「ママー、あれなぁに?」
「...見ちゃダメよ、決して。いい?きっとあなたは神孫子家の血が強いのでしょうけど、あなたとお祖母様やお父さんとは違う。分かった?」
「...うん。」
未だに覚えている。いつも優しくて温厚な母があの時だけは背筋も凍るような怖い顔をしていたことを。
そして今は亡き母にはとても言えないが、私はやはり神孫子の子だったらしい。
だって、感じるし見えるし話せるし祓えるんだもの。
Episode1.『神孫子凪』
「凪姉、いるか?」
「いるけど。」
良かった良かったなんて笑ってそいつはこちらへと足を踏み入れた。どうせ文句を言っても今更変わらない。ほかのやつだったら咎めてたその行為を無言で終わらす。
「...なんの用?」
「いやぁ、実はさ、凪姉なら分かるかなーって思って。」
「...そういった話には足を突っ込むなって言ったわよね、私?」
睨めばヘラヘラと笑うそいつ。そいつというのは、私の昔馴染みだった。別に、特別仲が良かっただけじゃない。家が近く母同士が仲が良かっただけ。
「な、お願い。先輩が困ってて、凪姉しか頼れねぇからさ。」
「はぁ。アンタ、自分お母さんに感謝しなさいね。いくら昔馴染みだとはいえ他人の私に美味しいご飯を分けてくれる優しいお母様に。」
「まじ!?凪姉太っ腹〜。」
そう笑う幼馴染、出水公平をとても殴りたくなったのはここだけの話である。
◇
「初めまして。神孫子凪、18歳です。」
軽く自己紹介をして、ちらりとそちら側を伺う。帽子くんと、髪がすごい人。
「こちらこそ初めましてだな。荒船哲次、18歳。よろしくな。」
「ほな、初めまして。水上敏志、18歳。よろしゅう。」
二人ともタメだった。見た感じ私よりしっかりしてそうで年上かと思ってたので少し拍子抜け。公平も来年このくらい大人しくなればいいと思う。
「今回、この水上さんってのが困ってて、んで荒船さんは好奇心で着いてきた。」
「おい、好奇心なんて言い方すんな。ただ、映画とかであるそういった話が本当にあるのか気になっただけだ。」
いや、ガッツリ好奇心ではないか。という言葉は飲み込んでおく。ほぼ初対面なのにそんなツッコミできない。
「いや、それ好奇心やん。あっとるやろ。」
関西弁なので多分関西人である水上さんがツッコんだ。やっぱり関西人芸人向いてるな。
「ま、話戻して。凪姉は所謂、そっち側の人間なんすよ。」
「まぁ、そうですね。一応、お祓いも出来ます。」
「家が寺とかなのか?」
そんなベタな。
「違います。恐らくですが、血筋ですね。母は視える人ではなかったらしいですが、父とお祖母様が視える人です。というか、なんならお祖母様の方がそういった力は強くて私にそう言った知識を植え付けたのもお祖母様ですね。」
「なーんか、よそよそしいな、凪さん。俺らタメやから、敬語無しでええのに。」
ソーシャルスペース少なすぎでは?いいのかそれで関西人よ。
敬語は勿論敬意を示す為のひとつの手段であるがそれと同時に距離を置き戸を立てる手段でもある。そこまで親しくない人間に敬語無しは無理がある。まぁ、営業モードということだ。
「...慣れましたら。というか、早く本題を。私も時間が惜しいので。」
「つーことで、水上さん説明どうぞ。」
「ええとな、最近見るんや、ある男を。まぁ、男なんてそこらにおるし三門市広いっちゅう訳やないから3度目くらいは珍しいぐらいに思っとたんやけどな。日に日に増えてってここ数日は毎日見るんや。変やなおもて、同級生に話しとったら出水がたまたま聞いとって自分を紹介してくれたんや。」
あぁ、なるほど。
後ろにいる男の事ね。
「わかりました。いいですよ。ちなみにその方、生霊で水上さんのこと恨んでるようですけどお話いたします?」
「んー、させてくれや。」
少し悩んだあと、そう答えた水上さん。
彼の後ろにいるのは、生霊である。随分と彼のことを恨んでるようでわざわざ彼のところまで来てしまったらしい。
「じゃあ、降ろしますね。いいですか、皆さん。今から見るもの聞くもの、水上さん以外は受け答えしてはいけませんよ。」
「あぁ。」
「はーい。」
私は水上敏志を背中のものを引っ張り手とともに下へ降ろした。
『うざいうざいうざいうざいうざいうざい』
自身の爪を噛み禍々しい黒を纏う男。噛まれている爪は酷くボロボロで血が滲んでいる。
「何がそんなにうざいのですか?」
