出水公平の場合
なんでこんなことになったんだっけ?おれは興奮であまり正常でない思考回路を必死に動かして考えを巡らせた。目の前には頬を赤らめながら妖艶に微笑む名前の姿。彼女はおれに跨り、ぷつ、ぷつ、と自らシャツのボタンを外していく。広がったスカートの裾から覗く白い太ももがおれの頭の中をさらに乱す。
ーーーそうだ、全ての要因は床に転がされたおれのエロ本だった。
どうして名前がおれの部屋にいるのかとか、厳重に隠したはずのおれの厳選エロ本がなぜ発掘されたのかとか、細かいことはなぜかほとんど思い出せない。ぐるぐると思考を巡らせる。迫られるのは悪くないが、いかんせんおれらは初めて事を運ぼうとしているのであって、さすがに初めての時はおれがリードしたかったような。しかし愛しの彼女がほぼ脱げかけのシャツでおれに跨る様は、絶景としか言いようがなかった。しばし見つめあっあのち、名前が口を開いた。
「ねえ公平、あんな本じゃなくて、私じゃだめ?」
首を傾げながら爆弾を落とす彼女は、もはや凶器だ。おれ専用の。たまらず白い太ももに手を這わせると、名前の白い手がおれの胸元に這わされる。つつ、とおれの体をなぞっていき、頬に辿り着く。優しく頬を包まれ、お互いの顔が近づく。おれは、そっと目を閉じる。すると、どこからか電子音が聞こえた。次第にボリュームに内心舌を打つ。うるせえな。何の音だ?全く降りてこない唇に焦れて、目を開けると。
見慣れた天井。耳元でけたたましく騒ぐスマホのアラーム。おれは一瞬で全てを悟った。
「……………夢かよ……」
それはそれは、長いため息が出た。とりあえず項垂れるのは後に回し、指を叩きつけるようにして枕元のアラームを止めた。動いた反動で、下半身に違和感を感じた。もう見なくてもわかる。あんな夢見て勃たないほうがおかしいだろ。それにしても、名前のタイミングに合わせよう合わせようと思ってはいるものの、男子高校生の性欲は言うことを聞いてくれないようだ。
時間を確認するとあまりのんびりしていられそうもなかった。スヌーズになっていたのか。このスマホはおれを何回も起こそうとしてくれていたらしい。この場合、不純な夢を見て寝こけていたおれが悪いだろう。さっき乱暴に扱ったことを少しだけ申し訳なく思った。さっさと勃ったモノを処理し、身支度を整える。オカズはもちろんさっきの夢だ。まだ見たことのない名前の表情を勝手に自慰に使っているなんて知られたらさすがに引かれそうだ。なんとなく、部屋を出る前にエロ本の隠し場所を覗いてちゃんとそこにあるか確認した。
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分かってはいたが、一日中名前の顔が見れなかった。いつもはちゃんと連絡を取り合わないと会うこともできないのに、今日に限ってタイミングが良いのか悪いのかバッタリ会うことが数回あった。罪悪感から挙動不審になってしまうおれは、傍から見たらやましいことがあったと自分で言っているように見えるだろう。その証拠に米屋からは「浮気でもしてんの?」と聞かれてしまった。
「ばーか、誰がするか」
「今日のお前やばいぞ。単位落とした太刀川さんみてえ」
「…まじか」
本部長から逃げる自分の隊長の姿を思い返して、げんなりとする。そんなやばかったのかおれ。
「喧嘩か?」
「いや、ちげーけど…」
さすがに相手が槍バカとは言えど、今朝の煩悩丸出しの夢を語るのは気が引ける。どこから名前に漏れるか分からないし。ここはどう誤魔化すか。
「…なんか、ちょっと意識しすぎてるっつーか」
「ん?苗字のこと?」
「そ。もうそろそろ付き合ってけっこう経つしさ、意識しないわけねーよ。おれだって健全な男子高校生だし」
「あ〜〜〜なるほどなあ」
なんとか本当の理由の中から当たり障りのないものを選んだ。嘘は言っていない。クソ、ちょっと冷や汗かいたわ。槍バカのくせに。心の中で毒付いていると、米屋はニヤニヤ笑っていた。うぜーな。なに笑ってんだよ。
「だってよ、苗字」
「……………はっ?」
慌てて米屋の視線の先、おれの背後を振り返ると、廊下の曲がり角からひょっこりと申し訳なさそうに名前の顔が現れた。おれは開いた口を閉じるのも忘れて、名前がゆっくり角から姿を現わすのを茫然と見ていた。「じゃ、あとはうまくやれよ。苗字は今度10本勝負な」米屋の声でハッとする。米屋に一言申そうともう一度勢いよく振り返ると、もう姿はなかった。「公平」小さく名前を呼ばれてまた振り返る羽目になる。何回も振り返りまくったせいか頭がぐるぐるするし、変な汗かいてきた。
「さっきの、本当?」
「お、おお…」
「私のこと嫌いになったとかじゃないんだね」
「なわけねーだろ」
「…よかった。あのね、公平」
週末、もしよかったら、公平の部屋に行きたいな。
真っ赤な顔でこちらを伺う名前に頭がくらりとした。槍バカに対して怒りたいのと目の前の彼女がかわいすぎるのと、都合がよすぎて現実を受け止めきれないのとで正直おれの頭はキャパオーバーだ。しかしこの好機を逃すわけはない。二つ返事で了承すると、照れたように笑った。おれは頭が沸騰した。こんなことがあってもいいのだろうか?米屋には出し抜かれた感で手放しで感謝はできないが、少しだけ、ほんの少しだけ感謝しておこう。
一日中罪悪感に苛まれていた頭は、すでに週末の事しか考えられなくなっていた。