キンギョソウ


「なあ!なあ、これ何なん!?」
「んーー?」

上機嫌でオムライスを作っていると、何故か慌てた声が聞こえてきた。が、今はタマゴとチキンライスか良い具合の出会いを果たすタイミングだから、と適当に流す。

チキンライスの上に綺麗にタマゴが乗る。ふわふわだ。それを包丁で切るとお店で出てくるようなオムライスが爆誕する。


やばい、これは良い出来だ。今日の私、天才なのでは...??


今までの中で一二を争う争うくらいよく出来たそれを見て満足していれば、後ろからガッと肩を掴まれた。

「んー?やないわ!あのグロいの何やねん!」
「グロいの...?」

決して掴む力は強くなかったがその衝撃には結構驚いた。視線をオムライスから侑に向ける。ベランダの方を指す侑。え?何かヤバいの置いてたかな?と考えながら、彼に背中を押されてベランダへと出た。


「これや、これ!」
「あー、キンギョソウ」
「...キンギョ?どこがやねん!どう見ても骸骨やん!なんでそんな平気そうなん?」
「まあキンギョソウって枯れたらドクロに似てるって有名だし」

寧ろ何が怖いのだろう。ガタイは良いくせに人の後ろでプルプル震える侑に呆れる。

まあベランダに出てこれがあったら驚くか。

そんなことを考えながら枯れてしまったそれを見つめる。この前まで綺麗に咲いてたんだけどなあ...。まあ、枯れてしまっても花はいいものだ。ただキンギョソウは枯れた後のその姿がちょっと怖いけれど。

「そんなことよりオムライスできたし食べよう」
「そ、そんなこと...」
「ビビってんの?」
「ビビってへんわ!」

うるさ。何故叫ぶ。そんなことを考えながら、彼を部屋に押し込む。そこに立たれていたら私が入れないから。


◇◆◇


「ほんまビビったわ...」

オムライスをもぐもぐと咀嚼して嚥下すると、侑はそう言ってこちらを見た。


__やっぱビビってんじゃん。


「キンギョソウ、枯れるとちょっと怖いけどでもすっごく綺麗なんだよね」

そう言って、スマホでその花を検索して彼に見せる。スマホを覗き込んだ彼は「ホンマにさっきのやつなん?」と聞いてきた。

「人間だってどんなに綺麗な人でも死ぬ時はこうなるでしょ」
「それはそうやけど」

死ねばみな同じ、とはよく言ったものだ。どんなに綺麗だろうと可愛かろうとフツメンとかと言われようと中身はみんな同じだ。


そんなことを考えながら、空になった侑のコップに麦茶を注いでやる。一言お礼を言って彼はまた麦茶を1口飲んだ。ぱっと彼の手元を見ればもうオムライスは無くなっていた。結構大きく作ったのにすでに完食したらしい。私が食べるのが遅いこともあるが、やはり男って凄いなあとぼんやりと思った。


「推測ではやはりNOです?なにこれ、花言葉?」
「そうだね」
「え、意味わからへん。なんで英語?てか何が推測ですが?」

スマホを弄りながらキンギョソウの有名な花言葉を彼は呟いて首を傾げる。


「仮面の下の顔はきっと自分の好みではない」
「急に何やねん...」
「この花さ、海外の人は仮面に似てるって思ったらしいよ。だから"仮面の下の顔はきっと自分好みではない。だから、考えてみましたが、答えはNOです"ってことなんじゃないかな?」
「答えはNOです?」
「告白を断るってことじゃない?」

あくまで推測でしかない。でも何となくだが、この花言葉の意味はきっとそんなことだろう。

私のそれを聞いた侑は「告白...、断る...」と呟いてそれから何故か忌々しげにこちらを見つめてくる。


「何?」
「いや、昔の傷心を一気に思い出したわ」
「傷心...?」
「忘れたとは言わせん!俺の告白何回も断ったくせに」
「あー.....」
「あー、じゃないねん」

