根津という後見人を得たキョーヤはその翌日には施設を出て、そのすぐ近くのマンションに身を寄せることとなった。身を寄せるとは言ってもそこでは一人暮らしだ。家賃は100%根津の出資で、食料は申告すれば送られてくるそうだ。月1万までなら自由に使っていいと小遣いのようなものまで封筒に入れて送られてきた。
金持ちかよ。そうは思ったが、そういえば重要人物だとボディーガードのような人間が言っていたし、話を聞くにどこかの私立高校の校長だと言うから、金回りはいいのだろう。
緊急時はここへ、とプライベートなのか仕事用なのかは不明だが連絡先までいただいたから、正直至れり尽くせりだった。
「……は?」
その異変に気付くのが遅れた理由を言うなら、まず、警察施設にいた頃には鏡なんてなかったからだ。割れば立派な武器になるからだろう。
マンションに入ったその日、シャワーを浴びて、ふと鏡を見たキョーヤは珍しく表情を強ばらせた。ぺちぺちと己の顔を触って確かめる。頬をつまんでみれば、むに、と鏡に映る己の頬が伸びているのが分かる。
「………。いやいやいやいや」
若い。どう見ても記憶にある自分の顔より若かった。
「はあっ!?!?!?!?」
柄にもなく鏡に向かって吼えた。
榊くんにも聞いたけれど、驚いたよ。
さっそく使った電話の向こう側から聞こえた根津の声は相変わらず明るく可愛らしいものだった。まあ第一声は、何も説明していないのにも関わらず大爆笑の笑い声だったのだが。
「これ、いわゆる個性≠ェかかわってるんですか」
『うーん、実はこっちでも調べているんだけれど、どうにも微妙なんだよねー』
「微妙」
『うん微妙。そういう個性を持ってる人が、君の周りにいたことがない。しかも君は最初からその姿形だったというから、時空間を渡ってしまったことに、年齢後退の原因がありそうだ』
「年齢後退…」
『まあ考えても埒が明かないから、とにかくゆっくり休みたまえよ。良い夜を』
ブツリと一方的に切られた電話に、キョーヤはぽかんとする他なかった。まさかまたかける訳にもいかず、しかし納得出来なくて携帯を睨み付けた。それも数秒で飽きたので、ソファーにほっぽり出すことになったのだが。
ふとガラスに映った自分の姿を見て、生気が抜けるように気が滅入った。若い。年頃は15歳前後の少年が映っている。──正確に言うと、15歳頃の自分が、映っている。明らかに若返っている。あまりいい事ではない。なんせ15歳といえば、身体がまだ発展途上段階だ。しかも脆い。当時はそんなこと思わなかったが、今思えば明らかに脆い体だった。その頃に逆戻りしたのかと思うと、正直ぞっとする。
この体は脆い。それを大前提とした行動でなければ帰ったときにどんなことになるか想像もつかない。そして当然のように筋肉も柔い。
カーテンを閉め切ると、頭の中でこれからの動きを整理した。下手をすると、もう一度身体作りをしなければならない。
「(早く、帰らないと)」
いつまでここにいることになるのか。帰ったときに身体は戻るのか、帰るまではどこまで根津の支援があるのか。それが分からない。
また、支援を受けるからにはそれなりの価値を根津に示す必要がある。左腕に視線を落とせば、注射痕が目に入る。キョーヤの強い回復力は身体能力──つまりはキョーヤに移植されているオラクル細胞──に強い興味を示した根津に血をサンプルとして提供した。キョーヤは人間以上の力を出せるし、尋常ではない回復力を持つ。それは神機を扱うために移植したオラクル細胞の恩恵だ。根津はこの回復力を医学転用したいらしい。
しばらくの間は、この身体さえあれば価値を示せるが、それだけでは足りない。考えたくはないが、長期的な滞在も考慮した方がいい。重たい課題が山積みだ。
ついたため息は思いのほか盛大で、長かった。ポリポリと頭をかいたキョーヤは1人つぶやいた。
「……めっちゃめんどくさ」
そういえば、極東で自分は今どのような扱いになっているのだろうか。
少なからず心配性な性格の人間が多いから、彼らの機敏が少々気がかりだった。