真っ白な画用紙を前にして、もう一時間が経とうとしていた。
先日読んだ漫画に衝動を突き動かされ、あんなに意気込んでペンを握ったはずなのに。
(……やっぱり、ダメかも…)
一度筆を置いたブランクが、重くのしかかる。
いざ描こうとすると、「下手だと思われたくない」「完璧な線を引かなきゃ」という自意識が指先を縛り付けた。
あの頃は紙と鉛筆さえあれば何時間でも時を過ごせたのに、今では真っ白な紙と同化して頭の中も真っ白だ。
「やれやれ。いつまでその紙を睨みつけているんだ、君は」
不意に背後から飛んできたのは、聞き慣れた、けれど少しだけ緊張を強いる鋭い声。
振り返るまでもない。杜王町に住む漫画家、岸辺露伴先生だ。
『ろ、露伴先生……。こんにちは』
「その無残なほど真っ白な紙は何だ?
僕だったら君が紙と睨めっこしている時間で、二週間先の原稿まで描き終えていたぞ。」
紙は真っ白なままだが百面相は面白かった、などと嫌味な笑みを浮かべている露伴先生を横目に再びため息をついた。
私が座席についてペンを握った時からすでに露伴先生はこのカフェに居て一部始終見ていたらしい。
『……何を描けばいいのか分からなくて。
うまく描かなきゃって思えば思うほど、手が動かないんです』
私の情けない告白に、先生は鼻で笑った。
「『うまく描こう』だと?
ふん、くだらない。
君のそんな安っぽい見栄など、作品には一滴の価値もないね」
突き放すような物言い。
けれど、先生の瞳は冷笑しているわけではなかった。
「確かに技術は必要だ。
しかしいいかい、
作品に必要なのは技術のひけらかしではなく、君がその瞬間、何を感じたかという『リアリティ』だ」
射抜くような真っ直ぐな視線に心臓がどきりと音を立てる。
「描き始める前から完成図に怯えてどうする。
うまく描こうと計算するから手が止まるんだ。
今、君の頭に浮かんでいる『真実』をそのまま叩きつけてみろ。
自分を良く見せようとする嘘を捨てた時、初めてそれは絵になる」
『私の……真実』
「そうだ。漫画家の理想とは、常に手を動かし続けることにある。
……ま、次に見る時は、少しはマシなゴミが描けていることを期待しているよ」
露伴先生はそれだけ言うと、いつもの傲慢な足取りで去っていった。
一人残された私は、ペンを握り直す。
完璧な絵じゃなくていい。
ただ、この真っ白な世界に、私の「今」を刻んでみたい。
不思議と、先ほどまで重かったペンが、今は羽のように軽く感じられた。
開放までのカウントダウン
―――――――――――――・・・
あ、画用紙にいつのまにかピンクダークの少年の絵が…!
しかもサイン入り!?
……私が先生の漫画のファンだって…、なんで気づいたんだろう………。
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