──死んじゃったら、終わりなんだよ!もう誰とも会えないの!笑い合えないの!
別に、守るとか、誰かのためとか、そういうのじゃない。
「──考えたこと、ない」
するりと口からそう出たのだから、割と本心なのだろう、と我ながら思う。脳裏に誰かの影が過ったが当然のように見ないふりをした。
「ええ?榊くんからきいた君の討伐実績、すんごいけど。ちょっとワーカーホリック気味な気はするけどさ」
「別に、興味ないし」
「それで辺鄙なところに残って今も討伐中?それで今ここにいるんでしょ、すごいよね!」
「…馬鹿にしてます?」
「褒めてるんだよ!」
「本当に?」
「本当さ!でもほら、大好きな仲間とか、大切な子の一人や二人脳裏に過るでしょ?」
「過ってないし」
ぴしゃりと言い放つと、ネズミはええ〜と耳を垂れさがらせた。
「本当にー?君の同行任務の死亡率がすごく低いってのも聞いてたからさ、きっとそういう動き方にも詳しいのかなって」
「戦術論の話ですか?」
「それもあるけど。信念みたいなのあるんじゃないかなって思ってる」
特にないな。
割と本気で考えてみたのだが、本当に思い浮かばない。だが、信念という程ではないが、思うことならある。
「死んだら、それまでだから」
「うん?」
ぽつりと話してみれば、ネズミは耳を立て、興味深そうに身を乗り出した。
「死んだら、俺はそれまでの人間だったってことです。だからこそ、死ねないんすよ。死んだらそれで俺の人生終わっちゃうから、あがかなきゃいけない」
それは義務だと思っている。
「俺、特に大事な人とか、そういうのないから、全部自分のため。…背中預ける仲間はいるけど、そいつらはそいつらで勝手に身を守るし。助け合いはするけど、守りたいものとかは、ないんです。…でも、死んだらそれも終わりだって」
アイツ≠ェ言うから。そう言いかけたのを、とっさに止めた。なんだか、その人物に執着しているみたいで気分がよくなかった。
「アラガミへの知識・戦術論・経験則…どれも手段です。俺が戦場で生きて、確実に帰るための。死ぬのは嫌だし。それだけは念頭に置いてますね」
「へええ…それで強くなっちゃったんだからすごいよねえ。同行者の生存責任もしっかり果たしているんだから、やっぱり君は優秀だ」
秘訣はあるのかい、とまだ突っ込んでくるネズミに、思わず半目になったキョーヤだったが、素直に聞き入れた。知っている人がいない環境だから、返って話しやすいのかもしれない。
「…生きて帰っても、正直何もない。けどだからこそ、人を生かしやすいのはあります」
「へえ、どう生かすの?」
「俺が盾になればいい。いい盾になる自信はありますよ。盾は盾でも、死ぬ気は毛頭ないんですけど。そういう仕事だし」
「仕事だから助けるの?」
ふと利き腕に装着された腕輪が目に入った。これを付けた瞬間から、キョーヤはゴッドイーターとしてその生を捧げることとなった。だからこその恩恵も、責任もあった。それだけは自覚しているつもりだ。
「アラガミを殺せ、人を守れ。それが俺たちゴッドイーターの宿命であり、使命です」
次に目を向けたのは、小窓から見える外の景色だった。
明日を心配することすらなく、穏やかに送る日々が当たり前のような人々が目に映る。
「誰かを助けたいとか、人類のためとか、そういう英雄精神は正直ないです。ただの仕事です。死ねば終わりだから生きて帰るだけ。ただ…」
瞼の裏に映るのは、どれもこれもが明日の朝日を拝めるかを不安に思いながら夜を過ごす人々だった。
いつアラガミが襲ってくるか──襲ってきているか分からない。我が子の動脈はちゃんと動いているだろうか、隣で眠る家族の寝息はちゃんと聞こえるだろうか。逐一確認しては浅い眠りを繰り返す日々を送る人々だ。
だからこそ、自分がゴッドイーターとして戦う中で思うことが、ひとつある。
「…俺が戦うことで安心して眠れる夜が来るのなら、ちょっとは戦う意味もあるのかなって思うよ」
キョーヤの生まれた世界では、理論上アラガミを駆逐するのは不可能だと言われている。その上で人類は淘汰される側の生き物と成り果てた。殺せど殺せど溢れるアラガミに、では何のために己が戦うのかと疑問に思ってしまったその時に、己を立ち上がらせるための理由付けだった。
だから、一刻も早く帰らなくてはいけない。
「なるほど、分かった」
ネズミが長いすの上で立ち上がった。すっと姿勢を正して立ちすくんだネズミは、笑顔のままキョーヤにやわらかそうな肉球のついた手を伸ばした。
「君が帰れるまでの間、僕が君の後見人になろう」
「…は?」
後見人?この、ネズミが?
そうは思っても、そういえば後ろに控えている不潔な男が”重要人物”だと言っていたのを思い出す。
警察組織で、自分のような異質な存在に会う手続きを踏めるだけの、社会的地位と信頼を持っているのだ。
「この世界のことを知っておくれ。好きになっておくれ。君が無事あっちの世界に帰ったとき、ここでの経験が素晴らしいものになっていることを願うよ」
さあ、とぴょんぴょんと長いすの上で飛び跳ねるネズミは快活にそう言い切った。