「わ、私の好きっていうのは……! こうして二人きりで出掛けたりとか、一緒にご飯を食べる以外にも、えっと……ぁ、あの! 毎日一緒に布団に入りたいとか、一緒にお風呂に入りたいとか、妖魔退治に出掛ける魈さんを見送りたいし、帰ってきた魈さんをい、癒してあげたり? とか! 最期まで魈さんと連れ添うことは難しいかもしれないけど、残りの寿命を一秒でも多く魈さんと居たいし、魈さんの帰ってくる場所になりたいっていう『好き』なんですけど……!!」
熱が籠って大きな声で捲し立ててしまった。なんてことを口走って、とは思いながらも魈さんの金色の瞳から目を逸らさずに言えた。逃げられるとは思っていないけど、なんとなく話している最中に握ってしまっていた魈さんの片袖をぎゅうっと握り込むと月を溶かしたような人間離れした瞳がほんの少しだけくらりと揺れた気がした。気まずそうに、どうしたらいいか分からないといった様子で視線を彷徨わせた魈さんはぼそりと呟く。
「だが、……我は仙人でお前は人間だろう」
「で、でも、私昨日聞きました! 仙人でも人間と結婚した例があるって! わたし、私、魈さんにならどこに連れていかれても、人間じゃなくなっても、友達や両親と会えなくなっても構いません……! それで魈さんと一緒に居れるなら、なんだってします!」
ぎゅぅ。力を入れすぎたのか魈さんの袖がほんの少し音を立てて、それでようやく自分がさっきよりも強い力で魈さんの袖を握っていることに気付いた。いつの間にかかなり前のめりになっていて、慌てて魈さんから距離を取ろうとしていると袖から離して宙に浮いていた手を魈さんに取られた。驚いて声を上げると「……嫌か」といつもより低い声で聞かれて、さっきまであんな失礼になりそうなことを捲し立ててしまっていたのに魈さんの行動が読めない。
嫌なわけはないので、ぶんぶんとまだ熱の残っている顔を横に振ると「そうか」と安堵したような声色に変わった。指の間にゆっくりと割り込んでくる魈さんの指に、ぞわぞわと背中に変な感覚が走る。いくら隣に並んだことがあっても、こうして手を繋がれるのは初めてで勝手に顔が熱くなる。どこを見ていいのか分からずにきょろきょろ視線を彷徨わせて、それでも何も言わない魈さんをちらりと盗み見たら目が合ってしまった。ぼ、と顔が一気に熱を持つ。
ゆるく絡んでいた魈さんの指にきゅっと力が入って、魈さんの手のひらと私の手がぴったりくっつく。恋人繋ぎだ……。手袋越しでも魈さんの指は私より太くて、男の人の手なんだって意識してしまってドキドキと心臓がうるさくなる。手を繋いでいるだけなのに恥ずかしくて魈さんの方が見れない。今絶対耳まで赤くなってる。異常に乾いた口を開けても大した声量が出なくて、さっきの大声はどこにいったんだと自分で思った。
「ぁ……えと……すっ、すみません……」
「何故謝る?」
「いや……えっと……」
「フン さっきまでの威勢はどうした?」
揶揄うように口にされて思わず俯く。魈さんにも言われてしまった……! それは私が一番よく思っている。勢いだけであんな、仙人に対して失礼なことを口走ってしまった。
でも、反省はしているけど後悔はしていない。だって全部本当のことだし、魈さんとその……け、結婚だってしたい。無意識で魈さんと繋いだ手に力が入ると、魈さんが密かに吐息で笑った気がした。顔の熱が全然引かないのが恥ずかしい。
「先程お前が我に説き伏せてきた話だが……」
「と、説き伏せるなんてそんな……!」
つい熱くなって大きな声が出てしまったが、魈さんに向かってそんなことをしたつもりは全くない。そんなつもりでは、と弁明しようとして顔を上げると、私があげた清心を見ているときと同じ顔で魈さんがこちらを見ていてびっくりして口が動かなくなってしまった。魈さんの背後で揺れる木々と流れる雲海を見ていると、不意にぎゅっと握られた手に力が入った。
