梟谷学園高校男子バレー部の新チームは春季合宿からはじまる。 春季合宿は毎年春休みに行われる。 春休みが二週間ほどある中のなんと一週間も行われるのだが、これがなかなかしんどい。 新チームの結束をさらに固めるという目的も薄っすらあるため、食事の準備から風呂の準備など生活面も部員全員で協力して行うのだ。 夏季合宿などはマネージャーと一年生が中心にそのあたりをやってくれるのだが、春季合宿に限っては全員参加だ。 もちろん一週間で仕事をしない人間は一人もいない。 食事に関してはメニューを監督がすべて考えといてくれるし、レシピなんかもプリントアウトしておいてくれるのだが。 それにしても普段料理などしない俺たちからすればなかなか過酷な仕事である。
 合宿所は毎年合宿で使っている郊外にある森に囲まれた場所だ。 買い物に行くのも一苦労な場所なのだが、俺としては自然に囲まれていてなんとなく好きな場所でもある。 夏はここで行う合宿と梟谷グループで行う合同合宿もあるのでなかなかハードな日程になっている。
 その点春季合宿は「共同生活」に重きを置いているところがあるので、練習がしんどいとかそういう要素は少ない。 もちろんしっかり練習もするのだが、簡単に言葉で表すなら「お泊り会」のようなものなのだ。 最終日前日には毎年寒空の下バーベキューをするか、全員で鍋パーティーをしたりたこ焼きパーティーをしたりする。 そのときにビンゴ大会やものまね大会など、その年の主将によって変わる催しがあったりしてなかなかに愉快な合宿になっている。 今年は俺たちの代が何をするか、その日の夜に何を食べるかを決める。 木兎のことだから無理難題を言ってまとまらないだろうと腹をくくっていたのだが、割と簡単にそのあたりは決まったのでほっとしている。
 バレー部専用のバスに乗り込むと、早朝出発ということもありほとんどの部員が眠ってしまう。 俺は特別朝に弱いわけではないのであくびをしつつもぼけっと窓の外を見ていると、後ろの席に座っていた雀田が俺の頭をこつんと叩いた。

「なに?」
「ナマエちゃん」
「え?」

 ミョウジがなに? そう思いつつ通路を挟んだ隣に座っているミョウジの方を見る。 ミョウジは部活用の用具が詰まっている鞄をぎゅっと抱えるようにして、窓にもたれ掛かって眠りこけていた。 最近はにこにこと明るい顔しか見ていなかったこともあり、あんなに穏やかで間抜けな顔は久しぶりに見たかもしれない。 それを見つめていると雀田は自分の席に座り直したようだったが、その代わりにスマホがポケットで震えた。 こんな時間になんだ、と思いつつ画面を見ると雀田からトークが飛んできている。 直接言えよ。 そう思ったのは一瞬だけだった。

いつ告白すんの?

 短いそのメッセージに固まってしまう。 いやいや、このタイミングで? 困惑しつつもそれに いや、むりむり と返しておく。 かわいらしいスタンプを添えておいたがどうやらお気に召さなかったらしい。 思いっきり座席を後ろから蹴られた。
 雀田は割と俺とミョウジのことを茶化さない。 茶化さない上に話せば真面目に聞いてくれるし、こうやってケツを叩いてくれることもある。 とても有難い相談相手になりつつあるのだが、最近の「早く告れ」アドバイスはなかなかに過激だ。 なんでも「じれったくてイライラする」とのことらしい。 そんなことを言われても。 ミョウジの俺に対する接し方を体感すれば分かるはず。
 ミョウジは……なんというか、たとえるなら俺のことをぬいぐるみのように思っているというか……観葉植物……マスコットキャラクター……とにかくそういうもののように思っていると感じるのだ。 だって、好きな相手に「好き」と言うことはかなり勇気がいることだ。 恥ずかしいし照れるし、思わず顔が赤くなるのがふつうだと俺は思う。 実際俺がそうだ。 口が裂けてもミョウジに平常心で「好き」なんて言えない。 でもミョウジはいたってふつうに「好き」と言うのだ。 真顔のときもあれば眩しい笑顔のときもある。 けれど、一度たりとも恥ずかしがったり照れたりはしなかったし、顔が赤くなったこともない。 それってつまり恋心じゃないってことなんじゃないだろうか。 オーディエンスからすれば「好き」と口に出してちょっかいをかけまくる姿がそう見えるのかもしれないけど。 実際はかなり半信半疑になってしまうのだ。
 というか、俺、ぶっちゃけて言うと、あんまり自分に自信ないし。 顔が特別イケメンというわけでもなければ、飛び抜けて優しいわけでも、男らしいわけでもない。 バレー部レギュラーという肩書は持っているけれど、それはほとんどの女の子にとってステータスにはならない。 背が高いとよく言われるけどバレー部の連中といっしょにいるとそれすら霞む。 人生でモテた経験なんて赤ちゃんのころ親戚連中に囲まれてきゃーきゃー写真を撮られていたらしいその時期だけだ。
 そんな俺のことをあんなに健気で一生懸命な女の子が好きになるもんか。 そんな思いがあったりする。

ナマエちゃんカワイソ〜。 結局ホワイトデーもあげてないし〜?

 いやいや、俺から告白された方がカワイソ〜でしょ。 ただ物体として好きだと言っていた先輩が調子に乗って告白してくるなんて恐怖でしかない。 あと一年部活でいっしょなわけだし、気まずいことこの上ない。 俺以外のやつらとも仲良く楽しい毎日を送っているのだから、俺が自惚れてそれを壊すのは本当にだめなことだとなぜ分かってくれないのか。 あとホワイトデー返さなかったのはあそこまでいらないと主張されたら心が折れるでしょうがふつうは! そもそも部員全員で三人にチョコボールのお礼は返したし! それを短くまとめてトークを送り返す。 雀田からはウサギがタヌキの首を泡を吹くまで絞めているスタンプが送られてきたと同時に再び座席を蹴られた。 それきりもう何も送られてこなかった。
 雀田が今なにを考えているのかが手に取るようにわかる。 根性なし、びびり、チキン。 自分で痛いほど思っているそれを背後から念で送られることに怯えていると、バスが合宿所に到着した。


darling 春季合宿1(k)

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