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1/8 栞


 御座所の一角、三条派の刀剣達が集まる場所があった。
 どの刀剣達も刀派ごとに仲が良いというわけではないが、それでも関係のある刀工に鍛えられたものであるからこそという刀達にしかわからぬ居心地の良さはある。だからか、この縁側を望める場に設えたれた岩融の室には三条がよくいるのだった。
 特に今剣は何かと岩融の近くにいるし、今剣を世話する石切丸も来るし、三日月は誰も知らぬうちに茶を飲みにきて、砂糖を塗した豆菓子を茶請けに食べる三日月に釣られて小狐丸もよく姿を現わすのである。 
 なまえが御座所を出た昼のことだった。
 ここになまえを主としたものはおらず、達観しているもの、詮索しているもの、迷っているもの、が集まっている。茶を啜る長閑な音の主は三日月宗近であった。対坐には岩融が碁盤を睨みつつ細い爪先で石を置いていた。
 新しい柱が立たぬうちは通常の任務を遂行することも出来ぬから御座所は刀たちの存在で溢れかえっているのだ。
「のぅ、小狐よ。新たな主は誰とする?」
 縁側で日を浴びていた小狐の耳がくいっと反応して、しかし小狐は口を閉ざしたまま紅い瞳は揺れていた。
「俺はあの稚児を主としようと思っているぞ。三日月はどうする」
「そうさな、あの稚児の帰りが無事であることを願っているなァ」
「まったく、三日月さんは。今剣はどうなんだい?」
 座布団に座して書を広げていた石切丸がいう。
「あやつは迷っておるようだが、もう心は決めておるだろうで。ただ、愛い頃から関わってきた者を主として認識することに戸惑っておるだけだな」
「小狐より大人よの」
 三日月ははっはっはと笑う。
「私より先に打たれたのだ。私より子供なはずがなかろう」
 縁側から返ってくる声は酷く不満そうな色を表していた。実際ここにいる者にとって齢など重ねすぎて関係の無いものであるから、見事小狐は揶揄いに返してくるほど心ならないところがあるらしいのだ。何がそんなに気に入らないのかというのが、他の三条の者たちの気になる所である。
 あらゆる可能性を考えて三条派のものが結んでいないというのはなまえにとっても好都合であるらしい、というのは鶴丸から聞いていた。対するは時代遡行軍ではなく、自分たちを人の身に顕現させて戦うことを指示した時の政府である。あの娘がどこまでわかっているのかはわからぬが、聡い子であるからこそ、三条派の刀を懐にいれなかったのかもしれない。
「なぜ、あいつは味方を敵のような言い方をする。ここにいるものがそれほど信じられぬのか?」
 小狐の言葉に返したのは意外や意外。
「こぎつねまるがみかたにならなくちゃ、みかたではありませんからね」
 廊下を曲がってやってきた今剣だった。
「ねぇこぎつねまる、おちごさんはいちどたりとも、ぼくたちをきょひしましたか?」
 全て、自刃(自身)で決めくれと言った。嫌なら君たちが消えないように斡旋先を探すとも言った。策戦を話さなかったのは懐にある刀では無かったというよりも、選ぶ猶予をくれていた。
「おちごさんはきっとこぎつねまるのこと、きらいじゃあありませんよ」
「そうだな」
 えらく素直に答える小狐丸にそこにいた皆が意外そうな顔をした。
「じゃぁこぎつねまるも、おちごさんのみかたになってくれますか?」
「とうよりそのつもりじゃ」
「やったぁ、よかったです」
 もとより小狐丸もあの小さな稚児を心配していたのだ。表に出さなかっただけで。いや、出せなかったのか。つまり、あの子供が刀を仲間としたように見なかったのが気に入らなかったという訳でも有る。時の人は皆刀を自分のように扱っていたのだから。久方ぶりに物として見るものが現れ動揺したのであった。
