「楽しみにしてる」


今日は角名くんと映画に行くことになった。

そのために駅前で集合する。早めに来てみたら角名くんもほぼ同時に着いたみたいだ。早く行って心の準備をしようと思ったのに驚いた。

「早いね」と言ったら、「そっちこそ」と返ってくる。お互いにこんなに早くに来るとは思っていなかったみたいだ。ちょっと挙動不審になってしまって恥ずかしい。それに気づいた角名くんが「ふっ」と笑うものだから、さらに顔に熱が集まった。

.....何でこんな初々しいカップルみたいなことをしてるんだろう。

冷静になってふとそう思った。


映画館に早く行ってもまだ映画は始まらないし、チケットも先日予約している。乗る予定の電車にはまだ時間があるからと、駅前のベンチに座っておしゃべりする。

「本当にあれ見るの...」
「うん。もうチケット取ったし」
「.....ホラー苦手って言ってたじゃん」
「.......」

先日から何回も聞かれるそれ。今日見に行く映画はSNSでも話題のホラー映画である。ホラー系はこの時期だと季節外れではあるが、それでも今大人気だ。ホラーが苦手な私もその人気ぶりに(あと出演しているアイドル目当てに)怖いもの見たさで観たくなったのだ。

じゃあなぜ友人とではなく角名くんと見に行くことになったのか。それにはこういった経緯がある。


◇◆◇


昼休み。お弁当を食べ終え、友人に「これ見に行こう」と言えば、「げ、ホラー映画やん。そんなんいやや。1人でいけ」と言われる。

友人も私と同じでホラーは得意ではないなので、絶対に観たくないらしい。「いや、1人でホラー見に行く度胸があったら誘っとらん」と言うと「正直か」と笑われた。

悪いか。どうせ強がったところでバレるじゃん。

てか、去年の文化祭のお化け屋敷で醜態晒したんだから知ってるやろ、となる。そう決して強がりはしない。ホラーは苦手だ。苦手だけど観たいのだ。

「角名に頼みぃ」

友人は言う。

「いや、角名くんは部活忙しいでしょ」

大きな大会はもう少し先だし、時々オフの日はあるみたいだがオフの日はゆっくりしたいはずだ。というか何故角名くんに頼まないと行けないのだ。

あの人、私の彼氏じゃないんだが。この子、最近何か勘違いしてないか。

なんて考えているうちには、友人に腕を引かれ角名くんのところに連れていかれる。そこには侑くんも居て2人で昼食を摂っていた。治くんは銀島くんと購買に行ったらしい。ちなみに治くんは昼休みが始まると同時にダッシュして行ったのを知っているため、彼が購買に行くのは本日2回目だということも分かっている。

「すーなー」
「なに」
「冷た...、なんで私に対しては冷たいん」
「.....」

友人が声をかければ角名くんがこちらをちらりと見る。角名くんの態度に友人は「けっ」と隠すことなく顔を歪めた。

友人はいつも何かを言って角名くんをからかっているため、角名くんはまた何か言われると思ったのだろうか、面倒くさそうにしている。

しかし、この2人は何だかんだいって仲良しだ。仲がいいからこそのこの態度である。

「角名、あんたにスーパーでエレクトリカルでエレガントな役割を与えたるわ」
「...なんやねんそれ」

ほんとうにね。エレクトリカルって「電気の...」とかって意味だよ。

友人の絶対に英語の意味をよく考えていない小学生じみた発言に反応したのは侑くんだ。お弁当をつつきながら、「呆れた」というような顔している。

しかし、侑くんもこの前似たような発言をしていたのを私は知っている。多分精神年齢はあまり変わらないんだろうなあ。

「で、そのスーパーで何とかな役割って?」
「スーパーでワンダフルでエキセントリックな役割や」
「さっきと言っとることちゃうやん」
「気のせいや」
「なんでやねん。気のせいちゃうわ」

友人と侑くんの会話は結局話が全然進まないため、私はそっと離れようとした。しかし、よくよく見れば友人はガッツリと私の腕を掴んでいやがる。

「名前」
「んー?」
「で、これなんなの」
「.....さあ」

友人では埒が明かないと思ったらしい角名がこちらを見る。多分先程の私が映画に行きたい云々のことを言いに来たのだろうが、忙しい角名くんに言ったところで無理な話だろう。「もういいよ」と友人に言おうとすれば、彼女がようやく話を進める気になったらしい。

「すーなー、名前が映画見たいんやって」
「いいよ」
「いつがええ?」
「来週の土曜」

え?はっや。

「ほらいいって」
「え、うん」
「良かったなあ。だから角名に言えば一緒に行ってくれるって言うたやん」
「.......」

ほんの10数秒の間にどうやら来週の土曜に角名くんと映画観に行くことが決定したらしい。あまりにも即答過ぎて、展開が早すぎて全然ついていけなかった。

「で、何見るわけ」
「ほら先々週くらいから始まったホラーのやつやって」
「え、名前ホラー苦手じゃん」
「でもどうしても観たいんやって。ええやん、角名役得やなあ。良かったなー」

