02

そこはめったに使わないものや、そのうち捨てることが決まったものを置くガラクタ倉庫だ。窓もなく、船内でも端の方にあるので、怪しいやつを隔離するときにも使う。今、そんな倉庫のお世話になっているのが、『突然現れた女』として甲板をにわかに騒がせた女である。今は兵士二人が見張りについている状態である。

「あ、サボさん。お迎えですか?」
「ま、そんなところだな」

2人をドアの前からどかし、サボはドアに手をかけようとした。が、その直前で手を止める。そのまま視線をドアから見張り2人に向けた。すごくハラハラした目で見られている。

「…なんだ」
「いや…なんつーか…なあ?」
「あれだ、おれたち半日あの子を見てたわけですけどね?」
「なんつーか、一般人だなあ、と思うところを一つ見つけるたびになんか、愛着わいちゃって」

あははははー、とから笑いする二人に、サボは思わずため息を吐いた。

「…別に殺すわけじゃないんだからさ」
「え゛。それ、これからなんか…」
「あーもー。黙ってろよ…」

自分も乗り気じゃないんだ。辟易しながらサボは少々乱暴にドアを開ける。開けたドアから差し込む光が暗い室内に太くはっきりとした道を描く。その先の光と暗闇がまじりあうところで、まるでまだまどろむようなまなざしの女が上半身だけを起き上がらせてサボを見ていた。

「ほんとに起きてやがったか…。おい、ここがどこかわかるか」

サボがここに来た理由は簡単だ。ドラゴンに女が起きてたら気絶させろという意味不明な指令を受けたからだ。
丸腰の女相手はさすがに気が引けるが、ドラゴンも理由なしにこんなこと言わないのは100も承知である。サボはせめてと女の意識がはっきりするまでに終わらせようと意識を集中する。事情を知らない兵士2人は、今にも女に攻撃しそうなサボの様子をハラハラとうかがうだけだ。
一方の女はというと、サボの問いかけには気付かない様子だ。眠気眼で右を見て、左を見て──

「…ぐぅ…」
「「寝たァーー!!!」」

兵士が叫んだので言う必要もあまり感じないが…まあ、寝た。ばったりと倒れてそのまま寝息を立てた。さすがのサボも驚いた。顔を引きつらせるサボに、兵士も顔を引きつらせるが、当の本人はすやすや眠りこけている。解せない。
女は海水をかぶせられたままだから、お世辞にも安眠できるような状態だとは到底思えない。なのに、こいつは寝てみせた。この神経の図太さはもはや感嘆に値する。

「サササササ、サボさん!!こいつも悪気があって寝てるんじゃないんだって!!」
「そうそう!革命軍だなんてレアな場所で、きっと疲れてるんです!ここは多めにみ」
「るっせェ!!!!」
『ブフゥ!?』

ぶおん、と勢いよく掃除用箒がぶっ飛んできた。女をかばおうとしたクルー二人とサボの顔面にクリーンヒットした。ちなみに女はそのまままた眠りについた。
サボは思わず浮かぶ青筋を隠さず女を見つめ、兵士2人は顔面の痛み──よりもサボの心境を思って顔をムンク顔にした。ま、まずい!と。

「…あーーー。サボー…サン?」
「……よ」
「へ?」

何かを言ったサボに視線を合わせた2人はわずかに後悔した。怒りのオーラがゆらりとサボから立ち上がっていた。

「どーせドラゴンさんから気絶させろと言われてんだよ」
「「ぎゃーー!!」」

仲間内なら笑いとばすところだが、赤の他人に言われて気持ちのいいことじゃない。最初に感じていた罪悪感など塵と化した。遠慮なく覇気をぶっぱなしてやった。
「え、いまのサボくん?」と遠く離れた甲板ではコアラがぼやいたことも追記しておく。

さて、そうしてまた気絶した女なわけだが、それについて得られたこともそれなりに大きい。今回はサボも気付いた。しかも、“前回”のように緩慢としたものじゃない。今回は一気にそれが来た。

「……凪か」

突然の船の変異にぎょっとする兵士の横で、サボが小さく呟いた。
間違いない。『凪』の原因はコイツだ!!
目覚めている時や、任意で眠っている時ではなく、気を失っている時にしか発揮しない、というところは少し気にかかるが、原因はこれではっきりした。
さて、実は気絶させた後、起きたら連れてこいとドラゴンに言われているサボ。とりあえず起こそうと大股で近寄り、女の頭を蹴っ飛ばした。

「おら、寝てねェでさっさとおきろ」
「「この人鬼だァーー!!」」

ゴンッと固いよような柔らかいような、頭が立てる独特の音が響いた。
思いっきり女の頭を蹴ったサボに、さすがの兵士も非難する。それを聞いたサボも、上げていた足を下した。…が、それもつかの間、また蹴った。「おい起きろ」と。思わず兵士がまた叫んだ。あんまりだ、と。

「いや、あんまり反応がないんでつい…」
「アンタその子を俺たち兵士と同じ扱い方すんなよ!!!」
「は?同じ扱いするわけねえだろ。別にこいつは仲間じゃないんだから」
「そういうことじゃあねえよ!!!!」

起こし方が兵士たちを起こすときとまったく同じである。明らかに一般人に対する起こし方じゃない。
哀れな女性だ、起こすならもうちょいやさしく起こしてくれ。
そんな兵士の思考に気付いたのか、サボはああ、と小さくぼやく。

「……まあ、この船に乗った地点でそんなご丁寧な起こし方は野暮だろ」
「どう野暮なのか詳しく教えてくれます?」

止められる気がしなくなってきた。ほぼほぼ諦め顔で一応問いかけた。
ちなみにサボは笑うだけで、継続して女を蹴り起こしたのだった。

「なんか、手錠かけられてるし体中痛いし寒いしサイアクだ…」

あんまりかわいそうだったらしい。兵士の一人が持ってきた大きなバスタオルにくるまり、女が呟いた。ずびずびと寝てる間は流していなかった鼻水も絶え間なく流れている。わずかに震える女の前を、サボは何でもないように歩く。女の文句は総無視する様子だ。ちなみに海はいつもの顔を取り戻しているので、一応航海は順調である。
女の顔がイラッとしたしたのを見た兵士は罪悪感にさいなまれはするが、それを表には出さずについにドラゴンの私室まで来た。まずはサボがひと声かけて入室し、そのあとを女、兵士と続く。女はさすがにいらいらした様子でうつむいている。

「──…でか!!」

静かな船室に、ふと顔を上げた女の一言目が妙に木霊した。