いつもどおり部活が開始し、いつもどおり休憩を迎えた。 わたしも一通りの仕事は済ませていたので一息ついて壁にもたれ掛かる。 するとそのわたしの足元にころころとボールが転がってきた。 バスケットボールだ。 今日はバスケ部が使っている体育館が点検で使用できない。 そのためバレー部と体育館を半面ずつ分けて使っているので、ネットの向こう側からこちらに混ざり込んだらしかった。 拾い上げてバスケ部の方へ持って行こうとしたとき、ちょうどバスケ部の人が気付いてネットをくぐった。

「すみません! ありがとうございます、投げてください!」

 そう言われたので「あーはい」と返事をして左手にボールを、というところで思い出す。 何事もなかったように右手にボールを持ち直して持ち上げて振りかぶるが。 上手く投げられずに見当はずれの方向へ飛んで行ってしまった。 バスケ部の人はきょとんとした顔をしてから苦笑いをしたが、ボールは飛んで行った先にいたバレー部の一年生がちゃんと投げてくれた。

「名前ちゃん」
「なに」
「なんで左手で投げないの?」

 この前はそんな話になったときに首を突っ込まなかったくせに。 天童は汗をタオルで拭きつつわたしの顔を覗き込む。 「なんで?」と聞く顔は少しだけ笑っている。

「左で投げたらふつうに投げられたでしょ」

 なんと言おうか考えて口を閉じたままでいると、そこに若利が割り込んできた。 「天童」と声をかけた割には何を話そうか考えていなかったらしく、不自然な間が空いてから「今日は調子がいいな」と苦し紛れに言う。 天童はそれをケラケラ笑いながら「そうかな〜」とわたしとの会話を諦めて若利と会話をはじめてくれた。
 天童の言葉に内心「たしかに」と返しておく。 別に運動音痴というわけではない、と、思う。 もともとスポーツは好きだし。 そう思いながら一つため息をつくと若利がちらりとこちらを見た気がした。
 中学生のとき、わたしは若利と同じくバレー部に入っていた。 けれどいまとは違う。 いまとは違って選手として、バレー部に入っていたのだ。 白鳥沢学園中学の女子バレー部は強豪と呼ばれる一歩手前くらいのそこそこ強い中堅どころといったバレー部だった。 一年生のときはもちろん平部員として雑用をすることは多かったけど、二年生になってからはそれなりいに試合に出させてもらえるようになった。 ポジションはセッター。 幼馴染の若利とはよくいっしょにバレーボールをして遊んだこともあって、それは中学になっても大きくは変わらなかった。 男子部の人が自主練からあがってしまうと決まってわたしを呼んでくれたし、わたしにアドバイスをくれたりもした。 その時間がいちばん楽しかったし、バレーボールをがんばろうと思える時間でもあった。 あんまり身長が高くはないのでチームの司令塔として良いゲーム運びにできるようにたくさんいろんな試合を観た。 指先でボールを扱うことに慣れるために自主練も長くした。
 そんなふうに毎日を過ごし、なんとかレギュラーの座をつかんだ中学三年生の夏のことだった。

「名前、どうした」
「……え、ああ、なんでもないよ」
「ならいいが。 再開するぞ」
「うん、わかった」

 いつの間にかいなくなっていた天童を追うように若利もコートへ戻っていく。 つい昔のことを思い出してしまっていた。 そのたびによっぽどわたしが変な顔をしているのか、若利は今みたいに必ず話しかけてくる。 それが有難いようなそうではないような。 微妙な気持ちになりながらわたしも仕事に戻った。


鏡の向こう側へは行けない 03

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