さむっ。
突然意識が浮上して、肌が寒さに晒される感覚に瞼を開く。明け方が近いのか寝る前よりも部屋が少しだけ明るい。自分で布団を剥いだのかと思ったが、肩までしっかり被っている上に腕の中には魈さんがしっかりと居てきれいな旋毛が見える。体勢は寝る直前と全く変わっていないが、ずっとこのまま寝てたのかと思うとどうりで身体が少し凝っている。魈さんの頭を抱えたまま腕を伸ばすと自然に欠伸も出て、起きるにはまだ早いなと目を動かして辺りを見回す。魈さんの部屋だ。
もう一眠りするのに、意識が落ちるまで魈さんの頭を撫でる。魈さんこのまま寝てるのかな……すごいな、寝にくくないのかな。多分気を遣ってくれているんだろう、私の肩まで掛けられた布団では魈さんはすっぽり埋まって息がし辛そう。いつもなら嫌そうに身体を動かしたり、渋々といった感じで撫でられてくれるけど今は寝てるからかどれだけ撫でてもぴくりとも反応しない。ゆったりと上下する身体に息はしてることが分かって、魈さんもちゃんと寝れるんだと変な安心感を覚える。いつも私が寝た後に寝て私が起きる前に起きてるから、ちゃんと寝てるのかいつも不安だった。いい夢みれてるかなあ。人間になったんだから、次こそ穏やかな夢を見ていてほしい。
魈さんは寝ているが、一定のリズムで頭を撫でているとなんだか子どもを寝かしつけている親や保育園の先生のような気持ちになってきた。誰も聞いてないと思って、よしよーしなんて小さく声に出してみると本当にそれっぽい。魈さん寝てるの、かわいいなあ。これが寝る前にも出来たらよかったんだけどな。今なら文句も嫌そうな顔もされないから、今のうちに嫌がられそうな過剰な甘やかしをやって気持ちを晴らしておくか。よしよしと言いながら魈さんの後頭部を撫でて、逞しい背中に手を当ててぽんぽんと軽く叩く。魈さんちゃんと寝れてえらいねえ、と言いそうになってこれを口にすると自分の中の母性に変なスイッチが入りそうで寸前のところで止めた。相変わらず密着している魈さんの足の間に自分の足を滑り込ませて、足を絡めるとじんわりと体温が溶けて温かくなる。これだったら次は朝まで寝れそう。魈さんの首元をぽんぽんしながら寝ようと目を閉じると、直後に肩を押されて背中がマットレスのシーツにくっ付く。え、と目を開けても状況がうまく飲み込めていない私の上で、数時間前に見た金色がきらりと光った。その後ろで布団が崩れる音が遅れて聞こえる。
「しょ、魈さん……」
さっきまで背中と首元に回っていたはずの手首は布団に縫い付けられて、腰の辺りに乗られて身動きが取れない。起きてたんですか、と言いかけて開いた口は、夜が開ける前の冷たい空気に晒されて勝手に動いた。
「さむっ」
「……、悪い」
魈さんに組み敷かれたことでさっきまで寒さから身体を守ってくれていた布団が無くなって頼りない下着が外気に晒される。魈さんもいきなり離れたから人肌が無くなって寒くなる。口から反射で出た言葉に魈さんが少し遅れてから気付いて、覆い被さるようにくっついて布団を掛けてくれた。まだ温かさが残る布団と魈さんに再び触れて、じんわりと温まってくる身体にほんの少し目が覚めた。何も言わずに首筋に顔を埋める魈さんに、もしかして温めてくれたりするのかなと頭の片隅で考える。
「魈さん起きてたんですか……い、いつからとか……」
「…………」