私は懐かしいなと思いながら苦笑する。「俺の純情を散々弄んでおいて...」と彼は続けて呟いた。


__そんなこと言われたってさ、


「だって、苦手だったんだもん」
「ぐっ...!今言われてもそれ辛い...」
「あ、ごめんね」

でも仕方ないじゃん、と言えば彼はテーブルに項垂れた。

「そんな直球で言うなや。仮にも今は彼氏やん」
「仮にも.....」
「仮やない!言葉の綾や!めっちゃ!ちゃんとお前の彼氏や!」
「必死か...」

オムライスを1口だけ口に入れて咀嚼しながら彼を見つめる。急に必死になってわあわあ言っている侑は面白い。思わずクスリと笑ってしまった。

「なにわろてんねん!」
「いやあ、侑くんは面白いなあって...」
「はあ!?」
「急に怖っ」

そういう顔するから昔の私は苦手だったんだって、そう言えばまた慌てた侑は真顔になった。真顔は真顔で怖い。

「いや、今は別に大丈夫だよ」
「ホンマに?」
「ほんまに。嫌だったらまた振ってるし、そもそも付き合ってない」
「.....もうあんな思いしたくないわ」

正直にそう言うと彼は「はあ」とため息をついた。私はまた苦笑して在りし日の出来事を思い出した。


◇◆◇


関西は怖いと思った。

元々九州に住んでいた。しかもド田舎だ。何もかもがのんびりしていて、そして結構不便だった。

電車は1時間に1本辛うじて通っているが、家に帰るまでのバスは3時間に1本で、しかも5時半が最終だったので、部活をしていた私はいつも母親が仕事が終わるのを待って帰っていた。

でもある日、父の転勤を機に関西に来た。丁度高校に上がる時だったから、死ぬ気で受験勉強をすればどうにか入学はできた。


ただド田舎とはやはり常識が違うし、慣れない土地は訳が分からない。

みんな歩くのは速いし、聞きなれない方言のせいで怒っているように聞こえるし、ノリとかいうやつもちんぷんかんぷんだった。


でも少し経てばどうにか慣れて、高校でも友人ができた。私は緩い文化部に入ってぼんやりのんびりと生きていた。

我が母校、稲荷崎はバレーとか吹奏楽とかが有名だった。バレー部では特に「宮兄弟」が人気を誇っていた。侑と治は双子で顔はそっくりだし、イケメンだし、バレーできるし色んな意味で女子からキャーキャー言われていた。

田舎では見たことがないその光景に唖然とした。そして更に「都会は怖い」とまたしても思った。試合とかの応援席の光景は圧巻だったし、バレンタインの時とかは特に同級生にアイドルが混じってる気分だった。


__当時、私は宮侑が苦手だった。

ファーストコンタクトが多分あまり良くなかったんだと思う。

高校に入学して数日。まだ慣れない兵庫という土地に完全に萎縮していた私。クラスメイトになった侑があの時なんて言ったかはよく覚えてはいない。でも、方言混じりに結構強い口調で何かを言われて、とても怖かったのを覚えている。

それからというものできるだけ関わらないようにと、必要最低限のかかわり以外、避けて避けて避けまくった。顔はイケメンだけど、バレーはうまいけど、教室では結構お調子者で見てる分には良いけど、でも苦手だった。

時々睨みつけてくるし、話し掛けようと迫ってくるし、なんか言葉が強い。

彼は当時の私のなけなしのガラスのハートをバキバキに割りまくったのだ。どんなにイケメンでも、女子から人気でも、何だかんだ優しいとか気さくだとかノリが良いとか言われていても彼の"仮面の下の顔はきっと自分好みではない"とそう思っていた。