「これでみんななかまですね」
 嬉しそうに、しかしやっとかとでもいうような風格に石切丸は失笑した。
 廊下を歩く音がして、白い羽織と空色の着物が見えた。浦島の手には亀吉がいる。
「なにやしているのか、鶴に浦島よ」
 三日月が尋ねると鶴はにっと口元を引き上げた。
「ちょいとお稚児さんに書でも認めようかと思ってな。何か書くことがあるなら今だぞ」
「うむ。無事であればそれでよいさ。どれ、場所と道具を貸してやろう」
「じゃぁお邪魔しまーす」
 鶴丸と浦島は言われて場所をかりると、紙に向かいはじめた。懐から鶴丸が小片を取り出す。
「なんですか? それ」
 今剣が乗り出す。
「なまえの学友からだ。伝書鳩が届けてくれたよ。聡いなぁ友人も」
 境内の中の文書は大体を伝書鳩が届けているから、多くの中に紛れれば検閲も無く御座所まで届くのである。なまえもたまに使っていたからそれを知っているというのは仲の良い友人なのだろう。
「おちごさんゆうげにはかえってきますかね」
「うーんそれはどうだろうな。難しいかもしれん」
「でも堀川たちがいるなら大丈夫だろうさ」
「亀吉もいるしな!」
「亀吉も行くのかい」
 驚いた石切丸に浦島が笑った。
「そうだぜ。こいつ、いがいと泳ぐのは早いんだ。なんせ竜宮城まで行ける亀だし」
「なるほどねぇ」
 と、この言葉通り亀吉はなまえの元へ間に合うのだが。
 一方の物吉と五虎退は、特に障害もなく地下への階段を降りていた。降りるといっても一箇所ではなくまばらに階段があるものだから結構歩いてはいるのだが、普段から任務のために戦場へ行っている二人からすればなんてことないのだ。
「主さま、大丈夫でしょうか」
 不安げな五虎退に物吉は微笑んだ。
「きっと大丈夫です。だって僕、びっくりしたんですよ。主さまが大胆な人だから。こんな所に乗り込むだなんて」
「そうですよね……。主さま昔から度胸があったから。よくいちにいにも叱られてました」
「一護さんが?」
「はい。山で遊んで泥だけになってくるとよく。もう最近は気にするのも仕方ないって思ってるみたいだけど」
「だからこんな道知ってて迷わず進んでいくんだ」
 物吉は感心していた。
「僕は来たのが少し遅かったから知らないことばかりですけど、主さんとっても明るくて素敵な方ですね」
「自慢の主さまなんですよ。僕はずっと慕っています。いい人だから。それに僕のこと褒めてくれるんです」
「褒めて?」
「は、はい。やってしまってまずかったことだったろうか、と心配していると、五虎退がやったことは全て正しい。うまくいかなかったらそれはもう五虎退の領分じゃないって」
「きちんと見ていらっしゃる方なんですね」
「そう思います」
「それなら、きっと、お三方で大丈夫ですよ。鯰尾も堀川もいますから」
「はい。二人ならなんとかしてくれると思います」
「よし、じゃぁここですね?」
 話をしているうちに着いたのは、地下何十階だろうか。施設に似合わぬ木製の扉があった。
「ここを開けて落ち合う予定なんだけど……今はなにもできないし、少し待ってみましょうか」
 物吉がポケットから出したのは鳥型の紙だった。紙にはなまえと書かれている。なまえとの通信がとれる呪がかかっているのだ。この地点で合流前には連絡を取るということだったが時間がかかっているらしい。
 と、後ろから人の気配がする。五虎退と物吉は顔を見合わせる。人はこちらへ来ようとしている、知れたら不味い。二人は頷きあうと地下の扉に手をかけた。扉は呆気なく開く。
 二人が通り抜けた足元の人型が揺れた。
 長い回廊が続く。早く身を隠せる場所へと、小走りになる。下へと広い階段が続いていた。さらに降りる。二人が足を止めたのは大分下へ降りてからだった。
「人ならぬもの、通さぬ」
