02


ネバーランドに帰れない




「なにかの試合?」


やっと追いついてきた聴覚が周りの騒がしさを拾っていく。

__「楽しみだね」「日本勝つかな?」「俺、観戦初めてなんだけど」

周りの音たちが耳に入ってその会話から、言葉から予測されるのはやはり何かの試合がこれから始まるということ。

色を合わせたシャツに、手に持たれた国旗の入ったフラッグ、顔のペイント。中にはコスプレのような格好をしている人たちもいる。

日本人だけじゃない。海外の人も中にはいて、混ざる言葉に頭がパンクしそうだ。


「もう、どうなってるの?」

次は手の甲を抓ってみる。痛い。夢って痛覚ないんじゃないの?なんで痛いなんて感じてるんだ。手を見下ろしてため息をつく。

左手首に見慣れない時計をしているだとか、和テイストのネイルが爪に施してあるだとか、他の人たちと同じような色の服を着ているだとか__、自分自身ですら身に覚えのない装いをしていた。

人集りから少しだけ離れたところにぽつんと立った私はきっと場違いだ。そう思っていたのに、溶け込むように自分自身もちゃんと似たような格好をして突っ立っているらしい。


「ど、どうしよう」

ここが夢なのか現実なのかは今は置いておこう。本当は1番解決したいんだけど、考えてもよく分からない。それよりもこれからどう行動すればいいのかを考えないと。

キョロキョロと周りを見る。夢によくある"知り合いのあの子が出てきた"というような現象は残念ながらなさそうだ。知らない顔しか視界に映らなくてまたため息をついた。


ピタッ

「ひえっ」
「あ、ごめんね。つい好奇心で」

突然首に冷たいものが当たって変な声が出た。その声は周りの騒々しさが掻き消してくれたが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

顔に熱を集めながら振り返るとペットボトルを持った可愛らしいおっとりとした雰囲気の女の人が「あははー」としたり顔で立っていた。

彼女も他の人たちと同じような格好をしている。残念ながらその子にも見覚えはないが、この様子からして知り合いなのだろう。ごめんなさい、人違いでした!なんて慌てる様子もなく私にペットボトルを渡してきたので、きっとそうだ。


彼女は「暑いね、熱気やばー」と言いながら自分の分のお茶のペットポトルの蓋を開けて飲んでいる。「もうちょっと影に行こ?」と促されたので、それに頷いて彼女に続いた。手に持ったペットボトルの冷たさが、暑さを和らげていくがそれと同時に私に焦りを覚えさせる。

__痛覚も冷感も夢ってやっぱり感じないはずだよね?


「名前ちゃん、緊張してるの〜?」
「えっ、緊張?」

急に名前を呼ばれて思わず顔を上げる。おっとりとした雰囲気を纏ったまま彼女は「ふふ」と笑っている。

「まあ仕方ないよね。木兎が出るからね」
「.....そ、そうですね」

取り敢えず頷いてみるが、頭の中は疑問符だらけである。

"仕方ない?"
"木兎が出る?"

木兎って人の名前だろうか。どうしよう何も分からない、と彼女を見ていると何かが鳴る音がした。


「あ、ごめん。ちょっと電話するね〜」
「あ、はい」
「もしもし、白福だけどー?あ、なになに?__」

シロフクさんというのか。スマホを耳に当てて電話をしている彼女の苗字を偶然聞くことができてホッとする。

向こうは私の名前を知っていた。多分私も彼女の名前を知っていると彼女は思ってるはずだし。


「ごめんね、名前ちゃん」
「いえ、大丈夫です」
「そろそろ開場しそうだね」
「はい」

ダメだ。どう接していいか分からない。顔を思わず強ばらせるかが彼女はやはり気にしていない様子だ。混乱する思考の宥め方が分からない。取り敢えず腕時計に目を移して時間を確認してみる。あと少しで長い針が12を指すからきっとその時間が何かが''開場"する時間なのだろう。


「もういくら彼氏が出るからって、そんな顔しないのー」
「えっ?」
「ん?どしたの?」
「いえ」

彼氏!?

今、彼氏って。え、誰の?いや、話の流れからして"私の"だよね?