そんな宮侑とは2年では隣のクラスになった。

しかし、同じクラスには角名と治がいた。

角名は良い。侑と仲が良くて同じ部活の人ってだけだし。

問題は治だ。

性格は違うけどでも顔が結構似てる。本当に申し訳ないとは思ったけれど、気がついたら彼のことも反射的につい避けてしまっていた。


意外と勘が良いらしい角名と治はすぐに気づいていたみたいだ。

「ツムにでもいじめられたんか?」

と聞いてきた。別に虐められた訳では無い。ただ彼は怖かった。私は正直に言った。

「侑くんは、その.....苦手で」

と。すると治と角名はそれはもう笑っていた。大爆笑だ。クラスメイトが何?とこちらを見ているのも気にしていないらしい。「ドンマイすぎる...」、「あのポンコツ、まじポンコツやな」と言ってひいひい笑っていた。


そんな出来事から数日、私は侑に呼び出された。

正直行きたくなかった。机でぼけーってしていたら、治と角名が机を囲んできて、「あいつがうるさいから行ってこい」と言ってきた。薄情。と、思いながら2人を睨む。

「大丈夫やって」
「いじめられない?」
「どうだろうね。.....付いてこうか?面白そうだし」
「うーん.....。あっ、そうだ。角名くん、私の代打でいっちょよろ」

君は今から苗字名前だ。と言ってハイタッチを強要する。彼はまた爆笑していたが、ハイタッチはしてくれなかった。私は仕方なく机から離れる。

侑が指定した所へ行けば、「遅いわ」と言われた。私は小さく「ごめん」と素直に謝る。それから「で、お話とは?」と彼に聞く。正直、何言われるのか分からない恐怖にその時は本気で絶望していた。

「苗字さんが、その好きや。付き合ってください」
「.........ん?」
「ん?じゃないねん!」

なんか思っていたのと違って、結構考えたがよく飲み込めなくて思わず首を傾げれば、またいつもみたいに怖い顔をするから私は「ひっ」と思わず声を出す。すると侑は慌てて「あ、ごめん 」と謝ってきた。

好きや?付き合ってください?
宮侑が私を好き?私と付き合いたい?

いつも凄い顔で私に話しかけてくるのに?冗談でしょ?ドッキリかな?

そう考えた私は頭を下げる。

「ごめんなさい」

そう言って。

「.....っ、なんでや?」
「えっと、侑くん怖いです。...あと、ちょっと苦手で」
「怖い、...苦手」

正直にそう言えば彼がフリーズした。見上げたその顔が始めてみる表情で私はびっくりした。だって、本気で傷ついた顔をしていたから。

しまった。さすがに言葉を選べば良かった。

そう思ったが、出ていってしまったものは帰ってくることはないし、回収もできない。私は「ごめん」と言って、教室に戻った。

「で、どうだった?」
「うーん?」
「何その反応」
「なんか...」
「なんか?」
「ドッキリだった...?」

思わずそう呟けば、治と角名は「は?」と同時に素で声を上げた。「どういうことや?」と聞いてくる2人に事情を話せば、何故か気の毒そうにしていた。

「それはまあ、あいつの日頃が悪いのがアカンのや」
「日頃?」
「確かにね」
「あとはいらん噂のせいでもあるけどな」
「あれは女の方がホラ吹いてただけでしょ」
「せやけどなあ...。ま、ツムのやつ性格にしては一途なんやけどアプローチがビビるほど下手やもんな」
「.....」

2人の会話に入れず私は呆然とする。勝手にうんうんと頷きあった2人はこちらを急に見てくる。

「苗字さん、あいつ本気やで?」
「本気?」
「ま、今からの方が気をつけた方がいいよ」
「先に兄弟として謝っとくわ。堪忍な」
「.....え、うん」

よく分からないがその時の私は取り敢えずで頷いた。


◇◆◇


それからが大変だった。

振ったはずの宮侑が沢山絡んでくるようになった。私は怖くて色んな人に助けを求めたが、気がつけば外堀が埋まっていたらしい。どうにもならなかった。

数回告白されたが、やっぱり断った。

元々臆病な性格で、そして自分に自信がなかったせいで、彼の言葉を私は信じれなかったのだ。

でも、少しずつ時間が経てば色んなものが見えてくる。治が侑について色々教えてくれたし、角名くんが彼のマヌケな写真を見せてくれた。銀島くんが色々なお話を聞かせてくれた。

