04

確信がある。私は今までの人生において、体を好き勝手に触られたり、いじられたりしたことはきっとない。少なくとも好んではいなかったはずだ。その証明として、今私はとても苛立っていた。チキンな性格が邪魔をしてそれを出すことはないが、私は確かに苛立っていた。

「あらやだ着やせするのね」
「ホント。そのうえきれいな形してるわー。あら、やわらかーい」
「…!?!?」
「ちょっと隠さないで、サイズが測れないじゃない。…うーん、もう少しバストがほしいところよね…合うブラジャーがないわ」
「ウエストは…ああ、こっちは問題ないわね。最低限の筋肉はあるみたいだし。それにしても、全身白いわね。うらやましい。内股の白さなんて異常よ異常。ほら」
「ひい…っ!?」
「動かないの!!ヒップも問題なし。うん、私たちの服で何とかいけそうね」
「とりあえずこのTシャツでしょ。ブラジャーはスポーツブラねえ。私のがあるわ」
「げ、そんなの持ってるの貴女…」
「あとこのショートパンツでいいんじゃな…ちょっと、いやそうな顔しないで」

ドラゴンさんの部屋を退室したわたしは晴れて手錠を外された。自由になった両手のなんと軽いことか。そのまま、足早にまず自分の持ち物を確認しにもといた部屋へ…行かずにその道中の看護室にいた。タオルにくるまってる私を見つけた看護師の1人がサボさんに私のことを聞いたのが始まりだ。不思議な人間だがとりあえず一般人で、記憶喪失だという。そのままだと風邪をひくというとで、半ば強制的に医務室に押し込まれた。その時にサボさんは室外に文字通りたたき出された。
来ていた服は容赦なくひん剥かれ、そのままバスルームにぽいっと入れられた。早く荷物を確認したい一心で瞬殺コースでシャワーを済ませて出ていけば「早すぎる」「ナースを舐めてんの」などと言ってバスルームに閉じ込められた。外から指示されるがままにバスタブに湯を張り、しっかりあったまること約5分強。やっとお風呂から上がれたと思えば今度は服選びが待っていた。
着る服がないということで、仕方なくバスタオルにくるまって看護師を呼べば、複数人に取り囲まれて唯一の砦を奪い去られた。もちろん全力で叫んで抵抗し非難したが聞く耳はまるでなかったし敵わなかった。多数の敵には勝てん。しかも両腕はゴムチューブで束ねられ頭の後ろで固定された。一瞬の事だった。何プレイだこれ。もちろん断末魔はあげたが助けなどなかった。
結果足腰触られ…胸を揉まれ。……いろいろ触られて色々確認された。明らかに服のサイズを確認するのには必要ないことも確認された。この船怖すぎる。
やっとの思いで着替え終わったころには完全に疲弊していた。

──ものすごく、疲れた。

ちなみにこの間サボさんは何をしていたのかは不明。待っているのか、いないのか。正直怖くて誰にも聞けなかった。


「寝てるところに海水かけられたうえ、そのまま放置なんて、ホントうちの男どもは女の子の扱いがわかってないわ」
「ホント。しかも、蹴り起こされたんだって?」
「うわー。ないわー。サボ総長ないわー」
「るっせェな!!用が済んだらさっさとその女返せ!!!!」

扉の向こう側からサボさんの怒声がした。サア、と血の気が引いた感覚がした。嘘だろ、待たされてたのかあのひと。

「さて、そろそろサボ総長に返しますか」
「ごめんねぇサボ〜」
「じゃあこの子返すわー。じゃあねー」

言って看護師たちは私を医務室から追い出した。最後に各々サボさんに向かって投げキッスやら何やらすると、なんの感慨もなくバタンと扉を閉めてしまった。

「…嵐…」

愕然と呟く私の横で、サボさんは諦めたようにため息をついただけだった。

「…まあ、しばらくはあいつらと暮らすことになるから頑張れ」
「!?」

嘘だろ。
そんな絶望的な気分になりながら、とぼとぼ歩いていれば、さすがのサボさんも同情の視線をくれた。まあ少しもうれしくないわけだが。
疲れながら倉庫につけば、サボさんが木箱の上に無造作に置かれていた革袋を投げてよこした。

「これがあんたが持ってたモンのすべてだ。危害はなさそうなんでかえすよ」
「…ありがとうございます」

礼を言って、少しドキドキしながら袋を開いた。中身は少なく、ポケットに何かしらが入っていただけなんだろうな、と察せられた。
中身はサボさんの言った通りコインと指輪とガラス板──情報端末──である。
見つけた!情報源!!そう確信はするが、先にほかの方を確認することにした。

