私に似合いの茶番を下さい




「迅さんにセクハラされたい」

俺は盛大に噎せた。
目の前でとんでもない発言をしてのけたのは苗字名前。場所はラウンジ。特に用もなく駄弁っていたら、突如爆弾が落とされた。当の本人は自分の発言になんの疑問も持っていないのか、涼しげな顔でカフェオレを啜った。噎せたのは俺だけではなく、北添もだった。カゲは苦虫を噛み潰したような顔、穂刈は一見無表情だが面白そうな顔をしているし、鋼に至っては冷や汗をかきながら俺と苗字を交互に見つめている。やめろ。

「どうした、急に」

ようやく口を開いたのは穂刈だった。
「う〜ん」ペットボトルのキャップを締めながら苗字が唸る。俺はようやく呼吸が落ち着いた。

「なんで彼氏できないのかなって思って」
「迅さんと付き合いたいってこと?苗字ちゃんって迅さんのこと好きだっけ?」

俺と同じくして呼吸を整えた北添が的確な発言をする。そうだ、俺が気になっているのはなぜ迅さんか、だ。俺はこの女に惚れていて、なんとかアピールをしているつもりなのに鈍感を極めたこいつは全く気付きもしない。こいつの周り、それこそ今この場にいるやつらなんかは全員知っているというのに。俺がずっと狙ってきた獲物を、本部の誰かでなくまさか玉狛から奪い取られようとするとは。気分を落ち着けるためにコーヒーをもう一口飲むと、苗字は「違う違う!」と焦ったように否定した。

「ほら、迅さんって色んな人にセクハラしてるじゃんか。でも私は全然されたことないから、女としての魅力がないのかな〜と思いまして」
「……なるほどな」
「魅力がないからモテないのかなっていう結論になったの」
「いやいや、話飛び好きでしょ〜」
「そんなことないと思うぞ。な、荒船」

ようやく通常運転に戻った鋼は俺に話を振る。まじでやめてくれ。いや、これくらいわかりやすくアピールした方がいいのか?とにかく、恋のライバルが迅さんでないことに安堵したせいか「…まあ、そうだな」と曖昧な返事をすることしかできなかった。穂刈がにやついたのを視界の端で捉える。クソ、こいつ覚えてろよ。

「え〜〜〜だって全然告白とかされないし」
「そりゃてめー、当たり前だろ」
「ちょ、ひどくない!?やっぱ魅力がないってこと?ねえカゲもそう思う?」
「あ〜〜〜めんっどくせーな、荒船に聞けよ」
「なんで荒船?」

せっかくカゲが珍しく気を遣った(?)にもかかわらず、当の本人はカゲの意図を汲めずに首を傾げた。カゲと俺のため息が重なる。この鈍感女、俺が周りに牽制しまくってたから誰も寄ってこなかったに決まってんだろーが。そんなこともつゆ知らず、当の本人は「ねえ荒船もそう思う?」と聞いてきた。一斉に俺に視線が集まる。

「…別に、魅力がないわけじゃねーだろ」
「適当かよ。もっとなんかないの?」
「……」

キラキラした目でこっちを見つめる苗字は、正直言って可愛い。惚れた弱みか。もうこの際だ、言ってしまおうか。俺が大事に育ててきた恋心をこんなところでぶちまける勇気はさすがにないが、気があることくらいは気付かせてやってもいいのではないか。やけに緊張した面持ちでこちらを見つめる鋼は見て見ぬふりをし、さすがに目を見ていう勇気はないので視線を苗字から外しながら重い口を開いた。

「あのな、お前は太刀筋もいいし戦いはセンスある方だぞ。スタイルだって悪くねーし、それにお前、普通に…かわ」
「あ!やば!防衛任務忘れてた!!!!」

俺の言葉を遮って思いっきり立ち上がった苗字は、荷物を慌ててまとめて「ごめん、行ってくる!」と嵐のごとく駆け出していってしまった。俺はというと、出鼻を挫かれて急に脱力感やら怒りやらの感情がどっと押し寄せてきて、帽子のつばを深く下げてそれは深い深いため息をついた。肩に誰かの手が乗る。「あ、荒船…また次、がんばろう」鋼かよ。うるせえな、言われなくてもそうするが今は言い返す気すら起きなかった。帽子のつばをあげると、なぜかにやにやした穂刈と、微笑ましげな表情の北添と、呆れた顔をしたカゲが目に入った。

「なんだ、全然脈アリじゃないの〜ゾエさん嬉しいよ」
「世話がやけるな、二人とも」

そう口々に言われ、なんのことだ?と怪訝な顔をすると、呆れた様子のカゲが助け舟を出した。

「あいつ、顔真っ赤だったぞ」

…どうやら今までしてきたアピールは無駄ではなかったらしい。その赤い顔とやらをぜひ拝みたかったが、仕方ない、あとひと押ししてみるか。自然と頬がゆるりと緩んでしまい、カゲに「きめえ」と一蹴された。