 大太刀を手にしたモノが二対。脇差と短刀には些か部が悪い。物吉は眉間に皺を寄せる。構える。完全にあちらに通す気は無い。重要な物を守るよう縛られているのだろう。
 始まりは突然だった。物吉が大太刀の懐へ入ろうと駆け降りる。しかし大太刀は長さの利を存分に活かし物吉を遠ざける。もう片方が物吉の首を狙うのを五虎退の短刀が止めた。構え直す。今度は姿勢を低くした五虎退が足元を狙う。モノの足が斬られたが空間が歪んだようにしてぶれると同時に元に戻る。二人は可笑しな事に気付き一度後ろに下がろうとした。しかし大太刀はこれを機にとばかり躙り寄り刀を振り翳してくる。
 今度は二人が互いに離れて大太刀を避ける。五虎退は大太刀の刀を退けながら、階段を見回した。どこかに、何か緒(いとぐち)があるはずだ。いつかの主さまが使っていた呪とよく似た動きなのである、大太刀達は。ならばどこかに本体が。下も横も、見回す限り見渡して、けれどどこにも無い、上から振りかぶる大太刀を受け止めた時に気づいた。
「上です!」
 天井に人型が付いている。二枚。しかし場所は離れていた。対になるように天井の双方についているのである。
「はい」
 物吉が答えた。二人の背では足場もなしに天井へは届かない。おまけに大太刀は二人の動きを邪魔してくるのだ。
 このまま膠着の持久戦かと五虎退が覚悟を決めた時、振りかぶった大太刀を避け、腰を折った大太刀の背に飛び乗った物吉が見えた。物吉は背を蹴り天井の端めがけて跳ぶ。
 大太刀が追うように空を切った。
 脇差の鋒が人型を切り裂いた。同時に五虎退の前にいた大太刀の姿が霧散する。地に降りる物吉を狙う大太刀を五虎退は鍔迫り押し退けた。物吉は少しフラついたもののきちんと降りたらしい。
「後一体!」
 気合の入った声がして五虎退は勇猛に笑んで返事をした。
 今度はこちらの番である。
 物吉が攻める。大太刀が押される。物吉が首をとる。ブレた所を五虎退が飛び上がり背に乗りあげ跳んだ。物吉がやったのと同じように紙に向けて切っ先を放った。天井に届く。
 大太刀であったモノが消えた。
「やりましたね」
「はい、物吉さんが最初に跳んだおかげで勝機が掴めました」
「五虎退が見つけてくれたから、ね。さて行きましょうか」
 さらに地下へと進む。後ろから来ていた人の気配は未だ到達していなかった。
 地下への扉に手をかけたなまえ達は配管ばかりの部屋へと入っていた。そろそろ連絡をとなまえは懐から鳥型を取り出した。
「物吉、五虎退」
 囁くように声をかけると、しばらくして、鳥型から声が帰ってくる。
――「はい、主さま。ご無事ですか?」
「うん。敵にあったけど、負傷もなく。そちらは?」
――「こちらも敵襲がありましたが退けました。間も無く地下六階です」
「わかった、待機してるから」
――「はい。それでは」
 配管は何のためにあるのか、呪が体に重くのしかかる。長時間は無理だ。心配はかけたく無い。言わないがそうわかった。
 思考も低下してくる。ぐっと手を握って爪を食い込ませる。痛みが自分を思い出させた。
「地下六階の階段まで行こう。さらに下があるみたいだし」
 そう言う自らの言葉すら、ぼんやりと聞こえる。駄目だ。必死に歯を食いしばった。
 堀川と鯰尾の間に挟まれながら進む。配管がある部屋をすぎると、多くの紙が溢れる部屋についた。印刷機から吐き出された紙が乱雑に落ちている。明らかに誰かがここにいたのだ。そして今も何かを行なっている。
 一つを見てみると何やら術的な方角や薬、香など多くの名が書かれていて一つ一つ検証の結果が記されている。
――呪極、西南。変わりなし。被験者の様態思わしく無い、新たな被験者を手に入れるまで再び停止とする。
「被験者……人を使っていた?」
「そうみたいだね。恐ろしい程の呪いばかりだ」