ぼけーっとしているうちには話が進んでいく。てか角名くんよく私がホラー無理なこと知ってるね。って思ったが、もしかしたら私の去年の文化祭での痴態を知っているのかもしれない。侑くんのコスプレのインパクトで印象を消し去ったと思ってたのに...。

「す、角名くん。来週の土曜、本当に大丈夫なの?」
「うん。土曜は体育館が整備だから。金曜は練習試合だし、偶にはってオフなんだよ」
「えっ、折角の休みなのに...」

前日が練習試合だと聞くと余計に申し訳ない。しかし、それを聞いて侑くんが角名くんに寄りかかる。その顔はニヤニヤしている。折角顔がいいのに口元のソースが気になって仕方ない。

「ええねん。角名がこう言うてるんやから。それにそういうご褒美ある方が練習試合で角名のやる気が出てええわ」
「何馬鹿なこと言ってんの」
「馬鹿ちゃうわ!関西では阿呆って言えや」
「阿呆」
「なんやて!」
「侑が言ったんじゃん...」

面倒くさ、と顔を顰めた角名くんは侑くんから視線を逸らすとこちらを見た。

「で、名前は来週の土曜は大丈夫なわけ?」
「私は用事はないけど」
「じゃあいいじゃん」
「う、うん」

そう言って頷くと何故か侑くんと友人がガッツポーズをしたあと、ハイタッチをしている。仲良しか。それを横目で見ている角名くんは無表情だ。うん、いつも通り。

「楽しみにしてる」
「うん」

何やら騒いでいる友人と侑くんから視線を外してこちらを見た角名くんが私にだけ聞こえる声量でそう言って薄く微笑んだ。

__私も楽しみ。

◇◆◇


まあそんなこんなで角名くんと映画に行くことになった。友人から「デートなんやからばっちりおしゃれしていけ!」と前日の夜に電話が来て念を押された。

なので少しだけ早起きをして新しく買ったワンピースだとか、それに合うカーディガンだとかを持っている服の中から引っ張り出して着る。それから自分にできるだけの化粧をして、イヤリングを付けて.....、と出掛ける準備をする。

家を出る時、母に「あら、彼氏?」とそれはもうニッコリ微笑まれ、爽やかに送り出された。彼氏じゃない、と否定はしたがあの顔は信じてないだろう、とため息をつく。

それから早めに集合場所にたどり着くと角名くんもちょうど来てしまい、心の準備どころじゃなくなっめ、あたふたしてしまったのだ。

角名くんの服装はシンプルなものだったが、彼に凄く似合っていた。思わず「かっこいい」と呟きながら数秒見惚れていたことが本人にバレていないことを願うことにする。

それから電車の時間まで駅前のベンチに座っておしゃべりするという先程の展開になったのだ。

「角名くん、練習試合お疲れ様」
「本当に。今日のために頑張った」
「そ、そうなんだ。私も楽しみにしてたんだ」
「か、っ.....」
「か?」
「なんでもない」

今日のために頑張ったのだという角名くんの言葉に嬉しくなって、そう返すと何故か角名くんは何かを言いかけてから口元をおさえる。まあ「なんでもない」と角名くんが言うのだからそうなのだろう。気にしないことにしてまた新しい話題を見つけてぽつりぽつりいつもみたいな会話をする。

会話の内容は教室にいるときとそこまで変わらないけれど、いつでもどこにいてもこんな風に穏やかにのんびりとおしゃべりしたり、ぼんやりしたりすることができる角名くんとの時間は意外と好きだ。


「そろそろ時間だよ」
「本当だ。行こう」
「うん」

ついつい会話に夢中になっていた。角名くんの言葉に時間を確認してから、髪を手櫛でさっと整える。角名くんが先に立ち上がる。背の高い角名くんをぼんやりと目で追いかけながら立ち上がり、1歩踏み出す。

「うわっ」
「大丈夫?」
「わ、ごめん。ありがとう」
「うん」

何もないところで躓いた私の腕を瞬時に掴んだ角名くんの動体視力(であってるだろうか)はすごいと思う。あと自分のドジさも。焦りと申し訳なさと恥ずかしさを一気に覚えて謝罪すると、角名くんがとびっきり優しい笑みを浮かべたのが見えた。

__ドクン

顔に熱が集まるのをそのままに私も笑う。角名くんがゆっくり歩き出したので、私もそれにつられて歩き出す。

「.....」
「.....」

私の腕を掴んでいた角名くんの手がいつの間にか私の手を握っているのに気づいた。先程の自分の痴態に心の中で荒ぶっていた私は全然気づかなかったのだ。それにまた心臓が変に音をたてている。

でも全然離して欲しいとも思えなくて、寧ろそのぼんやりと暖かい体温と少しでも長く触れ合っていたいような、そんな擽ったい感覚を覚えた。

吊り橋効果、みたいなものだ。きっとそうだ。と自分に言い聞かせる。

バクバクとうるさい心臓に気を取られていたせいで、無意識のうちにその手を握り返していることにも、それに気づいた角名くんが嬉しそうに微笑んでいることにも気づかなかった。

(ドクドクドク)
(鳴り止まない音が聞こえてたらどうしよう)
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