この泥棒猫!

「ねーちゃん、これ!」
「お菓子は1人1つまででーす」
「ねーちゃ!これも!」
「だからお菓子は1つまでって...」

4歳児、しかも男の子というものは偏見かもしれないが全く人の話を聞かない。目につくお菓子に片っ端から手を伸ばす弟たちと格闘しながらスーパーの中を歩く。

「姉ちゃん、醤油もだったよね?」
「そうだよ。ごめんね、カート押させて」
「別に。チビたちは姉ちゃんに任せてないと言うこと聞かないし」
「......そうだね」

ついに思春期だとか反抗期だとかそういうのに突入したらしい弟(長男)は、会わないうちに昔よりも可愛さがなくなってしまっていてちょっと寂しい。

そういえば夢依に「名前って1番上ぽくないけど、お姉ちゃんなんだよねー」と謎なこと言われたことあるなあ。

私って、そんなに姉っぽくないのだろうか...。


◇◆◇



私には弟が3人いる。

今年中学生になった弟と、4歳の双子だ。

私の両親と弟たちは隣の市で暮らしている。私は三門から離れたくないからとおばあちゃん家に住んでいる。この週末、父が出張で母がタイミング悪く夜勤だからおばあちゃん家にお泊まりに来た3人。

そんな弟たちとスーパーに来た。本当は私ひとりで来ようと思ったが、偶にしか会えないからか離れたがらない双子がしがみついてくるので一緒に行くことになったのだ。2人がいたら両手は塞がるし、色んな意味でただのおつかいが一大イベントになるからと長男が付いてきた。

「姉ちゃん、いつもどれ買ってんの?」
「あー、これはねー」

随分と落ち着いて若干反抗期に入った長男に母は割と苦戦しているらしい。なんでも私にはその反抗期がなかったかららしい。「あんたいつか溜め込んでたやつ爆発しないよね?」と、反抗期がない子はふとした瞬間、感情爆発させてグレるという本当なのかよく分からないことを信じて、私に焦りながらそんなことを聞いてきたことがあった。ちょうど思春期にの頃、あの出来事があったから、きっとついぞ反抗期なんかできないままここまで来たとも思っているのかもしれない。別にそういう訳じゃないんだけどなあ。

「ねーちゃ!ぼくねかけっこ1番だった!」
「おーすごいねー」
「ねーちゃん!おれね先生にプロボーズしたの!」
「え、なにしてんの?」

4歳の双子たちはそれはもう大変だ。

全く違う方向に走り出そうとするし、一緒のタイミングで喋り出すし、突拍子もないこと言う。

それにしても幼稚園の先生にプロボーズって......。

「おれはいつか石油王になる男だから、損はさせねー。おれの女になれって言ったの」
「......先生、弟がごめんなさい」

天を仰いでそう小さく呟く。絶対お母さんが昼に見てる昼ドラとかの影響受けてるよ。石油王ってなんだよ。おれの女になれってもはや古いぞ。いつか弟がタラシになるのではとため息をつく。


「姉ちゃん、他になんかあったっけ?」
「うーん。醤油に鶏モモ肉、ミンチ、もやし、牛乳、鯖に、___、よし、揃ったかな」
「うん」

前を歩いていた長男がこちらを向く。カゴの中とおばあちゃんから貰ったメモを2人で見比べながらちゃんと揃ったことを確認してレジへと向かう。

「ねーちゃ!これ!」
「お菓子は1つまでだってば」
「そーだぞ、1つまで」
「アンタもコソッと入れない」

ちゃっかりお菓子を混ぜようとしている2人を止めながら、長男にレジに並んでもらう。

「だめー?」
「だめ?」
「ダメー。約束守れない子はアイス明日にお預けです」
「えっ」
「えー」

こういう時の2人に1番効く言葉を言うと、大人しくぎゅっと手を握り締めて諦めてくれた。偉いぞ。帰ったら姉ちゃんがたけのこあげるからね。

「姉ちゃん」
「あ、はいはい」
「やだー」
「やー」
「......」

レジの順番が来たらしい長男がこちらを振り向く。財布は私が持ってるからと彼に近づいて、手を繋いでもらう役目を代わってもらおうとすると双子が首を振る。しかし長男は強い。無言のひと睨みで2人を黙らせて、手を握ると商品を詰める台の前まで引っ張っていった。