もしかしたら私がよしよしとか言ってたので起こしてしまったかもしれない。ゆっくり寝て欲しかったのに悪いことをしてしまったかも、と思って質問するけど魈さんは何も答えずに首筋から顔を上げて私を見下ろしてくる。魈さんが身体を起こしているので布団との間に空洞ができてまだ若干寒い。手を掴まれているので身動きもできない。鼻水を垂らすわけにもいかないのでずる、と鼻を啜ると魈さんの顔が降ってきて音もなく唇を塞がれた。ほんのりと湿った柔らかい魈さんの唇が擦り合わせられて、隙間を埋めるように密着されて魈さんの体重が身体に掛かって加減してくれてるんだろうけど少し重い。寝起きで機嫌が悪いから口数が少ないのかなと思っていたのに、突然キスされて状況が掴めない。一旦どういうことか聞きたいのに、キスの合間に口から溢れるのはくぐもった声ばかりになってしまう。
「っん……ぅ、んん」
「……〇〇、」
「は、ん……っ♡!ん゛む、ぅ〜〜〜っ♡」
唇をぺろりと舐められて、そのまま口内に舌をねじ込まれるのと同時に下着の裾から魈さんの手が滑り込んできて腰骨をゆっくりとなぞられる。突然触られたことよりも、肌に触れた魈さんの手が予想外に熱くてどきりと心臓が跳ねた。思わず足を擦り合わせてしまって、目敏くそれに気がついた魈さんに腰を掴まれてどきどきした。片手はまだ布団に縫い付けられていて、ろくな抵抗も出来ない。じゅるりと舌を吸われて思わず身を捩ると、どろりと口内に魈さんのとろみのある唾液を送られて口の中がいっぱいになる。飲み込みたいのに魈さんが舌を絡めるのをやめてくれなくて、口の奥に溜まっていく唾液に溺れそうになる。くぐもった声で数回唸ると、口の中の状態を察してくれたのか魈さんが舌を離してくれたので、溜まった唾液を飲み込めば静かな部屋にごきゅっ♡と喉がなる音が響いて恥ずかしくなった。掴まれた手首が開放されて、飲み込めたのを褒めるように指の間に魈さんの指が入り込んでくる。ゆっくりと指が入ってくる感覚に背筋がぞわぞわして、手が繋がれると腰から下腹部を撫でていた手が胸まで上がってくる。キスだけでスイッチが入り掛けて主張しているそこを指で撫でられて、ひぅ♡と甲高い声がでた。
魈さんが口元から顔を上げると、太い銀の糸が繋がっていて暗い室内なのにやけに目立つ。いつもならぶつりと切れるのを黙って見ているだけなのに、何故か今日はべろりと舌でそれを迎えにいって喉を動かされた。魈さんにそんな気はないかもしれないが、なんだか見せつけられているみたいでじわじわと顔に熱が集まる感覚がする。恥ずかしくて目を逸らした私に魈さんが息を吐いて、胸をやんわり触っていた手を下ろす。今度はお臍の窪みの辺りをなぞられて少しくすぐったい。
「〇〇」
「……な、なんですか……こんな時間からしませんからねっ」
今が何時なのか正確には分からないが、夜明け前からしたら午前中、最悪昼過ぎまで続いてその後ベッドから出れなくて一日が終わる。それでは魈さんを甘やかすことなんて出来ないし、できればご飯とか作ってあげたいので丸一日ベッドの上で過ごすのはどうにか避けたい。ま、まあここで魈さんの雰囲気に流されてあげるのもある種の「甘やかし」と言われればそうかもしれないけど……。できればそこには突っ込まれたくない。
だめですよ、と言いながら魈さんと繋いでない方の手を胸の前にする。魈さんは一連の動作を見た後「フン」といつもと同じように鼻を鳴らした。な、なんかわざと見逃されている気がするのは私だけだろうか。気のせいであってほしい。そりゃあキスされたぐらいで乳首立っちゃったけど、私だって本気で拒むことぐらい……できる、はず。魈さんの表情や仕草なんか見えなければこんな風に見逃されている気がしなかったのに、すっかり暗闇に慣れてしまった目はぼんやりと光る金色の目をしっかり捉えてしまう。黙って見つめあっていると魈さんの圧で負けてしまいそうなので、慌てて目を逸らした。それなのにまた名前を呼ばれて魈さんと目を合わせてしまう。そのまま無言で見下ろされて、ただ時間だけが過ぎていく。
