昔のはなし_A

 花、いいかも。思えば魈さんに花を贈ったことなんて無かったから、特別感は出るかもしれない。仙人だから日頃から山々の草木と触れ合ってはいると思うので、何か手を加えないとはいけないと思うけど。でもあんまりごちゃごちゃした花束なんかは魈さんっぽくないな。
「なんか……一輪とかでもいいかな。あんまり花束とか好きじゃなさそうだから」
「気持ちが篭ってればなんでもいいでしょ、なんの花にするの?」
「なんの花、うーん……」
 瑠璃百合? と友人がこちらを向いて首を傾げてくる。瑠璃百合は確かに出会いというか私が身分違いの恋をすることになったきっかけの大切な花だが、あんまり魈さんという感じはしない。そんなに飾ってないけど、ありのままが綺麗で澄んでるような花がいいな。
 手元の小鉢に入った砂糖まみれの霓裳花を見て、これでもないなと思う。私は水辺を歩くのが好きだから、馬尾がそよそよと風に揺れているのを見るのもいいけどそうでもなくて──あ、清心にしよう。白くて気高くて澄んでる感じがして、彼にピッタリだ。
「清心とかどうかな?」
「おっいいじゃん、仙人っぽい」
「質のいい清心が手に入るところ知らない? 一輪でいいんだけど……」
「あー……んー、万有商舗しか知らないな。あんまり詳しくないかも」
 私の仕事基本軍の雑務対応でさー、とつまらなそうに言う友人。それでも役職を貰っているのはすごいと思う。そっか、と相槌を打ちながら、どうやって仙人に渡しても恥ずかしくないような清心を手に入れるか考え始める。明日の待ち合わせはお昼過ぎに絶雲の間だから……。賭けにはなるけど、早めに絶雲に行って清心を取っておこうかな。
 今から一輪買っても明日彼に渡すころにはしなりそうだし、それだったら私が頑張って手に入れた採れたての清心をあげたほうがいい気がする。一応贈り物として機能するようになにか可愛い細布でも巻こう。家にあったかな……。ないかも。
 店員さんが「お待たせしました」と言いながら机に滑らせた蒸籠の蓋を開ける。むわっと出た煙の中から艶やかな水晶蝦が現れて、蒸し料理特有の優しくも食欲をそそる香りが鼻に抜けた。いただきます! といって早速口に放り込んだ友人は皮の中から出た汁で口内をはくはくさせて冷ましている。私も一つ貰おう。白く輝く皮を破かないようにそっと箸で挟んで、肉汁が溢れても大丈夫なようにれんげに乗せて齧り付く。
 じゅわりと蝦と具材の出汁が効いた肉汁が溢れ出て、半透明のつやりとしたスープがれんげに広がって思わず頬が緩む。火傷しないようにゆっくりと口に入れれば、口内に染み渡る優しい味とぷるりとした蝦が舌の上で跳ねる。美味しい。
「んまっ もう一皿頼んじゃおうかな」
「頼むなら私もう一口欲しいかも」
「頼も頼も、今日は宴ね」
 晩御飯の時間帯で、人の多い店内に走り回る店員さんを友人が手を上げて捕まえる。水晶蝦とお酒のおかわりを注文する友人に、よく飲むなと関心した。最近お互いに忙しくてあまり一緒に食事をしていなかったが、飲みっぷりは以前と少しも変わっていないようだ。
 店員さんが伝票の紙を増やして注文を書き込む。小刻みに注文して申し訳なさはあるけど、これがしたくて三杯酔を選んだところはある。さっさと残りの水晶蝦二つを平らげてしまった友人に再び贈り物のことを相談する。手元のお茶がすこし冷めてきて、後で店員さんが来た時におかわりしようと思った。
 がやがやと賑わう店内の喧騒が耳に心地いい。彼と会う時とは真逆の雰囲気だ。
「明日絶雲の間で待ち合わせてるから、道中で綺麗なものを採っていくことにする」
「絶雲で仙人と会うの? 連れて行かれないように気をつけなよ〜」
「あの人はそんな人じゃないから! 連れて行って欲しくてもね……」
 はは、とどうでも良さそうに笑う友人を軽く睨んでぐいとお茶を飲み干す。置いてあった箸を持ち直して霓裳花の砂糖漬けの最後の一口を食べ切ると、口内が一気に甘くなって熱いお茶が欲しくなった。店員さんは……忙しそうに厨房を行き来している。
 食べ終わった食器を重ねて机を片付けながら花に巻く帯を相談すると友人がう〜んと言って私を見てくる。若干目が据わっているが、突然頬杖をつきながらこっちを見るのはちょっとどうかと思う。彼女は元々礼儀とは遠いタイプの人間だということは理解しているけど、予想外の行動にちょっとドキマギしてしまった。なに? と聞くといやいやと笑いながら体勢を直す。
