は、と荒れた息が聞こえる。息を荒らげているのは初めて見る。相澤はモニターを油断なく見つめる。
運動場を自習場として借り受けることはできるかと申し出があったのは転入初日の放課後のことであった。
このままでは筋力が低下するため、全力で体を使えるところがほしい。また、自分の身体がどこまで動けて、何が出来るのかが不明だということで、その実践をさせてほしいとのことだった。
一理あると運動場の使用を許可したのは転入2日目のこと。そこから3日間、彼は放課後に徹底して身体を動かし体力をギリギリまで使い果たしていた。
個性の把握として転入前に体力テストは行った。正直、個性持ちでなければありえない身体能力だった。ゴッドイーターとしては普通だし、授業との兼ね合いで運動場もあまり自由に使えなかったので、全力は出し切れていないとのことだった。
工業地帯をもした運動場で、キョーヤはその中をいかに短い時間で横断できるかを測っている。

この身体能力は『個性』の範疇に入る。常時発動型で、空中ジャンプしてしまう程度には恐ろしく高い身体能力がある。『強制解放剤』という薬剤を飲むことで身体能力をさらに上げることが可能だが、そちらは相澤の個性で抹消が可能だった。

『あー、やばい。…まじで…』

低く唸るような呟きが聞こえる。焦りを含んだ声に、相澤はモニターに目を向けた。
映像に映るキョーヤは両手を膝について、僅かに項垂れている。疲れているというわけではないはずだ。
年齢の後退、それに合わせて体力・筋力は低下しているようだし、戦線から遠のいたことで戦闘における勘も鈍っているだろう。この数ヶ月もの間はほとんど最低限の体力作りしかしていない。ヒーロー科の学生として見れば充分なことだが、実際の彼は実戦投入されている兵士だ。そのための専修科目は修めていることはこの数日間の実績から明らかだった。戦闘は当然ながら、その戦術、人命救助に必要なことは広く修めていることが窺える。
話を聞いてみれば、理学諸分野とバイオセキュリティに関しては徹底して叩き込まれているようだ、想像以上に博識だった。
しかも、多言語での意思疎通ができるときた。言語や文字はこちらとあちらで変わらないようで、日本語を母国語としつつもドイツ語と英語はネイティブレベルであった。…普通の高一は疎か、プロより遥かに専門性が高い。

「(……いや)」

だが対人戦闘は頗る苦手だったな、と今日の体育の授業を思い出す。爆豪との組手であっさりと負けていた。彼の戦闘映像を見たことがあるが、怪物を殴るだけの戦闘と、人間相手に相手を傷付けず捕獲する戦闘では訳が違うということだろう。

『相澤センセー、聞こえてますかー』

モニター越しに生意気な声がする。クラスにいる時はもう少し大人しい性格を演出しているが、実際のところはこうも高飛車だ。

『今日はもう止めようと思うんですけど、どーですかね』

返事を待たずに言われた要件に、ため息を吐きながら通信ボタンを押した。

「そのまま外へ出ろ」
『りょーかいです』

返事を聞いて相澤もモニターを消した。
出入口まで出るとキョーヤが既に待っていた。

「今日は早いな」
「偏食因子が思いのほか減ってたんで。そういやしばらく投与してないから、そろそろ補充しないと。あんまり動くと消化早いし」
「ああ…」

はたと彼の現状を思い出した。問題の異界へ繋がっているという、個性のゲートは未だ島の中で監視状態だった。こちらとあちら、双方から研究が進められ、ゲートが繋がってから数日以内に少量で小さな物資のやり取りが出来るようになっていた。これに関しては向こう側が精力を尽くした結果だった。
その理由が、彼の言った『偏食因子』の必要性にある。これを定期的に投与しなければ、彼は体内に植え付けられた『オラクル細胞』に捕喰されるのだという。それ故に偏食因子を定期的に摂取する必要があるらしい。
捕喰されると当然宿主たるキョーヤは死ぬ。だがもっと厄介なのが、その結果件の黒獣のような怪物になり果てるというから、あちらの研究員たちは不眠不休でゲートの解析に当たったらしい。かなり厄介な怪物になるらしく、トップ戦力にそんなことになられては堪らないと必死だったようだ。

「身体を動かすと消費が早いのか」
「うーん、ちょっと違うんですけど、そうですね。まあ神機…自分の武器と接続してないから消費量は知れてるんですけど、しばらく投与してないからか結構減ってたんで」
「神機って、あのでかい剣か」
「あれ?相澤先生見たことありましたっけ?」
「映像があるんでな。目は通してる」
「え、そうなんだ」

驚いた様子のキョーヤに、映像のことは知らされていなかったのか、と内心でひとりごちる。
言うなとは言われていないのでばれても問題のない範囲なのだろうが、ある程度渡す情報は選別されているのだろう。

「さすがに腹へったなー。先生、ビンボーな学生にラーメン奢ってやりたい気分だったりしません?」
「しませんのでとっととお帰りやがれ」

ケッチだな、とキョーヤがくちびるをとがらせた。