」
「おー、棘。ナイスキャッチ」
「しゃけしゃけ」


地面とキスはしなかった。私の落下地点で待っててくれていた棘先輩がナイスキャッチをしてくれたためだ。受け身をとる余裕がないことを察知していてくれたらしい。

てか、パンダ先輩。私、女の子です。

そう言いたいが、荒い息のせいで言葉が出なかった。体の震えが止まらず、先輩に縋り付く。今地面とこんにちはしても確実に転ぶやつだ。先輩お願い、まだ下ろさないで…!


「名前、棘が固まっちまうから抱きついてやるなよ」
「もう遅いよ真希、棘のやつ固まってる」
「……」
「うう、先輩がいじめる」


伏黒くんも野薔薇ちゃんも任務でいないため、私は先輩たちと一緒にいることにした訳だがその結果がこれだ。

私、一昨日まで熱でぶっ倒れてたんですけど!?と言ったはずだ。聞く耳は持ってくれたが、ただそれだけだった。


体の震えが止まると、そっと棘先輩が地面に下ろしてくれたので、芝生の上で体育座りをした。すると真希先輩が隣に座る。パンダ先輩と棘先輩が次は2人で特訓を始めたので、私は真希先輩と雑談を始めた。


「何で名前って運動神経良いのに貧弱なんだ?」
「さ、さあ?生まれつきらしいので知りません」
「なんだか損だな」
「持久走とか走る気満々なのに、一応ってドクターストップかけられるんですよね」
「聞くヤツが聞けば羨ましい話」
「3kmの持久走を走れないからって、レポート10枚とか書きたいですか?」
「いや、それなら走るわ」


双子の兄である悠仁は、いつだって元気いっぱいで羨ましかったなあ。

ぼんやりと"死んでしまった"兄のことを思う。じいちゃんも悠仁も死んでしまった私の心はぽっかりと空いてしまっている。今はどうにか空元気で突っ走れているが、ふとした時にガタがきそうで怖い。身体は彼が死んだと聞かされたあの日から、何回も高熱を出して悲鳴をあげている。そんな時に決まってみるのは兄の夢だ。


「悠仁、まだ死んでない気がするのにな……」
「?なんか言ったか?」
「い、いえ!特には」
「顔色悪いけどまた熱でも」
「いや、今日は元気ですよ?」


普通の時は元気に走り回るし意外と良い戦い方が出来てるらしい私に対して、病弱とか本気で言ってるのか?って疑心暗鬼をしていた先輩たちや伏黒くん、野薔薇ちゃん、五条先生たちも私のここ最近を見てようやく理解したらしい。まあ、いつもはこんな頻度でぶっ倒れないんだけどね。


◇◆◇



「巻き込まれたくないって言ってたのにな……」

伏黒くんも野薔薇ちゃんもまだ帰ってきてないみたいだったので、先輩たちとの特訓も終えたあとは1人で自販機に向かいお茶を購入する。それを持って外の定位置となりつつあるベンチに腰掛けて夕焼け空を見上げた。そして次に、空いた右隣を睨みつけた。

「……悠仁」

兄が宿儺の指を食べたあの日、じいちゃんが亡くなったあの日、急に見えるようになってしまった"不可思議なもの"のせいで私はここにいる。「何?双子の共鳴的な?」と五条先生は言っていたっけな。

あーあ、本当だったらじいちゃんたちと暮らしたあそこで生きていきたかったし、戦いだなんだと巻き込まれたくはなかった。「君、強くなるよ、保証する」と初対面で急に言った五条先生が、まさか悠仁だけでなく私まで呪術高専に入れてしまい困ったものだ。

確かに私は兄とは離れたくはなかったが、呪術師としてやっていける思いも、そして身体も生憎とあまり持ち合わせてはいない。それなのに五条先生は「大丈夫だ」とやっぱり笑うのだ。やけくそに放った言葉で、まさかの学長に悠仁よりも先に合格を貰った時には頭を抱えたっけな。


「……」

悠仁が、兄が横に居ない。ちょっと適当で、ちょっと阿呆で、そして何より過保護で、私のヒーローの悠仁。兄はあれでトラブルメーカーの節があるから、とは思っていたがまさか死んでしまうとは。

悠仁がいるから、と割り切っていたあの日々を思い出し、心が震え始める。ああ、ついにガタが来たのだろうか。

心も身体もあまり強くない私はもうグズグズだ。ああ、泣きそう。


「……と、棘先輩?」

不意に身体に影が掛かり顔を上げた。左側に立つその人を見上げて名前を呼ぶ。「しゃけ」そう言った棘先輩が私の髪を撫でた。ゆっくり、ゆっくり撫でた。

ぽろぽろぽろ

ついに涙腺は決壊した。とうの昔に限界を迎えていた心が大絶叫をしているのが分かる。それとは反対に声は出なかった。ただ涙を流すだけの私を立ったままの棘先輩が頭を抱えるようにして抱き締めた。それに縋り付くようにしてただただ涙を零した。

"悠仁の定位置である右側"を埋めようとしないその優しさが、私の心を掬い上げてくれるようだった。


(おい、伏黒。これどうすんの?)
(ま、回り道するか)

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