「はあ......」
「ふっ」
「え?」

思わずため息をつきながら財布からカードを取り出していると、小さな笑い声がして思わず顔を上げる。そこには何となく見た覚えがある顔があった。

「と、隣のクラスのイケメン...くん」
「...どうも」
「ど、どうも?」

思わず夢依が言っていたそれを呟くと彼が会釈した。顔は分かる。名前は分からないけど。入学式の時から結構噂になってた「隣のクラスのイケメン」が目の前にいてびっくりする。あとレジの手際の良さにも。人をあまり覚えられない私でさえ知っているくらいには騒がれてたあの人がレジしてる。

あ、そっか。バイトか。

「おつかれさま」
「そっちも」

彼が一瞬だけ弟たちを見る。多分さっきの光景を思いっきり見たんだろうなあ。恥ずかしい。

うーん。それにしてもイケメンと言われるだけあってイケメンだなあ。

「みんな兄弟?」
「うん。弟たち」

ぼやっとしてれば彼がそう声を掛けてくる。

「苗字さんって1番上?」
「うん、そうだよ。君も何となくだけど1番上ぽい」

私がそう言うと彼は頷いた。だよね、何となくお兄ちゃんぽいもん、と。多分初めて話した隣のクラスのイケメンとぽつりぽつりそんな会話をする。

「君は、えっと名前は...」

なんだっけな?と思いながら彼の名札を見る。「烏丸」か。読み方としては「からすまる」か「からすま」、苗字としては可能性低いけど「うがん」。多分前の2つのうち1つだろうな。

「とりまる」
「え?」
「.......」
「か、じゃなくて...と、とりまるくん?」

名札と彼の顔を交互に見る。いや、どう見ても「トリ」じゃなくて「カラス」。いや、でもこんな真顔で冗談言うかな?もしかして「鳥」の真ん中の棒線が消えちゃってるとか?混乱しながら言われた合計金額に合わせてお金を取り出す。

「ねーちゃん!」
「うっ」

紙幣と小銭をトレーに置いた瞬間、足に強い衝撃。漏れる変な声。お金を真顔で受け取るとりまるくん。呆れた顔してこちらを見てくる長男の視線。

「ねーちゃんに手をだすな!」
「はい?急に何言ってんの?ほら、お兄ちゃんの所に...。ご、ごめんね、とりまるくん」
「......この泥棒猫!」
「っ!?ちょ、お願いだから向こう行ってて」

急な弟の言動にびっくりしながらあたふたととりまるくんと弟を交互に見ながらあわあわと体の前で手を動かす。お母さん、双子が昼ドラのおかげで変な知識ついちゃってるよ!

そんな私たちをポーカーフェイスではあるが何となく先程よりも生暖かい目で見てくるとりまるくん。同じ学校だし、同級生だし、隣のクラスだし、めっちゃ恥ずかしい。顔に熱を集めながら長男に視線を送るが、彼は彼でもう1人の弟がどこかへ走り出そうとしているのを止めている。

さ、30秒でいいから落ち着け双子たち...!

「ど、泥棒猫...」
「ごめんね。気にしないでね」

真顔なのに肩を震わせ笑いを耐えるという無駄に高度なことをしているとりまるくんに謝る。彼は「いや、気にしてない」と首を振った。その目には見覚えがある。兄もしくは姉がする顔だ。1番上には1番上にしか分からないことがあるのだ。

「バイト頑張ってね。とりまるくん」
「ああ。苗字さん、.....いやみんな苗字さんか」
「下の名前でいいよ。わかる?」
「また学校で。名前」
「うん、またね。とりまるくん」

そう言って別れる。弟は足にしがみついたままだ。ちょっと歩きにくい。

「ねーちゃん浮気?おれというものがありながら?おれにしときなよ。こーかいさせないぜ?」
「あの人は同級生だよ。.....はあ、てかどこでそんな言葉覚えてきたの?」