「あ、そうだ!写真撮ろー」
「.....は、はい!」
「せっかくお揃いだしね!」
「そうですね!」

彼氏とは?と固まる私を他所に白福さんは会話を進めていく。さっきから当たり障りのない言葉を選んで返事しているが、彼女は気にしていないようなのでそれだけはありがたかった。

スマホを操作してカメラのアプリを起動させる様子を見つめる。私の知ってるカメラアプリじゃない。そういうアプリがあるんだな、とスマホを持って数週間の完全初心者な私は感心した。周りは兄以外ほとんどガラケーか持ってない子ばかりだから、こんな風に慣れたように操作をしていく人はあまり見慣れなかった。

「はい、近づいて〜」
「は、はい!」

スマホを目の前に構えた白福さんに近づく。カメラに映る自分が朝見た自分と違っていた。

え、なんで...__、

「ほら、笑って!」
「は、はい!」

スマホに向かって笑う。パシャッと次の瞬間音がした。そのあと続けて彼女と同じポーズをして数枚撮った。

「うわ、めっちゃ盛れてる」
「も、盛れてる?」

撮れた写真を確認している白福さんから出た聞きなれない用語に首を傾げる。しかし、私の言葉は聞こえていない様子だ。慣れたように操作をする彼女の手元を見つめる。

「はい、写真送ったよー」
「ありがとうございます」
「うん。木兎にも一応送っときなよ。応援頑張るねって言葉と一緒に」
「...はい」

なるほど。先程も出てきた"木兎さん"という方が"私の彼氏"なのね。考えるがやはり全く聞き覚えのない苗字だ。そんな珍しい苗字の人に会ったらきっと忘れないだろうに。

そんなことを考えながら、ショルダーバッグを漁ってみる。簡単に見つかったスマホは私が持っているものとどこか違う。

あれ、なんかボタン消えた?

確か画面の一番下に丸いボタンがあったのに、それがなくなっていて焦る。どうやって開けばいいのだろうか。画面をタップしてみると画面が光る。いわゆるロック画面の壁紙の写真は全く見覚えのないものだった。

誰かの後ろ姿がそこにはあって、「12」という数字が異様に目に焼き付いた。

「...あ」

数秒経つと画面が消える。あれ、パスワード打つ画面出なかったんだけど?あと指紋認証ってどうすればいいの?混乱しながらちらりと白福さんを見る。白福さんは画面をタップすると、下から上に向かって指を滑らせた。するとパスワードを打ち込む画面が出てきた。

な、なるほど?と見よう見まねでやってみると確かにパスワードを打ち込む画面にたどり着く。ほっとしながら自分が設定していたパスワードを打ち込んだ。

__開かない。

「.....ん?あれ?」
「どうした?」
「いや、えっと.....」
「パスワード忘れた?」

白福さんが私のスマホを覗き込む。私はこくりと頷いた。「ありゃりゃ」と言う白福さん。私は困ってしまい言葉が出ない。

「ちょ、貸してみて?」
「え?はい」

スマホを白福さんに渡した。白福さんは何か思い当たるものがあるのか私のスマホをポチポチと操作していく。

「あ、開いた」
「え?」

白福さんの手元のスマホを覗き込む。本当だ。開いてる。すごい、なんで分かったのだろう。

「なんで...」
「え、だって。名前ちゃんのスマホのパスワードさ、木兎の誕生日じゃん」

木兎さんの誕生日?

また出てきたその名前。残念ながらその木兎さんという方も、その方の誕生日も私は知らない。

「あ、そうでした」

と、取り敢えず笑ってみる。しかし、その誕生日が何日か分からないので次からどうやって開けよう。

「もう、0920って打ったら開いたからびっくりした」
「あ、あはは」
「それ忘れるって最近変えたの?」
「そ、そうです」

0920か。ありがとうございます。思わぬ救済に心の中で感謝した。パスワード問題はどうにか解決できたからと画面を見る。右下に見慣れたアプリを見つけた。スマホを買ってもらってすぐ兄に入れてもらったメッセージアプリだ。それをタップする。

【白福雪絵】

上から2番目に表示されたその名前をタップすると先程の写真がズラリと表示された。そこに映る自分は自分なのに違う。何だか大人になった?首を傾げながら写真を保存した。


「木兎には送ったー?」
「いえ、まだ」
「えー、恥ずかしがらないで送りなよ」

そう言いながら白福さんが横から手を出して、1番上にある名前をタップした。そこには確かに木兎と書いてある。

写真ってどうやって送るんだっけ?と考えていれば白福さんが送ってくれた。その後に私は【応援しています】と続ける。

「ふふ、やっぱり緊張してる。木兎相手に応援していますって」

白福さんはニコニコと笑みを浮かべていた。私も苦笑いを浮べる。


__ああ、この夢。ちょっと長すぎない?


「はー、暑いから早く中入りたいね」
「そうですね」
「顔見知りもいるし、試合楽しみ!」
「ですね」

てか、私 これから何を観戦しに行くの?


(そういえば、さっきの顔認証で開いたじゃん)
((...顔認証とは??))

◇◇◇
*ここのスマホのパスワードは4桁設定

*メッセージアプリでは、木兎さんが1番上に固定されてる

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