『ムカつく。俺の事を涼しい顔で負かしといてそのくせ辞めやがって!!馬鹿にしやがって!!!お前のせいだ、お前のせいで俺は出来なくなった!!許せない許せない許せない許せない許せない許せない。』
あぁ。勝負事から出た嫉妬か。なるほど、馬鹿馬鹿しい。
「負けたとは、なにで?」
『将棋だよ!!天才って言われてた俺に勝つほど上手いくせしてこいつは辞めやがったんだ!!どうせこいつからしたら、将棋なんてひとつの遊びに過ぎなか、』
「うるせぇ。少し黙りや。」
そう言ったのは水上敏志。...これ以上は良くないな。
「さようなら。もうお帰りくださいな。それと、命が惜しけりゃもう彼の前に現れないことですね。」
手を上へ戻せば消えていく男ついでにその場から薙ぎ祓う。
「終わりましたよ。」
「なんで消したん?」
少しだけ、凄まれる。結構腹が立ったらしい。話も通じなさそうな魂に対して何も出来ないくせして何をしようとしてたのやら。
「私がこれ以上は意味が無いと判断したからです。いいですか、水上さん。今回彼の生霊があなたに被害を出さず前に現れただけだったのはあなたの記憶に残っていなかったからです。」
「つまり?」
「あなたか認知した今来ようと思えば来れますし、あなたが彼の生身と対戦した記憶を思い出せばより彼の力は強くなるでしょうね。」
「...なんだか、思ってたと違うな。もっと、映画みたいに祓うのかと思っていた。」
荒船さんは少し残念そうな顔をしている。
「現実そんなもんですよ。でも、確かにものを使って祓う時もありますよ。基本、死霊のときですけど。」
「そうか。じゃ、水上についてた生霊じゃ使えないんだな。」
「いいえ?使えますよ。」
思わず顔を傾げる荒船さんと水上さん。これまでそういった話をしたことがないため、公平も首を傾げている。
「じゃあ、どうして、」
「死んでしまうからですよ。魂を送るための道具なので、死んでしまいます。強いひとが使うほど効力を使うので、あなたがたなら怪我くらいで済むでしょうけどね。」
少し、空気が凍る。なにも、公平まで固まらなくてもいいのに。
「...取り敢えず、帰ってもらっても?ここは私のビジネススペースですし、用がない方にいられると正直キツいです。」
「ビジネススペース?」
聞き返したのは水上さんだった。
「えぇ。バイトしてるんです、お祓いの。お金が必要なんで。」
「親とか許してくれるのか?それ。」
真っ先に顔を青くしたのは公平だった。慌てて荒船さんへ説明をする。
「えっとその、凪姉は身内が居ないんですよ。」
「...そうだったのか。すまない、配慮が欠けてた。」
三門市には、近界民というそう言った見えざるものとは違う化け物がいる。そいつらは約4年前ほどにこの三門市を大いに荒らし、沢山の人間を葬った。そして、そんな近界民に対抗するために生まれた組織が界境防衛機関、通称ボーダー。公平もこの組織に入っており、年が離れているので多分この人たちもボーダー関係者だと思われる。
そして4年前に亡くなったがいるってことは遺された人たちもいる。彼がこうして顔を暗くしたのはそれの影響だろう。
「いいえ、別に。実際、大規模侵攻で亡くなったのは母だけで、父もお祖母様も事故死ですので。気にせず。」
「いや、俺の配慮が足りてなかった。本当に申し訳ない。」
「いいえ。本当に気にしていないんで。大丈夫です。」
父の死も母の死もお祖母様の死も全員彼ら自身で選んだ結果の死だ。彼ら自身に決して後悔がないのだから私が余計な情をかけるのは逆に失礼で、冒涜なのだ。
「それじゃあ、自分生活とかどうしてるん?」
「生活は遺産とバイト代がありますし、学校に関しては私特待生なので学費免除させてもらってます。」
「え、三門第一?」
オーバーリアクションでは。
「えぇ。」
「じゃ、いつも1位のあの読みにくい苗字は...」
「私ですね。あれで神孫子って書くんです。」
「随分とえらい名前しとるんやな。」
「まぁ。」
仕方ない。お祖母様曰く神孫子家は神の血を引いてるらしい。それが本当かどうかは知らないが先祖がそれがいいと判断したのならそれまで。
「さて、それじゃあ。さようなら。お母さんにお礼言っといてね、公平。」
「本当にありがとさんな。」
「ありがとうな。勉強になった。」
「はーい、凪姉ほんとにありがとねー。」
ゾロゾロと出ていく彼ら。
やはり、荒船さんは苦手だ。
直ぐに殺気を飛ばしてくるんだもの、嫉妬深い後ろの女が。