01
「お、...お、.........」
「.....お?」
って何!?
え、なに。何この状況。誰か説明くれよ。早く!プリーズ!急募!ねえ、待って、私だけ置いてかないで。
「.....」
「.....」
ちょっと待って。木兎光太郎さんよ、なぜ黙ってしまわれたのだ?あれか、お腹痛い?え、大丈夫ですか?
先日 試合で見た時よりも随分と勢いもなく、先程会話した時よりも顔色の悪くなった"未来の"私の彼氏(らしい)は何故か知らないがプルプルと震えている。
え、あの...、オリンピック選手様よ。体調管理は万全にしよう?ね?
「あ、あの......」
「.....」
それにしてもこの状況どうしたものか。なんで私は高級ホテルのレストランなんかに連れ出されてるんだ?とりあえずどうすることもできないので着いてきてみたが、結局理由は分からない。
この人、絶対焼肉とかそういうのに行くタイプだと思ったのに、高級ホテルのレストランって。さては、誰かに助言されたのか?いや。でも"この私"はこの人のこと実際よく知らないわけで...。
そんなことをつらつら考えていれば、ばっと木兎さんが顔を上げた。ようやく顔上げてくれた.....って、え、どうしたんですか?なんかめっちゃ真剣な顔されてる...?
「名前」
「は、はい...」
「俺と結婚してください!!!」
んん?わっつ?ぱどゅーん?
「はい?」
「えっ」
「えっ!?」
俺と、...結婚してください??
待って待って、聞き間違いじゃないよね。だってめっちゃこの人顔赤いじゃん。ねえ、やっぱこれ夢なんでしょ?夢だと早く誰か言って。この時間に来てから数日経っちゃってるけど、起きてくれ。もしくは元の時間に戻ってくれ。
この状況、精神15歳の私には荷が重いし、あと急すぎ、勢いも凄すぎ!
あと、この時間の私よ、まじで早く代わった方が良い。アンタ(私)の人生の超局面だよ。これからの人生に関わる超大事な話じゃんか。アンタは私だけど、答えていいの?ねえ、大丈夫なの?テレパシーでもモールス信号でもなんでもいい。何か返答を。
あ、やっぱモールス信号とかそういう難しいのは却下で。でもお願いだから今の状況から私を助けて。あとは何回でも言うけど、元の時間に帰らせて!
......あれ?そういえば私って元の時間軸に戻れるの?え、今更だけど大丈夫だよね?めっちゃ怖いんだが。
「え、今、...はいって」
「......あ、えっと」
いや、正確には「はい?」だ。日本語が難しすぎんのよ。木兎さんもしかして肯定で受け取ってない?それだと訂正はできないぞ。だって"この時間の私"は「はい」と言うかもしれない。というか色んな話を聞く限り多分「NO」は言わない。だからと言って答えちゃって良いのか。ど、どうすれば...。
「.....」
「.....」
あー、なんでこんなことになったんだ。心の中でため息をついて頭を抱える。
ああ、そうだ。全てはあの日、私が階段から落っこちたのがいけなかったのだ。
混乱しながら私は"あの日"のことを思い出す。
___期待と不安の混じる瞳で木兎光太郎は私をじっと見つめていた。
あれ?この瞳、なんか知ってる気がする。
「名前、早く行かないと遅れるぞ」
「はいはーい。.....あれ?お兄ちゃん、今日大学は?」
「今日は全部空きコマだから、休みー」
ぼやーっと歯磨きをしていると、兄の声がした。歯磨きを終えリビングに入ると、兄はソファで寛ぎながらスマホを弄っている。私もスマホを買って貰ったが、周りの子はあまり持っていないからまだガラケーで良かったのに、と思っている。だって操作が難しいし、使い慣れないし。「どうせそろそろみんなスマホに変えるぞ?」と言った兄の言葉を聞いてスマホにはしているがあまり使えていなかった。
「休みかあ。いいね」
「そう?でも結局バイト入れてるから早起きだけどなー」
兄こそ悠長にしていていいのかと思っていれば、新学期早々なんて羨ましいことだろう。先日なんてオリエンテーションだけだからと午前中で帰ってきてたし。大学にもよるだろうが、大学生っていいなあ。バイトで自分のお金もできるしさ。
おっと、そんな事考えてたら学校行く時間だ。玄関に行って荷物の忘れ物がないかを確認するとローファーを履く。真新しいせいなのか、履き慣れないからなのか、それとも両方なのか相変わらず変な感じだ。でも、高校生になったという自覚を少しだけ感じられるので嬉しい。
「いってきまーす」
「いってらー」
両親はもう既に仕事に行ってるから返ってくるのは兄の声だけだ。まだまだ肌寒い外に出て、扉を閉じようとすると家の中からガタガタと音がした。兄がリビングから出てこちらに小走りで向かってくる。
あれ?何か忘れ物でもしていただろうか。
「お兄ちゃん?」
「忘れてた。これ」
「なにこれ」
「家の鍵に付けてたキーホルダー壊れたんだろ?」
突然兄から渡されたのは鳥が付いたキーホルダーだった。この前の私のぼやきを覚えていたらしい。
「ありがとう」
「おう。じゃ、早く行けよ」
「うん」
