昔のはなし_@

「お待たせ〜、ごめんね遅れて」
「あっ! 全然大丈夫……!」
 向かいの席に座った友人は到着早々店員さんを呼んでお酒を注文する。仕事終わりの一杯だろう、疲れた〜と言いながら伸びをして辺りを見回すと、こちらを向き直して「それで?」と話を持ち掛けてきた。店員さんがガラス製の酒器に入ったお酒を静かに机に置いて下がる。
 前までは陶器の酒器のものを注文していたのに、いつの間にか少し高いものを注文している彼女に仕事で役職を貰ったと言っていたのをぼんやり思い出した。辛いお酒が好きな人はガラスや錫の酒器がよく冷えていいらしい。仕事でよく話す機会のある軽策荘の若心さんから聞いたことがある。
「明日だよね? ふふ……がんばれ〜」
「そうなんだけど、今だに何を渡せばいいのか分からなくて……」
 彼女が来る前に注文しておいた小鉢をつまみながら話す。明日、と聞いて覚悟はしていたがキュッとが引き締まる心地になって背筋を伸ばした。明日は、以前から密かに……というかもう本人にはバレていると思うが、想いを寄せている仙人の誕生日だ。
 出会いは私が仕事で軽策荘と璃月港を行き来しているときに魔物に襲われていたのを助けてくれたところから始まる。仙人はそれが仕事なのだろうが、こっちとしては小説の中の王子様のようでとてもときめいたしどさくさに紛れて魔物に奪われた野生の瑠璃百合を「これはお前のものか」と言って取り返してくれたところで全身が熱でも出たのかという程熱くなった。
 物珍しくて持ち帰ろうと思っただけの瑠璃百合がまさかあんな事になるなんて想像もしていなかった。
 あれから四年は経っているが、今でも昨日のことのように思い出しては胸がどきどきと高鳴って心臓が熱くなる。まあ、それ以降は一年ぐらいその仙人を目にすることができなくて諦め掛けたりもしたんだけど……。
「仙人って何をあげたら喜ぶものなの? 全く検討もつかない……」
「うーん……というかなんでプレゼント? 献上? するんだっけ」
「誕生日……って、教えてくれたの」
「仙人にも誕生日って概念あるんだ」
 意外と庶民的なんだね〜。と言いながら三杯目のお酒を猪口にそそぐ友人。確かに……本当に誕生日かどうかは、魈さんにしか分からないからうかつにお誕生日おめでとうございます、とか言わない方がいいかな。
 特別な日でもなんでもない、って言ってたけど仙人にとっての特別って……? 小鉢を突いていた箸を止めて、店員さんに温かいお茶を持ってきてもらう。
「まあでもそんな日に会う約束できてるんだからイケるでしょ」
「そっ……そうかな!?」
 すぐに机に出された温かいお茶に口をつける。三杯酔のお茶はあっさりしつつもしっかり味があって私の口にあっているから好きだ。いけるよ〜と呑気に笑っている友人はチ虎魚焼きを串から外してつまんでいる。空になったお皿には綺麗な串が三本並んでいる。
 彼とこうして親密に会ったりできるようになったのはここ二年ほどぐらいの出来事で、うっかり軽策荘の奥の竹林で道に迷っているところを助けられた時に強欲にも「また会いたいです」と口走ってしまってからだ。今思い返すと本当に偉そうな人間だなと思う、魈さんにもそう思われてたらどうしよう……嫌だな。
 人肌より少し熱いお茶が喉を通ってじんわりと身体が温まる。友人が店員さんを呼んでお酒とおつまみの追加注文をしたところで、やや流されていた本題を再び切り出す。
「それで、仙人って何をあげたら喜ぶと思う?」
「う〜ん……全然分かんない」
「だよね……」
 はぁ。がっくりと肩を下ろしているとお酒を持ってきた店員さんに「お下げしてもよろしいですか?」と空になった茶器に手を掛けながら言われる。おかわりお願いします、と言いながら差し出せば、にこりとした笑顔で承りましたと返事をされた。
 五杯目のお酒を猪口に注ぎながら、まあまあと友人が宥めてくる。自分でもわからないことを他人に聞いて、あまり期待しはしていなかったがそうハッキリ言われると愕然としてしまった。湯気の立っているお茶を持ってきてくれた店員さんに、霓裳花の砂糖漬けを注文して話を続ける友人と顔を合わせる。
「去年も一緒にお祝い? したんじゃなかったの?」
「その時は結局何も持って行けてなくて、半泣きで行ったら一緒に杏仁豆腐食べに連れていってくれた……」
「あ〜……」
 それまでどうにかなるでしょ、と笑っていた友人が気まずそうに頬をかく。今年も手ぶらで行くわけにはいかないと、事の重大さが伝わったようだ。待ち合わせは明日のお昼過ぎだから、朝一で動けばまだ間に合う。何か知恵を貸してほしいと総務司に務めて忙しい友人に時間を作ってもらったわけだ。うーん、と串から外したチ虎魚焼きを食べながら、友人が視線を上に彷徨わせる。
 付き合わせておいてなんだが、こういう時に一緒になって考えてくれるところが優しいと思う。霓裳花の砂糖漬けが机に置かれて、一口摘めばしなっとした食感に霓裳花の筋のある甘さが口に広がっておかわりした温かいお茶が進む。
「杏仁豆腐好きなんだっけ? 仙人様は」
「そう。前に作っていったら目の前で食べてくれた」
「惚気かあ〜」
 また作って行けば? と言いたそうな友人に、いつも持っていってるからなんか特別感がないかなと言うとなるほどねと返ってくる。猪口に何杯目か分からない酒を注いでいる友人が、「水晶蝦頼んでもいい? 一緒に食べよ」と提案してきて二つ返事で了承した。店員さんに愛想良く注文し終わった彼女に、去年と同じなの変わり映えしないかなと話を続ける。
 杏仁豆腐で好感度を上げるしかないと思っていた時期があったので、彼は杏仁豆腐では今更特別感を感じないのではと考えている。かと言って他に好物を知らないのが現状なので、何を贈れば喜ばれるのか全く想像もつかない……。
 普段会う時は望舒旅館で景色を見たり、たまに私がご飯を作っていくと軽策荘の山上で二人で食べたりしている。仙人はてっきり薬草を中心に食べていると思っていたので、初めて手料理を振る舞った時はかなり緊張したが意外と食べっぷりが良くて驚いたのを覚えている。
 後から望舒旅館の食堂でよくご飯を食べていることを知って、料理人のご飯に敵うわけないと一時餌付け……という贈り物を中断したこともあった。彼の方から「もう食い物は持ってこないのか」と言われて有頂天になった私は、無事にこのご飯献上作戦を再開したわけだが。
 二千年も生きてるらしいのに、杏仁豆腐を飲むように食べて頬を汚しているところなんか本当に可愛い。また見たいな。
 この前は身体が勝手に動いて仙人様の頬を拭ってしまって心臓が口から出かけたが、何も気にしていないような顔をされて許された。私って意識されてないのかな……と帰宅後に悩みまくって夜寝られなかった話もある。
「ここは無難に、花とかは?」
「花……! いいかもしれない」
 彼と過ごした長くはない時間の中になにかヒントがあるかもしれないと思って魈さんの思い出を夢想していると、友人が猪口をぐいっと飲み干して言ってくる。
 少しばかり顔が赤くなっている気がするが、机には空になった徳利が三本並んでいる。彼女の許領量はもう少し先だろうから、まだ大丈夫。

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