多分ほぼ意味も分からずず口にしているその言葉に小さく溜息をつきながら弟たちと袋に商品を詰めていく。

「姉ちゃん、さっきの人」
「同級生だよ。高校の」
「.......アニキはまだ要らないからね」
「同・級・生!」

全く何なんだろう。この弟たちは...。

「ねーちゃ!僕、絵本持ってきたから寝る前に読んでー」
「キミだけが天使だよ.....。急に走り出そうとしなければ」


◇◆◇


「弟くんたち来てたんだねー」
「うん。色々と凄かったよ」

月曜日。今日も今日とて別役くんの席を陣取っている夢依は私の机の上のたけのこに手を伸ばしている。双子たちのどこから覚えてきたのかよく分からない言葉たちに驚きながら週末を過ごしたわけでちょっと疲れた。

「貰っていい?」
「いいよ、半崎くん」

ダルい、とさっきまでぼけーっと授業を受けていた半崎くんは昼休みなると少しだけ元気になった。彼にたけのこが入っている箱を寄せてやると手が伸びてくる。

お弁当の後のたけのこは最高だ。紙パックのココアを飲みながら幸せに浸る。

「名前、俺にも」
「はいはーい、どうぞ〜」

次は反対から男の人の声が聞こえてきたからそちらに箱を寄せる。「ゲホッ」と何故かお茶を飲んでいた夢依が口元を押さえている。ん?どうかしたのだろうか。

「大丈夫?」
「あんた、なんで名前呼びされて...」
「え、名前呼び?」

あれ?そういえばこの学校で私の事を下の名前で呼ぶ男の人ってほとんど居ないような。岳さんと、あとは.....。そんなことを考えながら、たけのこに手を伸ばしたその人を初めて見上げた。

「あ、とりまるくんじゃん。こんにちはー」
「ああ」
「ちょ、え?いつの間に知り合ったの?」
「いつの間に?えっと一昨日?」

もぐっとたけのこを食べるとりまるくんに挨拶すると夢依が私の肩を掴んだ。その手の下を抜けて半崎くんがもう1つたけのこを攫っていく。半崎くん強いな。

「しかも烏丸くんのこととりまるくんって...」
「.....え、からすま?.....やっぱりとりまるくんじゃなかったの?」
「ああ、あれは冗談」
「わ、私のこと弄んだのね!?...あう。ちょ、夢依何すんの?」
「大きな声で誤解される発言しない。あんた烏丸くんの人気分かってないでしょ?」

やっぱり「とりまる」じゃないじゃん!と思って彼にそう言えば、何故か慌てた夢依が私を引っ張って席を立たせる。そして教室の端に来るなりそんなことを言う。

「人気なのは知ってるよ。じゃなきゃ、顔覚えてないし」
「知ってるなら誤解を生む発言を大きな声で言わない。また変な噂流されるよ」
「うっ、それは嫌かも」
「でしょ?」
「うん。.....あれ、でも私なんか変なこと言った?」
「.....」

夢依のこの顔は多分何か言ってしまったみたいだ。

「気を付けるからそんな顔しないの。こんなことしてる間に佐鳥くんにたけのこ全部食べられちゃうよ?」
「え?佐鳥くん!?.....昼から登校だったんだね!」

視界の端にちらつく佐鳥くんに気づいて彼の名前を出せば、夢依が駆け足で戻っていく。さすが佐鳥くんのことリスペクトしてるだけはある。ぽかんと取り残されたまま夢依の背中を見つめる。それからはっと我に返って自分の席に戻る。

「佐鳥くんおつー」
「おつー。あ、たけのこ勝手に貰っちゃった」
「全然いいよー」

いつも勝手に食べてくれて構わないって言ってるのは私だし。私もたけのこをもぐもぐする。

うん、やっぱり幸せ。

みんなで一緒にたけのこを食べるとなんでこんなにほわほわするのだろう。

そんなことを考えていると、とりまるくん(いや、烏丸くんと呼ぶべきか?)がポケットから一つ飴を出した。そして私の机に置く。どうやらくれるらしい。

「ありがとう。.....えっと、烏丸くん」
「とりまるのままでいい」
「あ、うん。.....そういえばうちの教室になんの用?」
「...名前に会いに来た」
「へー、そうなんだ」

