二日目_@

 ◇二日目
 
 人のまばらな昼間の電車内。魈さんの家の最寄駅から二駅のところにある私の家に、昨日魈さんが言ってくれた通りに着替えやスマホの充電器なんかを取りに帰っている。普段は電車であんまり座ってるイメージがない魈さんだけど、今日は人が少ないからか隣に座ってくれて少しだけ頬が緩んだ。特に会話はないけど、魈さんの隣に座っていると安心する。
 二人でどこを見つめるでもなくぼんやりと流れる窓の外を眺めていると、私の家の最寄駅に差し掛かったのがわかって車内のアナウンスを聞いてから立ち上がる。二駅ってすぐだけど歩くと意外と遠かったりする。ホームに流れる聴き慣れた音楽を背景に階段を登って、スマホをかざして改札を出る。電車内同様人の多くない駅を魈さんと歩きながら、お昼どうしますか? と声を掛けると「なんでもいい」といつも通りの返事がかえってきた。荷物はそんなに多くならないだろうから、帰り際でもいいかな。駅に入ってるお店で一緒に食べようかなあ。
 改札から寄り道でレストランが並ぶフロアを歩きながら、何がいいかな……と目星を付ける。あ、オムライスいいなあ、お店のふわふわ卵は家じゃ作れないからたまに無性に食べたくなる。デミグラスソースのやつ美味しそう。璃月に居た時では考えもしなかった料理に溢れていて、洋食というジャンルに出会った時はかなり驚いた。
「オムライスはどうですか? 帰りとかに!」
「分かった」
「ここ中華ないんですよね〜 魈さんは中華のがよかったりしますか?」
「お前が食いたいものでいい」
 璃月の料理がこの世界でいう中華料理かと言われると少しずれているかもしれないが、杏仁豆腐は中華料理屋さんによくあるし辛いものもたっぷり煮込んだ鍋なんかもあるからほぼ中華料理だと思っている。ちなみに魈さんは中華料理屋さんだと杏仁豆腐を頼むとレンゲで出てくるお店が好き、だと勝手に思っている。少し前にコンビニの商品であったレンゲがついてくる杏仁豆腐をかなり気に入って引くほど食べていたのをよく覚えているし、お店でレンゲで出てくると少しだけ嬉しそうだからだ。あとは、ウェンティと一緒に行く飲み屋さんもたまにレンゲで出してくれるところがあるんだよな……。何処のお店に行っても必ず私の前に出されるから、店員さんが行った後にこっそり入れ替えている。
 魈さんもああ言ってるし、今日のお昼は駅のオムライスで決まり! 駅の階段を降りて、家までの道のりを魈さんと一緒に歩く。
 広い歩道でもさりげなく車道側を歩いてくれる魈さんに胸が温かくなる。昨日あんなに止まれるか心配なほど勢いよくキスしてきたのに、私が音を上げるとそれ以上は深追いせずに潔く解放してくれた。一緒に寝てる時に抱きしめられた手がずっと熱くてちょっとドキドキしてたけど、しっかり我慢できるなんてさすがは魈さんだ。
 「魈さんはオムライス何食べますか?」と話を振りながら駅から少し歩いたところで、私の家が見えてきた。エントランスを入ってオートロックを開けてマンションの中に入る。エレベーターに乗ると魈さんが私の部屋の階数を押してくれた。考えているのか無視なのかオムライス事情を教えてくれない魈さんと黙ってエレベーターに揺られてすぐ、四階で降りて部屋の鍵を回す。
 
