「しょ、魈さん、今日はダメです……早く寝ましょうっ」
このまま読み合いを続けていてもどうせ勝てない。正直に負けを認めて、でもちょっとだけ悔しいから魈さんの身体にぎゅぅと抱きついて肩に口をつけて喋った。ぴたりと動きを止めた魈さんが少ししてから「……分かった」と返事をしてくれて、これでなんとかこのじんわりと熱い雰囲気から解放されると思って魈さんから身体を離そうとした瞬間膝から抱えられた。自分の意思とは別に大きく動く視界に今日何回目かの情けない声が出る。疲れている人に抱えてもらうなんて出来ないと抵抗すると、「暴れるな」と下から言われて脱衣所から連れて出られる。まだ拭ききれていない雫が床に垂れるのが魈さんの肩から見えて、疲れてる時はちゃんと髪を乾かさないと魈さんが風邪を引いてしまう……!
今すぐにでもベッドに押し込んできそうな魈さんに、髪私が乾かしますから……!と伝えるといつも通り「フン」と流されてしまう。魈さん疲れてるんですからね!と反抗を続けていると、あっという間にベッドに辿り着いて予想通り投げられてしまった。尻もちをついたスプリングがぎしりと音を立てるのを聞かずに、魈さんが後を追って乗り上げてくる。こっこわい何この迫力……!今日はだめって言っただけなのに!
「さっさと寝るんだろう」
「でっでも頭は乾かせてもらいますから!負けませんからねっ」
「……お前とは違って我は風邪など引かん」
「いやいやっ、魈さんもう私とおんなじ人間なんですから、疲れてるときはちゃんとあったかくして寝ないと……!」
「別に疲れてなどいない」
「いいから髪の毛乾かしますよ!!」
押し問答が続くと魈さんの迫力にやられそうなので、話を聞かずにベッドの脇に投げられたドライヤーを拾ってスイッチを入れる。温風と共に出てきた轟音の最中に大きなため息が聞こえたような気がするが、気にせず魈さんに近寄ると不服そうにしながらも背後を譲ってくれた。芯のある髪の毛に指を滑らせながら満遍なくドライヤーの温風を当てる。風になびく魈さんの艶のある髪の毛が綺麗で、羨ましいと思った。まだ濡れている自分の髪と無意識に見比べる。魈さんは以前からドライヤーの大きすぎる音が苦手なようで、よく眉間にシワを寄せながらしていたが今もそうなんだろうか。
ぼんやりと魈さんのことを考えながら魈さんの髪を乾かしていると、突然ドライヤーを持っている手を掴まれて驚く。無理矢理電源を落とされて、まだもう少し残っているのに「もういい」と言われた。文句を言う前に「お前の方が風邪を引くだろう」と腕を引かれて魈さんの膝の上に座らされる。自分でできます!と口にしたが、何も聞かずにスイッチを入れられたせいでドライヤーの音にかき消された。私は一人で出来るので魈さんは一秒でも早く布団に入って欲しいのだが、不服を申し立てようと振り返りかけた頭をとんでもなく強い力で掴まれて正面に向けられあっけなく敗北する。抵抗している私を押さえつける力はあんなに強かったのに、髪に触れる魈さんの手つきは壊れものに触るように優しい。ギャップにおかしくなりそうで、なんだかんだ大事にされているのを手つきから感じてしまって一人で恥ずかしくなる。
魈さんの膝の上で大人しくしていると、かなりしっかり乾かされていたのが終わったのかドライヤーが止まる。お礼を言おうと口を開くと、後ろから捕まえるように抱きしめられてそのままベッドに倒れ込む。セミダブルのベッドがばふりと音を立てた。
「わっ!……な、なんですかいきなり」
「寝るぞ」
「え、ちょ、ちょっと待って、あの」
早く寝ましょうと言ったのは私だが、こんなに急な感じになるとは思ってもいなかった。魈さんの腕が離されたのを見計らって魈さんの方に向き直ると、間髪入れずに掛け布団が肩に掛けられて電気を切られた。暗闇に目が慣れなくて視線を彷徨わせていると、ぼんやりと光る魈さんの金色の目と不意に目があって息を呑んだ。おなじ人間になったはずなのに、こういうところは人間離れしたままでたまに理由はわからないがどきりとする。私はまだ目が慣れていないのに、魈さんにはくっきり見えているのか無言で頬を撫でられて突然触れられたことにまた情けない声が出た。さっきの、首筋を撫でられているときと同じような手つきに身体が勝手にドキドキしてくる。ベッドでああやって勝負を挑まれると絶対勝てないし、ダメって言っても流されたらしちゃうと思う。
「今日は私が魈さんをぎゅってして寝ます。……はい、」
魈さんが触れてくるわりに何も言わないので、まだよく見えていないが布団の中で腕を広げると暫くしてから胸の間にぽすりと埋まる魈さんの頭であろう物体。耳を塞がないようにやんわりと抱きしめると胸の位置に魈さんの吐息を感じてちゃんと抱きしめれていることが分かった。控えめに後頭部を撫でていると、太い腕が背中に回ってぎゅうと抱きしめられる。腕に意外と力が入っていて、無抵抗な身体が引き寄せられて魈さんとぴったり密着した。
「この下着肌触りよくないですか?気に入ってるんです」
「…………」
暗闇の中で魈さんと抱き合って体温が近くなるのが心地いい。今日は色々あったしもういい時間だしで、魈さんと一緒にベッドに入ったばかりなのにすぐウトウトしてきてしまう。もう少しだけ魈さんと一緒にいたくて、眠気に争うように話しかけてみたけど無視されてしまった。返事の代わりかは分からないが、布の感触を確かめるように背中を撫でる手が生ぬるくて余計眠たくなってくる。暫くそのまま時間が流れて、瞼を開けているのが辛くなってきたころに「悪くない」と魈さんが小さい声で呟くから反応が遅れてしまった。眠た気な声を隠しもせずに反応してしまって、魈さんが胸の間からゆっくり顔を上げる。私はこんなに眠気に抗っているのに、魈さんはまだ余裕そうで悔しい。暗闇の中でキンと光る目がじっとこちらを観察しているのが薄ら見えて、獲物を探している猛禽類みたいだなと滲んでいく頭の片隅で思った。
「ん……」
「もう寝ろ」
背中に回っていた手が上がってきて、ゆっくり頭を撫でられると優しい手つきにそのまま寝てしまいそうになる。本当はもっと魈さんを甘やかして、ベッドの上でトロトロに……するつもりだったのに。明日起きてからでもいっか。しっかり乾かされてさらさらになった髪を撫でられて、魈さんの形のいい頭を抱きしめながらおやすみなさいと呟く。魈さんの返事を聞く前にふっと意識が落ちていって、金色が視界から消えた。