今のはなし_@

 きっかけはウェンティに誘われたお酒の席だった。あれ、魈は? と既に何杯か呑んでいそうな顔で聞かれて、今週はインターンだからこないよと言って席についてしばらくしてからだ。
 ウェンティが誘っても人の集まりが悪い時はあるんだなと二人から埋まらない席に思いながらレモンサワーを煽っていると、ウェンティが零した言葉が妙に耳に残った。頼んだ軟骨の唐揚げをつまんでいたので、あんまりウェンティの話を真面目に聞いていなかったのにそこだけやけに入ってきたのだ。
「……えっ?」
「もう、やっぱりボクの話を聞いていないじゃないか〜 君といる時の魈は分かりやすく機嫌がいいよねって話をしてたんだよっ」
「そうじゃなくて、その前の……」
 少し赤くなっている気がする頬を膨らませるウェンティ。ぶーっと子どものように分かりやすく不貞腐れているが、片手には残り三割ほどになったジョッキを握って離さない。さっきまで日本酒を浴びるように飲んでいたと思っていたら、今度はビールらしい。テーブルには空になったジョッキや酒器が散乱している。
 魈さんと来るときはこんなに机の上が散らからないから、少し新鮮ではある。そうじゃなくて、と箸を置きながら言うと「だ〜か〜らー!」とウェンティが少し声を張る。
「君が居なくなった後の魈はすごい顔だったよ。この世の終わりみたいな感じでさ、」
「私が居なくなったあと……?」
「そうそう! あっでもしばらくしたら元に戻ってたけどね。何か置き土産でもしたのかい?」
 置き土産? そんなのしていない。わかんない、と首を横に振るとふーんと言って流された。何かおかわりでもする? と言って注文のタブレットを触り始めたウェンティが慣れた手つきでアルコールのタブを開く。私のレモンサワーはまだ半分あるんだけど……。いらないと返すと分かった! と元気よく返事をされる。相当酔っているのかもしれない。
 そもそもウェンティが前世のことを話してくるなんてことは初めてだ。魈さんへの態度や口ぶりから知り合いだったことは察していたが、そこまで深い付き合いだとは思っていなかった。
 私が死んだあとの魈さん──。
 置いていた箸を持ち直して軟骨の唐揚げを口に放り込む。自分が死んだときの記憶はあんまりなくて、糸が千切れるような感覚だったことしか覚えていない。その後なんてもちろん知るはずがない。「ちょっと興味があったんだけど、魈に聞くと怒られそうだからさ〜」とタブレットを元の位置に戻しながら口にするウェンティにうまく返事ができない。
「あの、私が死んだ後の魈さんってどんな感じだったかもっと教えてほしい」
「え〜? しょうがないなあ。んー……ボクもそんなに璃月に行っていたわけじゃないけど、笛を吹く回数は増えていたかな」
「笛……ってあの、この前聴かせてくれたやつ?」
「そうだよ。ボクの音色、どうだった?」
「すごく綺麗だった。心が落ち着く感じ」
「でしょ〜? へへ、大学で一番の演奏だからね。高くつくよ〜」
 にこーっととろけるように微笑んで、ジョッキに口をつけて空にするウェンティ。ウェンティに聴かせてもらった笛の音色は昔の私が魈さんにたまに聴かせてもらっていた音色と近かった。業障の痛みを和らげる音色だろう。それを吹く回数が増えていたとなると、つまり私が死んだ後も一人で魈さんは骨を蝕むほどの業障に苦しんでいたということになる。魈さん……。
 途中で人の道を外れた私では仙人の魈さんと最期を共にするのは難しいとは思っていたけど、こうもハッキリ連れ添えなかったことを突きつけられると胸が苦しくなる。一緒に居たいって言ったのは私なのに、結局魈さんを一人残してしまった。
 瞬きをすると視界が涙の幕で覆われて、手元にあった紙ナプキンでそっと目元を抑える。
 ぐちゃぐちゃになった感情が溢れ出しそうで自分でもうまく抑え込めない。
 残り少しになった軟骨の唐揚げをウェンティに食べていいよと言うと、少ししてから「魈に電話してみるかい?」と急に真面目な感じで返される。さっきまで酔ってたんじゃないの、と思いながら大丈夫と言って席を立つ。
「ごめん、先帰ってもいい?」
「うん、ボクはじいさんでも呼ぶよ。何か困ったことがあったら電話して」
「ありがとう。じゃあまた、」
 またね〜。とさっきまでと雰囲気が違う気がするウェンティに見送られながら店を出る。どこかに力を入れてないと勝手に涙が溢れそうで、思いっきり片手を握っていたら手のひらに爪の跡ができた。魈さんに会いたいけど、実はまだ昼過ぎなのだ。この時間はまだインターンしてるだろうし……。とりあえず家に帰って落ち着こう。
 なんて時間に呼び出されたんだろう、と今更になって頭の片隅で思った。吐いた息が少し熱くて、熱を冷ますように空気をゆっくりと吸い込む。私が死んだあとのことなんてどうしようもない事なのは分かってはいるけど、それでも苦しむ魈さんを一人残してしまったのが苦しくて悲しくて悔しい。胸が張り裂けそうになる。

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