「名前、ちょっといいか」
部活前、若利から呼び止められる。
体育館の方へ歩き始めたので黙ってあとをついて行く。
部活開始までまだ時間があるので何か練習の準備で頼み事をされるのだろうか。
そう思っていると一緒についてきた天童が「若利くん、ちょこっと調子が悪くてね」と耳打ちされた。
ああ、なるほど。
そう頷いてから苦笑いがもれた。
若利とは幼いころからの幼馴染だ。
若利のお母さんとわたしのお父さんが幼馴染で、その縁からこうして高校までずっと同じ学校に通っている。
わたしのお母さんも若利の家族とは仲が良くて今でもよく一緒にご飯を食べたりしているほどだ。
自然と若利といつも一緒にいるようになり、自然とバレーボールをする若利の姿を見ることが多くなった。
そのためかは分からないけど、若利の微妙な変化に敏感になるようになったのだ。
スパイクを打つときの姿勢、ジャンプのタイミング、助走の姿勢。
ずっと見てきたせいか少しでも違うと目につく。
若利も中学生のときにそれに気付いたらしく、たまに不調になるとわたしの前でスパイクを打つようになったのだ。
それは白鳥沢学園高校男子バレー部の主将、マネージャーという関係になった今も変わらない。
若利が不調になるなんて本当に滅多にないから、そう多くあることではないのだけど。
「天童、手が空いているならトスをあげてくれないか」
「俺でいいの〜?
賢二郎呼んでこようか?」
「構わん」
「あいよ〜」
そこ、白布を呼んであげた方が本人は喜ぶだろうになあ。
心の中でそう思いつつ苦笑いがもれた。
天童もわたしの表情のわけが分かったらしく「若利くんらしいよネ」と笑いながらボールを渡してくれた。
ふわりとボールを天童の頭上に投げる。
セッターではないにも関わらず天童が慣れた様子で上げたトスを若利が打ち抜く。
幼いころから周りの子と違う何かを感じていた若利のそのスパイクは、やはり異彩を放っているように思えた。
「どうだ」
まっすぐな瞳がこちらを向く。
真剣な表情も、幼いころから何一つ変わっていない。
「肘伸びてないよ」
「分かった。
天童、もう一本だ」
「はいはい〜」
カゴからボールを取り出して、また天童の頭上へ投げる。
上げられたトスを打ち抜いた若利の顔は、微妙にだけど明るい表情を浮かべてた。
「若利くん復活?」
「今のでいいと思うけど。
どう?」
「ああ、助かった」
くりくりと手首を軽く回しながら若利が言う。
どうやらもやもやが解決したらしい。
表情があまり出ない若利だけど、こうしてよく見ると割と分かりやすかったりする。
それを見つけることが楽しくて、子どものころは若利の顔を飽きずに見ていたっけ。
懐かしさに浸っていると騒がしい声が体育館の入り口の方から聞こえてきた。
「早いな、お前ら」と言ったのは山形だ。
バレー部部員がぞろぞろと挨拶をしながら体育館に入ってくると、一気に体育館中に活気ある声が響く。
若利は部員たちにアップの指示を出し、天童もそのアップの輪に混ざっていく。
わたしは若利が打ったボールを拾ってからいつもどおりの仕事に移る。
活気あふれる体育館。
明るい空間とどこか熱っぽい温度。
ぎゅうっと心臓がしめつけられるように苦しいことは、誰にも秘密だった。
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