「というわけで、総評の時間だよ!今日の反省点!良いところ悪いところきっちり話していこう!」
しーんとした。
「……完璧だった」
「役割分担も問題なかったしね」
「超スムーズだった」
ボソボソと聞こえてくるのは良いところばかりだ。なるほど、とオールマイトは笑みを深くした。
「では何故、こうも都合よくことが運んだのか分かるかい?」
飯田が真っ直ぐに手を挙げた。
「キョーヤの動きが見事だったと俺は思います」
「ほう、息吹少年が」
「まず、ルートの確保と把握が完璧でした。5分間のミーティングでしたが、その間に彼は地形をほぼ暗記していました。その上で安全避難ルートを確保してくれていたので、非常に効率的に要救助者を避難させることが出来ました。俺がそのあと合流する時の動き方の指示まで出たくらいです。合流もスムーズで苦労はありませんでした。とても動きやすかったです」
「そうだね、つまり息吹少年の情報のまとめ方がとても良かったんだろうね。現場では耳郎少女が要救助者を発見してくれる。だからある程度場所を絞れば、あとは現場で君たちが的確に動いてくれる。君たちはある程度この訓練にも慣れてきていたから、全く問題なく動けたね。要救助者が2チームあるとわかった時も、頭の中にマップデータがあったから直ぐに動けた。いやあ、地の利ってすごく大事だね!」
「息吹さんは、作戦の前に綿密に計画を練るのが得意なんですね」
八百万がニコニコとそう言う。目を向けられたキョーヤはばつが悪そうに顔を顰めた。
「別に、そういうわけじゃないけど」
「事前のプランニングが秀逸だったのは確かさ!避難ルートを確保するって、地味で面倒だけれどそれを確実に行ってもらうだけでこんなにスムーズにことが運ぶ!今後の参考にしてね!さて、もうすぐチャイムが鳴るから今日はここまで!今日のレポートは明日また出してね!それじゃあ解散っ!」
言いたいことだけを言ってシュッとオールマイトが残像を残して消えた。
事前のプランニング…。キョーヤはどうプランを立てたのだろうか。そう思ってキョーヤを見れば、彼は小さく首をかしげていた。
「レポート?」
そうだった、と緑谷はキョーヤの前に立った。
「ヒーロー基礎学は、実習のあとはその結果や反省点をレポートにして提出するんだ。専用の紙に、1枚に纏める。明日のSHRで提出だよ」
「ふぅん…。ねぇ、あとで書き方とか教えてくれる?」
「も、もちろん…!」
い、意外とフレンドリーだ…!と緑谷が感動しているうちに、ぞろぞろと運動場を出ていく生徒に続き、キョーヤが踵を返した。
「あ、あの!息吹くん!」
「……それ、最初に言えばよかったな…」
「え?」
「ファミリーネーム、呼ばれ慣れてなくて。反応できないことが多いから、キョーヤって呼んでほしい。くんやさんも要らない」
「えっ…」
ふと思い出したのは、今朝のことだ。「息吹くん」と呼びかけた時に無視されたあの時。もしや、自分が呼ばれているとは思わなかったのかもしれない。
すっかり忘れていたが、そういえば授業中にそんな会話をしていた。海外にいた、というような会話も。
「それで、なんの用?」
フレンドリーさを感じさせたとはいえ、最初と同じくキョーヤは始終表情がどこか無愛想だ。普通に話しかけていていいものか、とどこか動揺しつつ、名前を呼んだ本題を切り出した。
「あ、ああ、うん…!今日の動きね、本当に凄いと思うんだ!」
「は?え、と…そう?」
え、引かれた…なんで…。
緑谷は僅かにしょぼくれた。ことをスムーズに運ぶって、結構難しいことだと緑谷は思う。
「言ってしまえば、避難経路を確保しただけだけれど、今回のγ運動場って入り組んでるだろ?安全経路を見出すだけでも難しいと思ったんだけど、どうしてあのルートを選択したの?ちょっと迂回道になるよね、その代わり倒壊とか煙害はほぼなかったんだけども」
「あー、それ、俺も気になってた!火も煙も綺麗に避けて避難できたけど、どうやってあんなルート見つけ出したんだよ?」
後ろから切島が割って入ってキョーヤの顔を覗き込んだ。突然だったからか、キョーヤは僅かに驚いて後ずさった。
「そこ3人、後ろがつっかえてるぞ」
後ろにいた轟が退けと言わんばかりに眼光を鋭くした。
「あ、ごめんね…!」
慌てて緑谷がそこを退けたので、合わせてキョーヤも更衣室に足を向けた。あ、これ逃げられるやつでは!?そう慌てたが、意外と彼は四面楚歌だった。
「で、実際どうなんだ?」
轟がキョーヤの隣を陣取って歩きながら聞いた。轟も気になっていたらしい。
「え?」
「今回の脱出経路の選択方法」
お前もか、とキョーヤが小さくぼやいたのが聞こえた。
しかし、ここに居るのは知識をとにかく詰め込みたい学生ばかりだ。逃がしはしない。
諦めたようにキョーヤが視線を宙に投げた。
「渡された図面が設備図だった」
「設備図?」
演習の開始直前に渡される地図のことだろう。しかし、設備図とは。
「授業用だからかだいぶ省略されてたけれどもね。設備図ってのは、普通の見取図と違って配線や配管がどこをどう通ってるのかが書いてあるんだよ。どこを壊せば火事になるか、ならないかが分かる。ガスは燃えるし、水は燃えないだろ?」
「それをあの5分で覚えたのか…」
「ざっくりだけね」
当たり前のことを当たり前のように言う。ガスは燃える、水は燃えない。それを設備図から読み取ってルートを選択する。
しかし、それを5分で覚えきれるものなのだろうか。ザックリとは言うが、そう容易いことでは無いはずだ。
はっとした声が聞こえた。切島だった。
「だからどこから入れば目的地まで安全に行けるのか読み解けたのか!」
「そういうこと。建築学とかでやらされなかった?」
「ひ、ヒーロー科で建築学とかはさせられねーな…」
「あ、そうなんだ。まあでもこれ、基礎学だし、そのうちやらされるんじゃない?」
つまり、彼は基礎知識として建築学を以前から履修していることになる。以前の学校のヒーロー科ではそんなことを教えられているのか、と緑谷は頭の中のメモに書き記した。あとでノートにする心積りであった。
「飯田くんとの会話を聞いたんだけれど、キョーヤって海外のヒーロー科にいたの?」
「ああ、うん、学科名は違うけど中身は一緒だね。やることはヒーロー科そのもの」
緑谷はへぇーと興味深そうに笑みを浮かべた。
「今度向こうとの違いとか教えてくれないかな」
「そんな違いないけどなぁ」
「ええ、そうなの?でも面白そうだなぁ」
「違いがあれば言うよ。次の授業があるし、早く行こう」
打ち切るようにキョーヤが話を区切って足を早めた。たしかに、次の授業まで時刻が迫っていた。
途中で途切れさせられた話にあまり深入りしない方がいいのかな、と思いつつも、また話したいなぁと緑谷はキョーヤの背中を見つめた。
大丈夫、まだ1年もはじまったばかりだ。