まず核にしたコインはやはり硬貨だった。といっても100フォン硬貨が5枚。みそっかすである。全世界共通硬貨だ。これは正直なんの情報にもならない。
次に指輪を見る。見覚えはあったが、やはり記憶にはない。女物にしては少しごつく、質素で不愛想なつくりをしているが、左手の人差し指にすんなり入って落ち着いた。前々からここにはめていたようだったので、これからもつけておこうと思う。指輪そのものに何か手がかりはないかといろいろいじってみたのだが、なんだかあまり触りたくなかったのでやめておいた。本能的な部分がいじるのを嫌がった。ちなみに指輪にあるあるな裏側に文字だとか、そういうのは一切なかった。
そして最後にガラス板である。一目見て私が思ったのは、先の通り「これは端末である」ということだ。通信もできるにはできるが、その本質は持ち運び用情報格納機器。しかし、電源が足りないのかなんなのかは不明だが、どれだけいじろうが全くの無反応であった。電源すら入らない。これは困った。これを起動できれば、かなりの情報が手に入るのはほぼ間違いない。
躍起になってぽんぽんとガラス板をはじいてみたり、明りに透かして見たりと試行錯誤する私を、サボさんが物珍し気に眺めていた。

「それが動けば何かわかるのか」
「うーん、まあ間違いなく私のことはわかる…とおもう。うまく行けばなんで私がこの船に現れたのかとかもわかるかもしれない」
「…そのガラス板で、ねえ」
「…え、端末見たことないんですか?」

知らねえし見たこもない、と言うサボさんに、私は思わず根眉を寄せた。子供でもこれが何か知ってるような代物だが、これを知らないのはどういうことだろうか。思わず私まで不思議そうな顔になった。文化圏として端末を見たことがないのだろうか。しかし、そうなるとここは相当な秘境である。しかし、その割にはこの船は巨大だ。出歩いたのはこの埃っぽい倉庫とドラゴンさんの部屋だけだが、その道中でこの船の最低限の広さは理解した。この船は大きい。そんな大きな船を航行させている彼らの文化水準が端末を知らないほど低いとはあまり思えない。

「ここ、人多いんですよね?持ってる人いないの?」
「どこのモンだよそれ。言っとくが結構あちこちの島に行ってるが、見たことないぞ」
「えええええ…」

うそーん、と柄にもなく呟いた。んなあほな。
と、思って、あることに気付く。…『シマ』?『シマ』ってなんだ。
それに、と思わず立ち上がってあたりを見渡して、顔をひきつらせた。

「お…オール木造…?」
「船なんて大抵そうだろ。まあ鉄の部品も使ってはいるけど」
「あ…そう…」

木造?シマ?なんだか少し常識的なところで違和感を覚えた。普通、船といえば…なんだっけ…、鉄製?になるのかな?
頭の中に私が思い浮かべる『船』を想像した。そりゃあ、居住空間や部屋が木貼りで、温かみのある空間が作られているのはわかる。そうではなく、例えば──廊下とか。
慌てて倉庫の外を確認した。壁、床、天井にいたるすべてがやはり木造で、鉄がほとんど見当たらない。灯りはランプで、電池式ではなくリアルの火だ。

「ねえサボさん…」
「ん?」
「船って…」

そう、なんだか大きな齟齬が発生している気がしてならなかった。知らないことが多すぎる。わずかにわかる知っていることも、果たして通じるかどうかもわからなくなってきた。

「この船って…星間貨物船……じゃ、ない…感じですよね…」
「は?ドラゴンさんがちゃんと名乗ったし、ここは船だって………って、お前記憶喪失か」

ポリポリと頭をかいた頭を掻いたサボさんが面白そうに笑みを浮かべた。でもそれ、純粋な笑みじゃないですよね。

「ここは革命軍の船だ」
「……革命軍…?」

そういえば、ドラゴンさんは革命家と名乗っていた。

「海賊じゃぁないけどさ。政府からは追われる身だな。懸賞金もそれなりだぜ」

……カイゾクってなんだっけ。
…地球の生き物だった気がする。
…え?ちょ、ここ地球なの?

……え?ゾク?…賊?

えっ

ていうか、それって犯罪者集団じゃないの。
えっ

そこでフェードアウトした。