「どうぞ、その辺座っといてください! すぐ準備しますね」
 部屋に魈さんを上げて、ささっと手洗いをしてからクローゼットに直行する。明日からの下着と、服。どんなのがいいかなーと物色して、普段使っているものをざっと並べてある事に気が付いてしまう。
 ──魈さんと最終日を迎えるにふさわしい下着がない! 
 特段えっちな下着も持っていないし、普段使いしてるから胸がすっきりして見えるの優先のばかりで正直色気はない。ど、どうしようなんか並べると私の色気のなさにすごい恥ずかしくなってきた……! 魈さんもこいつ色気ないなって実は思ってないかな、いや思ってそう! 
 人並みには女の子だからレースやお花っぽい柄ではあるけど、なんか……盛れるやつじゃないし……。黒系の濃い色が好きでなんとなくそういう色ばかりだけど、魈さんの色の好みとか全然配慮してないし。まずい、このままでは五日目を最上で迎えることはできない。いくらお風呂入ったらノーブラ派でも魈さんの目には入るし、なんかもっと可愛いくてえっちなやつじゃないと……!
 だって最終日なのに下着が可愛くなくて萎えられたら私は確実に立ち直れない。幸いまだ二日目で時間はある、今からでも遅くない、魈さんの好みでえっちな下着を手に入れなければ!
 なんで今まで魈さんの好みの下着を探るとかえっちな下着を着るとかの発想がなかったんだろう。うううう……と並べた下着を前に顔を押さえてしゃがみこんでいると、思ったより時間が経っていたのか魈さんが様子を見にきて「どうした」といつも通りの声を掛けてくる。私が並べている下着が目に入ったのか頭上で控えめに息を詰める気配がしたが、これは色気のなさに引いている動きではないことを祈る。
「……悪い、向こうで待っている」
「いや!! まって、行かないでください!」
 見てはいけないものを見てしまったかのような魈さんの行動に軽く傷つく。やっぱり色気ないよね……! でもここで魈さんを逃がしていては一生色気とは程遠い女になってしまう、直感でそう思った私は魈さんが少し肩をビクつかせるほどの剣幕で魈さんを引き止めていた。咄嗟に掴んだ魈さんの片手を強く握りしめて、ふーっと深呼吸する。
「なんだ」
 クローゼットから引っ張り出した下着から目を逸らすように視線を彷徨わせている魈さんに、「あの」と切り出すとぱちりと瞬きをしてこちらを見てくれた。私の裸を見るときも目をしっかり合わせるときも恥ずかしがったりしないのに下着はダメなのか。やっぱりそれぐらいしょうも無い下着なんだ……。さっきした深呼吸の効果が一向に現れない、心がばたばたしている。
「あ、あの! 魈さんってどういう下着が好きですか……!」
 勢いで聞いたはいいが返事を待つのが怖い。沈黙を保つ魈さんの片手をさらに握りながら、目をギュッと瞑っていると、魈さんがため息を吐いて返答の予想がつかなくてぴくりと肩を揺らしてしまう。どきどきと緊張した心臓の音が身体中を支配する。
「お前が好きなものを着ければいいだろう」
「えっ」
「なんだその不満そうな顔は。……おい、目を逸らすな」
 まさかそんなことを言われるとは思ってもいなくて、驚いてぱちりと目を開けてしまった。その後にいやそれじゃ答えになってないしなんの解決にもならない……と我に返っていると魈さんが半目でこちらを見てくるので気まずくて目を逸らしたら怒られた。そうやって私が喜ぶような事いって……。
 魈さんは前からずっとこうだから、今更どうこう思ったりはしないがそれでもやっぱりもっと具体的な答えが欲しいときがある。むう、と頬を膨らませながら魈さんの方を向き直すとまた「はぁ」とため息をつかれた。魈さんはハッキリ言って女心がわかってないと思う。分かろうともしてないと思うけど。
 不貞腐れた私を見て返事が気に入らなかったのが分かったのか、握った片手を弱く握り返されながら「お前の好みではダメなのか」と穏やかに聞いてくる。ダメだから聞いたんだけどな。
「魈さんの好きそうなえっちな下着を買おうかなと思って……」
「……」
 本当のことを言うとぐっと黙ってしまった魈さん。目線をあげて顔色を伺うと、ぱちりとあった目がすっと逸らされた。あ、魈さんも目逸らした。そんな反応されると本当に色気がないんだなってすごくショックを受けてしまう。それとも私に言うのを迷うぐらい際どいのが好きなんだろうか。そうだとしたら逆に気になるし、本当なら身体を絞るところから始めないといけないかもしれない。前は下着なんて今ほどバリエーションがなかったから、こういう悩みもなかったなあ。ぼんやりと現実逃避をしていると、魈さんが軽く咳払いをしてからゆっくりと息を吸って話し始める。
「我の好みなど必要ない、……今のままで十分欲情できる」
「……え、っと?」
「……まだ何かあるのか」
「え、あ、いや……なんでもないです」
 なんだかとんでもないことを言われた気がするが、気のせいかな。気のせいかも。てっきり色気の無さに呆れられていると思っていたから返ってきた答えに拍子抜けして、身体の中からじんわりと力が抜けていく。「分かったら準備をしろ」と手を握って急かしてくる魈さんに上擦った声で返事をして、とりあえず残りの日数分の下着と適当にいつも着ている服を出した。
 魈さんも少し手伝ってくれたから、思っていたより早く準備できた。途中服を当てて「どっちがいいですか?」と聞くとしっかり「お前の好きな方でいい」と返ってきてやっぱり女心がわかってないなあと思った。そのくせ短めのパンツを履こうとしたときなんか眉間に皺を寄せてくるから中々難しい。
 
 衣類の他に充電器や諸々の基礎化粧品なんかを準備して、少しだけ膨らんだ鞄を持って玄関を出ると魈さんに鞄を奪われてしまった。いいんですか? と聞く前に私の家なのにちゃっちゃと魈さんに渡していた合鍵で玄関を閉められて、「行くぞ」と手を繋がれてエレベーターに乗り込んだ。

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