シーーーーン

彼の言葉に頷いてからまたたけのこをひとつ食べる。何故か佐鳥くんも夢依も半崎くんも急に黙ってぽかんと烏丸くんを見ている。

え?何?烏丸くんが面白い顔でもしているのかと思って私も彼を見やる。あれ?おかしいな。いつもの無表情だった。

「.....」
「.....」
「冗談だ」
「...え、うん」

何が冗談?よく分からないが適当に頷く。首を傾げて烏丸くんから視線を外し夢依を見やる。何そのげっそりとした顔。面倒臭いものをみるような目で私に視線を合わせた夢依はため息をつく。

「あ、そういえばとりまるくん。この前はごめんね」
「何が?」
「(弟が) 泥棒猫とか言っちゃって...」
「ぶほっ」
「え、佐鳥くん死ぬ?大丈夫なの?」

急に俯いて肩をぷるぷる震わせる佐鳥くん。思わず声をかけると彼は「大丈夫だ」と言うように片手を軽く上げた。何故かめちゃくちゃ震えている。絶対大丈夫じゃない。

「気にしてない。(名前の弟が)可愛かったし...」
「ぐっ」
「え、半崎くんも?大丈夫?発作?.....死ぬの?え?」

何故か次は半崎くんが佐鳥くんみたいな状態となった。声をかける。彼は俯きながらも頭を横に振っている。多分大丈夫ということだろう。

何が起こっているのだ?
見えない何かが伝染している?

コントでもしているのだろうか?

よく分からんと思いつつ、とりあえずとりまるくんと会話を続ける。彼を見ればやはり無表情のままだった。

「ごめんね、この前は恥ずかしいとこ見せちゃった」
「気にしてない」
「あのあと急にアニキはいらないとか弟が言ってきてさ」
「ゲホッ」
「え、夢依...!?」
「大丈夫、死なな"い.....」

ついに夢依にまで何かがクリティカルヒットしたらしい。え、何これどうしよう...と、とりまるくんを見る。うん。やっぱり無表情だ。

「何、どうしたの?」
「あ、笹くんじゃん...。うーん、なんかよく分かんないけどみんな死にそうらしい」
「えっ」
「いや、気にするな」
「えっ」

ぷるぷる俯いて肩を震わせる3人と呑気にたけのこを貪る私と無表情でたけのこに手を伸ばすとりまるくんという謎の光景を見て笹くんが声をかけてくる。私にもこの状況はよく分からないので、取り敢えず笹くんにたけのこの最後の1個をお裾分けする。

私を見てとりまるくんを見てから首を傾げる笹くんが何だか面白い。紙パックのココアを最後に飲んでからゴミ箱に捨ててこようと立ち上がろうとすると、さっと別役くんの席から立って私の後ろに回った夢依が私の肩に手を置いた。

「あ、生き返った...」
「ちょっと色々と詳しく聞かせてもらおうか」
「え、急に何?」
「とりまるはココ座りな」

何故かニコニコしている佐鳥くんが別役くんの席にとりまるくんを座らせる。

何だ?面接?

座る私ととりまるくん。頬杖をついてこちらを見る半崎くんと私の肩を押さえる夢依と、とりまるくんの後ろに立った佐鳥くんと、状況がよく分からず棒立ちの笹くん。


え?なに、何が始まるの?


「.....君たち、付き合ってるの?」

ん?ちょっと待って。なんのこと?

急によく分からない所からぶち込まれた爆弾に私は思わず固まった。そして一昨日に会ったことを何故かよく分からないが洗いざらい話すことになった。

(紛らわしいのよ!だからアホの子って言われるの!)
(え、急に何?普通に会話してただけじゃん)
(とりまる絶対分かってて悪ノリしただろ)
(...さあな)


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