 重なったチ虎魚焼きの串をいじって遊びながら話をする友人に、これはもうすぐ出来上がるなと直感で分かった。店員さんが来たらお水も貰おう。
「清心なら派手なやつじゃなくてもいいんじゃない? 清心が負けるよ」
「確かに……」
 酔っているのに結構まともなことを言ってくる。じゃあどうしようかな、と呟くと「そこの君に朗報!」と串の先端をこちらに向けて笑ってくる。危ないな。なに? と話を促すと、その髪の毛を結ってるそれがいいじゃん、と当たり前のような顔で言われた。
 髪はそれほど長くはないが、食事や仕事をする時は邪魔になるので適当に結えるようにいつも手首に巻いている細めのリボンだ。これ? と下の方で結っていた髪を解いてリボンを見せる。それそれ〜! と友人が嬉しそうに笑った。
 店員さんがおかわりのお酒と水晶蝦を机に置いて、重ねていた食器を回収する。ついでにお茶とお水を頼んでおいた。頭を軽く下げて去っていく店員さんの背中を見送っていると、猪口にお酒を注ぎながら友人が口を開く。何杯も同じお酒を飲み続けていることに気付いてよっぽど好きなんだなと徳利に書いてある銘柄を確認する。今度今回のお礼に買っていこう。
 贈り物喜ばれたよ、と言えるといいのだが……どうなるかは帝君のみぞ知るといった感じだろうか。二回目の手ぶらは避けたいところである。
「そういうのはいつも身につけてるものが良くない?」
「え……でもそんな可愛い女の子みたいなこと出来ない……」
「可愛い女の子に今ならなくていつなるんだよ〜仙人様に可愛いってなってもらいたくて相談してるんでしょ」
「ぐっ……」
 酔いが回ってきていそうな友人が猪口を口につけながら得意げな顔で言ってくる。なんで酔っ払いにこんな正論を叩き込まれて……! 負けじと店員さんが持ってきてくれたお茶を湯飲みに注いで、ぐいっと勢いよく飲むと予想以上に熱くて喉がカッとなった。
 ごほごほ咽せる私を気にせず友人が続ける。
「知らないけど、仙人とか魔神とかってそういうの好きそうじゃん。残り香的な」
「残り香……? 恥ずかしいんだけど」
「三杯酔の匂いを仙人様に献上しておいでよ、今度一緒に行きませんかって」
「もしかしてさっきから適当に喋ってる?」
 魈さんを居酒屋に誘うなんてそんなのおこがましくて出来る訳がない。仙人が三杯酔に来てるとこ見たことないでしょ、と突っぱねるように声に出すと、「法律家の煙緋さんならたまにお客さんと来てるのを見るよ」と言い返されてぐうの音も出なくなった。璃月港で仕事をしている人に情報量で勝つのは無理か、とあまり港にこない自分が負けた気になる。
 法律家の仙人なんているのか、なんというかとても理論で武装してそうだなと失礼なことを考えてしまう。魈さんのお知り合いとかだったらどうしよう。ぐっと負けた気でいると「まあ煙緋さんは仙人じゃないけど」と後から言われて完全に後出しに負けてしまった。
「あ、〇〇の希望になるかもしれないから教えてあげるけど、彼女は仙人と人間の子だって聞いたよ」
「え……!? そんなことできるの!?」
 予想外なことが耳に入って思わず大きな声を出してしまう。隣の席で談笑していたおじさんにちらりと見られて慌てて口を塞いだ。友人がおもちゃを見つけたみたいにカラカラ笑ってくるのが少しばかり腹立たしいが、その話を詳しく教えて欲しい。
 どういうこと? と気持ちを落ち着けるためにお茶を一口飲み込んでから聞くと、「それ以上は知らない」とあっけらかんとした応えが返ってきて愕然とした。本当に仙人と人間の子どもなら仙人と結婚した人間がいるってことになる。そ、それは……。
 小説や講談の中だけの話だと思っていたことが、実際にあることかもしれない。璃月と仙人の歴史は長いし、過去にそういうことがあっても何もおかしくないとは思っていたけど……、期待しないようにしていたのに、今の一言であらゆることを妄想してしまって首元が少し熱くなった。落ち着くために再びお茶を飲む。冷ますのを忘れてまた喉を通る熱さに咽せた。

backnext