侑のことをいつの間にか苦手だと思わなくなっていた。

私と話す時、彼の口調がちょっと強まるのは照れているかららしい。治が侑の癖を教えてくれたから気づいた。

あと偶に流れる女の子関連の噂も違うとか。それは私の友人が「侑くんって確かにタラシそうだけどさ、その印象に漬け込んで女どもがあることないこと言ってて許せんわ」というのを言っていた。彼女は別に侑ファンじゃない。自分の彼氏以外興味のない子だった。

ただ「嘘をまるであることのように話すやつが嫌い」な子だった。彼女は噂をよく知っていたし、サバサバした性格のお陰で色んな人と仲が良くて、噂のことの真相も知っていた。だから侑の噂に関してはよく本当のことを教えてくれた。

色んな人から色んなことを聞いて、侑と関わっていくと今までの誤解とか、一途なところとか、熱意とか思いとか色んなものが分かった。

だからある日、私はようやく彼の言葉に頷いた。それを聞いて侑は酷く驚いていた。自分から告白してきたくせに、とも思ったが散々振ってきたのは私の方だ。


沢山沢山傷つけてしまったことを私は謝った。いくら臆病だからとはいえ、自分に自信がないからとはいえ、彼の気持ちを考えずに沢山彼を傷つけた。

いつだってこんなに真剣な目をしているのに、信じられなかった自分が嫌だった。

「ホンマに!?なあ、ホンマになん?」
「うん。本当にごめんね。私、今まで沢山沢山...」

謝ってる途中に涙が出そうになった。でも、それは直ぐに引っ込む。目の前に顔を隠してしゃがみ込む侑が見えた。大きな体がいつになく縮こまっていた。その手の隙間から流れるものが見えた。

「.....良かった」
「うん」
「苗字さん、好きやで」
「うん、私も___」


◇◆◇


「懐いわあ...」
「いやー、その節はどうも」
「ホンマにな。家でどんだけ落ち込んで泣いたことか...」
「ごめん」

2人で部屋の窓の近くに座ってぼんやりと遠い空を見上げてそんな会話をする。

「でもええねん。多分、あれがなかったら俺たち長くは続かんかったで」
「そうなのかな?」
「そうやと思う。あの状態で流されて付き合ってても俺のこと信用してへんし、絶対心のどっかで怖がるやろ?」
「確かに」

侑とは長い付き合いになった。私が侑のことを分かるように、侑だって私のことを沢山知っているのだ。

「俺は名前が今日も横におって、侑くん大好きーって言ってくれるならそれでええねん」
「.....」
「.....」
「侑くん、愛してる」
「...っ」

私はそう言って隣の彼を見上げた。治に教えてもらった照れてる時の癖が完璧に出ていて思わず笑う。

「私が育ててたキンギョソウはね、赤と黄色なんだけどさ。花言葉聞きたい?」
「おん」
「"愛"とね"幸福感"だよ」

一般的な意味では怖い意味もあるし、変な意味もある。でも色別にはやっぱり花言葉らしいそれが付いてくる。

まあ今はそんなことは置いておいてもいいかな。

私は立ち上がると、相変わらず照れている彼の背にまわってその大きな背中に抱きついた。

「うわっ」
「ふふ」

驚いて声を上げる彼が面白い。ドクドクと早くなっている鼓動を聴きながらそっと目を閉じる。

「俺も愛してる」

その声を聴きながら私はただこの幸福感に微笑んだ。

(キンギョソウの花言葉)
(推測ではやはりNOです)

星の唄聲が聴こえない