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 それから駆け足で北海道へと戻った私は久しぶりの寒さなんてお構いなしに警察の元へと急いだ
 病院へと連れられ霊安室へと足を運べばお義父さんとお義母さんが眠っており、私は涙を止めることなく泣いた

 士郎に抱かれて泣いていた分早く泣き止むことが出来、落ち着いた頃に警察の方が説明してくれた、居眠り運転の車に引かれ、二人とも打ち所が悪かったらしい
 車の運転手は全面的に自分の非を認めていたのもあったせいかことは静かに運ばれ、私は自宅に待機することになった

 新聞沙汰にもなったらしく白恋の友達が代わる代わるに我が家に尋ねてきた、紺子ちゃんや流くんなど親しい子が来てくれたのは士郎がいない今の私の支えになっていた
 だけど一言二言しか喋ったことしかない男の子たちがインターホンを押したときは冷たくあしらってしまった、今はあなたたちに構っている暇はないの

 普段はあまり入らないお義父さんの部屋に入って引き出しを開けたとき、一枚の封筒が置いてあった、名前へ、お義父さんの字でそう書かれていた
 お義父さんが私に宛てたものだろう、糊付けされていないそれを開いて中の封筒を読む

 手紙の内容をかいつまんで説明すると、この手紙は老い先短いお義父さんとお義母さんがいつ死んでも言いようにと私宛に書いたもので、私を引き取ってからの思いが書かれていた

『名前へ
 この手紙を読んでいるということは私たちはもうこの世にいない時でしょう。
 私たちには息子も娘もいない状態で老後を迎えてしまいました。元々身寄りが無く、寂しいあまりに名前を引き取りました。正直お日さま園でお友達と仲良く笑い合っている名前をあの子達から引き離すのは心が痛みました。それでも私たちにはあなたが必要だったのです。
 たまたま園の前を通りかかったときに見た名前の笑顔を私たちはいつまでも忘れないでしょう。
(中略)
 ここからは遺言と思ってくれて構いません。
 私たちにも少しばかりの蓄えがあります。それを全て名前に渡します。この家も、必要とあれば引き払っても構いません。
 その旨は知り合いの弁護士に話してあるので正式な遺言として受理されたものがあるので安心してください。

 私たちは名前という娘に出会えて、一緒に暮らせて幸せでした。神様に感謝しています。
 名前を一人残して逝くことがわずかな心残りですが士郎君がいるので大丈夫でしょう。
 私たちの分まで生きてください。大切な私たちの愛娘、名前。』

 手紙を読めば読むほど目から涙が止まらなくて、最後の文章を読み終えるときには嗚咽を漏らしていた
 手紙の隅にお義母さんの字で「ヒロトくんが見つかったら仲良くするのよ、よろしく伝えておいてね」と書かれており、それを引き金に私は大声で泣いた
 私もお父さんとお母さんの娘になれて幸せだよ

「お父さん、お母さん……っ!」


 その後私は元々お義父さんとお義母さんの知り合いだという弁護士さんと今後のことを話をした
 弁護士さん曰く葬式はしなくて良いとのことで、その費用も私の財産にしてたいと言っていたと話してくれた
 そんな心配しなくても良かったのに、いつでも私のことを優先させてくれていたのだと、また涙が滲んだ

 それからしばらくは弁護士さんと警察に拘束され、やっと開放されたときはお父さんとお母さんを火葬場へ連れて行って、仏壇の用意をした

 その間の私の唯一の癒しである紺子ちゃんと珠香ちゃんに士郎たちが愛媛で真・帝国学園なるものと戦っていたと聞かされた
 私も早くキャラバンへと戻らないと



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