そう言ってまたリビングに入っていった兄の背中をちらりと見てから、そしてそのキーホルダーに視線を移す。キーホルダーに付いている鳥が少しだけ大きめなのでこれならバッグの中からでも直ぐに探せそうだ。壊れたキーホルダーを外してから何も付けていなかった鍵を取り出してサッと付ける。小さな鈴も付いているから、もし落としてもすぐに気づけそう。
「なんだっけ、これ。たしか、フクロウだよね?」
鍵に付けたばかりのキーホルダーを見つめて呟く。特徴的な鳥、__フクロウは全体的に白と灰の中間のような色をしていて、目は綺麗な金色だ。
「お兄ちゃんにしてはセンスいいじゃん」
普段私服がアレな割には良いデザインのものをくれた気がする。少しだけ上機嫌になりながら鍵を制服のポケットに入れてやっと学校に向かい始める。
ポケットから響く小さな鈴音がやけに耳に残ったが、そんなことよりも今日ある新入生テストの方が段々と気がかりになってきて、復習もっとすれば良かったと小さく零した。
◇◆
新入生テストもオリエンテーションも終わり放課後になった。
「部活かあ...、何しようかな」
同じクラスの子たちが「どこ見学行く?」と話すのを聞きながらぼんやり考える。
中学までは運動部に一応入っていたが、高校でもやりたいかと言われれば微妙だ。折角高校生になるわけだし、他のこともしてみたい。そんなことを考えはするが、ついぞ見学をしに行く気にはなれなかった。
帰宅部かな?いや、でも特に趣味もないしなあ。
高校のパンフレットを見て「何部に入ろうかなあ?」なんて言っていた何時かの自分が随分と遠くなった気がする。
はあ、と小さくため息をつきながら机の中を漁る。何も忘れ物はないかな?と考えながら確認していれば1枚のプリントを見つけた。チラリと教卓を見るが担任はとっくに教室を出ていってしまったらしい。違う意味でまたため息が出る。
「これ、職員室に提出しにいかないといけないじゃん」
今、出せない奴は職員室持ってこいよ、と確か担任は言っていた。うわ、職員室って何処だっけ?この階じゃない気もする。まだ時間もあるしちょっとだけ学校を探検しながら探してみようかな。どうせ今日は部活の見学しないだろうしな。
荷物を机の横に掛けて財布とスマホをポケットに入れて教室を出る。他のクラスもホームルームが終わったのか、先程よりも人が多くなった廊下は少しだけ騒々しい。
人と人の間を潜り抜けるようにして歩くと、とある階段の前に辿り着く。先輩ぽい人達が沢山おりてきてるからこっちは違うかもしれない。もう少し廊下を進もうかな。2、3年生の教室は怖いし、気まずいし、用もないから今はあまり近づきたくはなかった。
のろのろと廊下を歩きながら、右手をポケットの中に入れる。チリン、鈴が鳴った。思わず音の発生源であるそれを引っ張り出す。
「あ、そうだった。お兄ちゃんからキーホルダー貰ったんだった」
聞きなれないそれに一瞬だけびっくりして取り出した訳だが、よく考えたらその鈴の音の発生源であるそれは朝から兄に貰って付けたものだ。オリエンテーションだとか新入生テストだとかそういったもののせいですっかり忘れていた。
チリンチリン
「いい音だな」
そんなことを呟いて、キーホルダーを軽く揺すりながら目に入った階段をのぼってみる。先生らしき人が数人のぼって行ったのを見たから多分この先に職員室はあると思う。勘だけど。
チリンチリン
手に握ったままにしていたキーホルダーの鈴の音が鳴る。あれ、今は揺すってないよね?何となく手元を見た。
「え、目が光って.....って、うわっ」
フクロウの金色の目が淡く光っている気がした。驚いて思わず足を少しだけ後ろに下げたのがいけなかった。だってここは階段だ。
ふわり
完全に踏み外した。そして何故か引っ張られるように身体が後ろに傾いている。
やっちゃった...!
今更焦るが落ちたものは仕方ない。頭の中で兄が「受け身受け身!」と叫んでいる気がする。無理、そんな余裕ない。すぐ来るだろう衝撃に耐えるためにぎゅっと目を瞑った。
チリンチリン
まだ鈴の音は鳴っている。
「暑い」
ぽつり、自然と言葉が出てきた。
変なの、まだ4月になったばっかりなのになんでこんなに暑いのだろう。まるで8月とか9月みたいな暑さだ。
首元に思わず手をやる。少しだけ汗で濡れている気がした。ハンカチ、ポケットに入れてたよね。そんなことを思いながら少し手を動かすと何やら手に当たる。
ん?なにこれ?この感触はネックレス?
おかしいな。学校にネックレスなんて付けて行ったことないのにな。
「あれ?」
__何かがおかしい。
目を開ける。空は晴天。周りには沢山の人。まるで何かの試合を応援するかのようにユニフォームを着た人たちが多くいる。顔にはペイント、頭にはハチマキが着いてる人もいる。
「え?」
思わず手を握りしめる。右手の中には相変わらずさっきまで持っていたフクロウが付いたキーホルダーがあってチリンとくぐもった鈍い音がした。
「私、階段から落ちたはずじゃ.....」
呆然と立ち尽くす。あれ、打ちどころ悪くて天国に来ちゃったとか?え、全然笑えないんだけど。
思わずムニッと頬っぺを抓る。イテテ、私ったら力入れ過ぎだよ。
「.....痛い、ということは?」
取り敢えず夢じゃない?ことを確認して辺りを見回す。何やら大きな体育館のような施設が目の前にあって思わずぱちぱちと瞬きをした。
(で、ココはどこ?)