釣られて魈さんの顔を見上げると視線がかち合って、満足したように息を吐いて魈さんが話を続ける。
「今すぐお前の想いに応えることは出来ない」
「……っはい、」
「だが……お前のことを、理解したいと思う」
「……!」
「それから……ッンン゛、お前の……か、悲しむ顔は見たくないと思っている、」
「は、はい……ありがとうございます……?」
「……必ず応えを出す。約束する」
「はい……!」
顔の熱さが喉や目頭まで来て、嬉しいのに勝手に声が上擦って目から涙が溢れる。魈さんと目を合わせたまま涙を流す私に魈さんはギョッとした様子で「……おい、泣くな」と言って手を繋いでいない方の指の背で涙を拭ってくれる。緑色の手袋が濡れて色濃くなったものが視界を覆う。私が贈った清心を握ったまま顔を拭われて、ときどき清心が揺れて頭や顔に当たるのがおもしろくて笑ってしまう。目を閉じる度に溢れる涙が頬を伝って、一向に治まらないのに笑っている私に魈さんが「何がおかしい。お前……」と呆れたように言うから余計面白くなった。すいません、嬉しくて……と鼻声で言うと、フンと鼻で笑われた。
魈さんの手袋の元の色が分からなくなった頃にやっと落ち着いて、まだ少し濡れている視界で魈さんを見上げれば繋いだ手を引き寄せられて魈さんの方に倒れ込むように引っ張られる。
うわっ!? と可愛くない声が出た私を魈さんがびくともせず受け止めてくれて、背中を落ち着かせるように摩られる。
不意にぴたりと密着したせいで、全く落ち着ける気配は無いが……。ドキドキ、ばくばくと脈打って落ち着かない心臓の音だけが聞こえる。頭上で魈さんが息を吸う気配がした。
「この清心も、お前の帯も……大切にする」
「っ……ぜ、ぜひ……」
魈さんとこんなに密着するのは初めてで、緊張して身体が硬くなるし声もうまく出せない。頬がぴったり魈さんの胸板にくっついて、どきどきしているのが聞こえてしまいそうだ。魈さんの心臓の音なのか私の心臓の音なのかよく分からない脈拍の音が体内に響いて、あれ……仙人って心臓あるんだっけ。この音がどこから聞こえているのかすらよく分からなくなってきた。
顔から火が出そうなほど熱くて、目が瞬きの仕方を忘れている。握った手を遊ぶようにぎゅっぎゅっと力加減を変えられて、そろそろ心臓が持たない。し、しぬ。離してほしくないけど離してほしくて、魈さん、と口を動かすがうまく声が出ているのかすら分からない。身体が壊れたみたいだ。
「……悪い」
「ぁ……え、いやっ、あっ、こちらこそ……?」
ぱっと身体が離されて、魈さんが小声で謝る。それでも握られた手はそのままで、壊れた身体が一向に治りそうにない。絶雲を流れる風が頬を撫でて、冷たい空気が熱を持った身体に染みて心地いい。しばらく無言の間が続いて、魈さんが渋々といった様子で口を開いた。清心に巻きつけた黄色のリボンが風に揺れている。
「…………今日はもういいな。送っていく」
「あっはい……あの、ありがとうございます……色々……」
「いい。我がそうしたかっただけだ、お前の礼には及ばん」
「はい……」
歩けるか、と言われて魈さんと繋いだ手をゆるく引っ張られる。来た道を手を繋いで戻っていることにとんでもなく心臓が落ち着かなくて、何か喋った方がいいのは分かるがうまく口が動かない。喋ろうとして息を吸ってはそれが出ていくだけになってしまう。魈さんも何も喋ってくれなくて、沈黙のはずなのに変にそれが心地よくて恥ずかしい。
さっきからずっと顔が熱い。登ってきたときと同じように、仙法を使わずにわざわざ隣を歩いてくれる魈さんにやっぱり好きだなと感じる。
繋いだ手にほんの少しだけ力を入れると、「どうした」と隣から優しい声色が降ってきて心臓がぎゅぅっと温かくなった。