 堀川が顔を顰めた。
「やっぱり、御柱様はここにいるよ」
 鯰尾が声を上げる。二人はそちらの紙を覗き込む。比較的新しいものらしい。黄ばんでもおらず真っ白い紙に赤文字が記されていた。
――新たな被験者が手に入る。呪が思わぬ効能を奏したか、様態は今までで一番良い。御柱である。呪極は北南にて暫し置く。
「御柱様……」
 何をされているかはわからないが、実験に使われていることはわかる。なまえは他の記録を漁ると確信した。多くの審神者達の死骸がこの地下に眠っているのだと。
「行こう。早く」
 自分の感覚が鈍る前に行かねば。本末顛倒になってしまう。この部屋に張られている結界を緩めるものがないか確認して地下の扉へ向かう。
 扉を出るとちょうど上から物吉と五虎退が降りて来た所だった。
「主さん!」
 五虎退が駆け降りて来た。二人の顔を見て改めて無事でここまで来てくれたことに安堵する。
 御柱様がおそらくここに安置されているだろうことを二人に伝え共に地下七階へと降りる。扉には呪がかけられていた。地下へ行くごとに身体が重くなるが、刀剣達は感じていないようだ。人にだけ影響があるのか。
 自分の拙い術式で解呪を試みる。本当にもっと学んでおけばよかったと思う。学んでも学び足りないのだ。
「解。開。掛」
 やっと解ける。
 鯰尾が先導して進んだ。が、その鯰尾が足を止める。
「どうしたの」
「主……」
 来ない方がいい、と言いかけた言葉を鯰尾を飲み込む。
 その時なまえは気づいた。鼻をつく異臭が蔓延していることに。ぐらりと視界が揺れる。鼻を抑えるふりをして誤魔化したが、同時に目に入ったのは。
 一面に寝かされている屍体だった。
 まだ身体のあるもの、溶けかけているもの、干からびているもの。それは酷い有様で、異様なのがその一様に丸い紙が幾つか張られていることだった。酷いものはその紙すら溶けてぐちゃりとなくなりかけている。
 白い死装束が体液で汚く汚れていた。その中にまだ姿があるのは御柱様と数人だけだった。
「こんな……」
 言葉を失ったのはなまえだけではない。刀剣達も一緒である。
「こんな人を物のような扱いをして」
 物吉が言った。まるで情など感じられない扱いだ。ただ人の死体を被験体として使用しているだけで、動物も何も一緒なのである。
「物なのだよ。死んだ人間など思考もない喋りもしない。私はそれを有効に活用したまでだ」
 老年の皺にまみれた男が後ろにいた。刀剣達も警戒している。
「何故そんな真似を」
 堀川が言う。
「何故か。この戦に勝ちたいからだろう?」
 それは、皆同じ志なのである。どこから彼に齟齬が起きたのだろう。
 なまえは袂から紙を二つ合わせるとふぅと息を吹きかけた。ある意味彼が同じ人物であるかは賭けで。
「守橋東介。人型によって縛らせてもらう」
 ビンゴをひいた。
 守橋は動かない。口も開かない。にたりと浮かべた笑みのまま硬直している。
 突如周囲の空間に何体もの刀であったモノが、現れる。
「主下がって」
 鯰尾に前を譲る。仕掛けか、それとも自分が彼を拘束する前に行ったのか。刀もこちらも膠着状態で動かない。
 ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう……数が多すぎる。まるでここにいる屍体の数と同じぐらい。
 そうだ。屍体を媒介としいてるのだ。だから、守橋を縛っても意味がない。こちらの手数が少なすぎる。ぶっつけ本番だが、やるしかないだろうか。出来るのだろうか。そんなことに尻込みしている暇はない。やるしかないのだ。
 両手を合わせる。
 あの姿を思い浮かべる。




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