【急募】彼女の攻略本



__一体何がそんなに面白いのかは分からない。

キラキラとした瞳でこっちを見てくるから体の内側がムズムズとしてなんか変な感じ。


コントローラーを持つ手に少しだけ力が入る。それでも変わらず操作できるのはこのゲームをそれなりにやり込んでいるからだろうか。


「......」
「......」

つまらなくないのだろうか?

ひたすら無言の空間が続く。流れているのはゲームのBGMとメインストーリーのストーリーが進んだ時に流れる声優のボイス、あとは戦闘時のキャラクターや敵のボイスくらいだ。

操作している自分は楽しいし、レベル上げやストーリーが進んだ達成感も中々欲しいアイテムがドロップしない焦れったい感覚も感じることはできる。


でも彼女は見ているだけだ。


「ゲームの操作下手くそだから見てるだけでいい」と言ったのは彼女だ。「長時間するかもよ?」と言ったら、「面白いからいい」と言ったのだって彼女だ。

それなら、とゲームを始めて約1時間。母親が持ってきた紅茶を継ぎ足しながら、テーブルの上のお菓子を摘みながら彼女は液晶を見つめたり、こちらを見つめたりと視線が忙しない。それでも声をかけてこないのはこちらを気遣ってだろう。


「...ねえ、面白い?」
「うん、とっても」

即答だ。ちらりと名前の方を見る。相変わらずキラキラとした光を纏わせた瞳で彼女はこちらを見つめていた。顔に浮かぶほほ笑みもその瞳の光もどれも嘘には見えない。

それはそれで反応に困るんだけど、と小さくため息をついた。

「......」
「この章、今日見た中で1番面白いね」
「俺もそう思う」
「研磨、今使ってるその武器なに?」


1回喋り出せば会話は簡単に続いていく。さっきまでの無言の1時間は何だったのだろうか。別にお喋りくらいで手元が狂うことはない。集中したいのはボス戦くらいだし。そのボスもまだまだ出てくる感じじゃない。

聞かれたことをぽつりぽつり説明しながらゲームを進めていく。あ、ラッキー。レアドロップに少しだけ嬉しくなった。

「ふふ」
「...なに?」
「ううん。ゲームしてる時の研磨、キラキラしてて好きだなって」
「...っ」
「あっ、研磨!画面、画面!!」

不意打ちはダメだ。つい手元が狂う。さっきまでは簡単に防御やら回避ができていた攻撃を一発食らってしまった。それを見て、横で名前が声を上げている。

分かってる。うん、分かってる。

次の攻撃は簡単に避けて敵を倒す。ふう、小さく息を吐いた。横から申し訳なさそうな声がする。

「ご、ごめんね。少し黙るね」
「いいよ、大丈夫だから」

いや、全然大丈夫じゃないけど。

出てくる言葉と心の中は矛盾だらけだ。耳が少しだけ熱い。ちらりと見た彼女が平然としているのが本当に狡い。

少しだけムッとしながら操作をしていく。ある程度レベルが上がってきたせいでこの辺のモンスターは手応えがなくなっていく。スキルポイントを振りながらそろそろストーリーを進めようと考える。今回、武器は主に剣を使うからこのスキルを取って、それから。手を休めることなく動かして、偶にちらりと横の彼女の様子を確認して。

相変わらず画面に釘付けの彼女は声は出さないが楽しそうだ。


その表情に飽きない自分が1番ムカつく。


「.....」

付き合ったことなど一言も言ってないのに3日でバレた時のクロの言葉がふいに脳裏を過ぎる。何が「やっぱ付き合ったか」だ。何が「名前ちゃんといる時のお前、ゲームしてる時みたいな顔してんぞ」だ。全てお見通しの幼なじみってこういう時には1番厄介で、面倒くさい存在になるらしい。隠し通せるものが隠せなくなるからだ。

ついに姿を現したボスの顔がムカつくくらいにニヤニヤしたクロと重なる。というかこのボス、顔自体が何となくクロに似てるんだけど。

「このボス、誰かに似てるね...」
「...うん」

ほら、やっぱり似てる。攻撃をしかけながらこのムカつきをぶつけていく。丁度さっき習得したスキルの属性がこのボスの弱点だったらしい。ガンガン減っていくHPを確認しながら、手を動かしていれば数分後には倒していた。

「おおー!すごい...」
「.....」

ぱちぱちぱち。素直な賞賛の声に小さな拍手。その無邪気さや、クロ似のボスを倒せた達成感に少しだけ落ち着いた。

大量に貰える経験値やここでしか貰えないアイテムたち。そんなものよりも名前のその表情だとか言葉だとかそっちの方が嬉しい。

ふっと笑みを零せば、「良かったね」という声が聞こえる。だから「そうだね」と小さく返した。


あーあ、無言の時間が居心地悪くないのって変な感じ。


「研磨。はいチョコレート」
「ありがと」


ゲームの途中に喋りかけられたってちっとも嫌じゃないし。


「研磨のお母さんお菓子選びの天才じゃん。このチョコおいしい」
「ふっ、なにそれ」


キラキラした瞳で見つめられるのだって、ジロジロ見られるの嫌いなはずなのに名前なら悪くないって思う。


「どこで買ったか聞いといて」
「分かった」
「それで今度一緒に買いに行こ」
「気が向いたらね」
「うん」


ああ、ホント変な感じ。すごくムズムズする。名前は分かりやすいくせに、とっても難しい。


「研磨、このゲーム面白い」
「そうだね」


_でも、名前の方がずっと面白いよ。


(ねえ、研磨)
(...はあ、名前の攻略本が1番欲しい)