「あの……魈さん……?」
「…………」
魈さんと無言で見つめあって暫く経った。何も話されないのはどうすればいいのか分からず気不味くて、目を逸らそうと何度か試みたが繋いだ手にぎゅっと力を入れられてなんとなく雰囲気で逸らせずにいた。我慢の限界で魈さんの名前を呼んでみるも、ゆっくりと瞬きをされるだけで返事は何も返ってこない。
「えと……も、もしかして寂しかった、ですか」
魈さんが何も答えてくれないので、好きな人と長時間見つめ合いたいときの気持ちを考えてみる。甘えたいとか……かと思って寂しかった路線を攻めてみると魈さんが小さく反応した気がした。それでも表情は変わらないので、気のせいというか予想……だけど。今思えば確かに、魈さんの疲れを癒すことを優先しすぎて久しぶりにこうやってお泊まりしてるのに夜とかゆっくりしてなかったな、と思う。それに、長い間魈さんはひとりだったから、寂しくない訳が無い。そう考えるとなんだか自分がどれだけ独りよがりなのか思い知ってしまう。もっと魈さんの立場に立って考えた方がよかった。でもゆっくり寝てほしいのは今も昔もそうで、疲れが溜まっていそうな時なんて尚更だ。今度はゆっくり一緒に寝付けるようにしようと思って、魈さんに声を掛けようとしたら横に寝転ばれていきなり身体を引き寄せられた。魈さんの腕の中に閉じ込められた上で布団をしっかりと掛けられて、さっき寒いって言ったのをまだ気にしてくれる魈さんに胸が温かくなる。
「寂しかったですよね、ごめんなさい……」
「お前こそ……、いや、なんでもない」
さっきまであんなに合わせていた目をふいっと逸らされる。魈さんが何を言いかけたのか分からなくて、じっと目を逸らした魈さんを見つめていると気不味そうに喉を鳴らされた。私は先に死んだし、魈さんが看取ってくれたと思ってるから寂しいことは何もないから心配するようなことじゃないと思うけど……。魈さん?と名前を呼ぶと「もう寝ろ」と言って背中を押されて魈さんの逞しい胸板に顔を押し込まれる。これじゃあさっきと逆転してしまっている。私がこれやるので!と細やかに抵抗していると黙って背中をぽんぽんと優しく叩かれて、遅れて私が魈さんにしていたのがばっちり記憶されていることに気付かされた。やっぱり起きてた……!
「眠りに付くのが怖くないのか」
「……え?だいじょうぶ、ですけど……」
「そうか。ならいい」
背中を叩いていた手が頭に上ってきて、控えめに後頭部を撫でられる。魈さんは寝るのが怖いんだろうか?業障の影響とかだろうか。魈さんは怖いんですか?と聞きながら魈さんの背中をあやすように撫でていると、「もう寝ろ」と言われてズレてないのに布団を掛け直された。この話題はあんまり深く話したくないのかな。
暫くお互いの背中を布団の中で撫であっていると、布団の中が温かくなってきてじんわりと眠くなってくる。魈さんの手はまだ動いているから起きているはず、早くゆっくり寝てほしい。魈さんにぎゅっと抱きつきながら「明日、ごはん作りますね」と寝る前に言うと短く「あぁ」と返ってくる。返事がすぐ返ってきたことと、微かに聞こえる魈さんの心臓が動く音にひどく安心してゆっくりと瞼を下ろした。魈さんがゆっくり寝れて、幸せな夢が──……同じ夢が見れますように。