18.神様の名前
「そういえば主君、お聞きしたいことがあるのですが……」
審神者としての執務中、守り刀として側に置いていた前田藤四郎がそう切り出した。
丁度区切りの良いタイミングだったので、彼はそれを知った上で話しかけたのだろう。よく出来た子だ。
「何かな? 私に答えられることならば何でも聞くといい」
「瑞希さんがいつも仰っている名前というのは主君の名前、ですよね」
「ああ、そうだよ。夜ノ森名前、正真正銘私の名だ」
ダムに沈んでしまっていたヨノモリ社が在ったあの辺りはその昔夜ノ森という地名であり、その名称を姓とした人たちが沢山いた。今では私を含めて全国に十数人程度に減ってしまったが、正真正銘の夜ノ森家当主であり祭神だ。まぁ、祭神に成って数年と、まだ日は浅いが。
それにしても私の名前がどうしたというのか。机上に肘を乗せ頬杖をつきながら、目の前で視線を左右に揺らす少年の彼の言葉を待つ。
「……名を、」
「ん?」
「真名を語っても大丈夫なのですか?」
「真名をかい?」
「はい。我々は紛いなりにも神である身。人の子は神に真名を知られてはいけないと、この前万屋に行った際親子が話しているのを聞いたのです」
真名を知られるということは相手に魂の端を掴まれるも同然。同様に生まれた日を知らせることは、来し方行く末の道筋を掴ませるようなものなのだ。
使役する立場とはいえ相手は神だ。彼らがその気になれば人間なぞあっと言う間に乗っ取られ、最悪神隠しなんてことも。
故に審神者の中では通名などの偽名の使用が義務付けられている。私もこの仕事に就く際政府の使いから偽名を貰ったが、私には意味を成さないだろう。
「そのことなら、私は大丈夫さ」
不安げに私を見上げる前田の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でてやると安心したように息を吐いた。
「私はただの人間とは違うからね。君らに真名を知られたところで痛くも痒くもないさ」
先程も述べた通り私は祭神である。つまりは彼ら刀剣男士たちと同じ神様であり、敢えて階級を付けるならば祭神である私の方が少し上かもしれない。
詰まるところ私の真名を刀剣らに知られたところで悪用はされない。寧ろ私が悪用出来る立場にある。勿論そんなことしないけれど。
私の言葉にそれまで張り詰めていた彼の緊張の糸が切れるのが分かった。
強張っていた表情は安堵のそれとなり、上がっていた両肩はあるべき傾斜を取り戻す。
「僕も……その、名前様、とお呼びしても宜しいでしょうか」
眉尻を下げ、頬をほんのりと赤く染めた前田が尋ねる。
彼は刀としては優秀だが、些か主に対しての優しさに溢れて過ぎている。懐刀であった故か、己の主を何よりも信頼し気遣うその姿は健気であり、時に危なげだ。
私としてはそういう所が好ましくあるが、彼に関わる者全てが良い人間とは限らない。
「ああ、構わないよ」
「ありがとうございます名前様」
そう言って顔を綻ばせる前田。
願わくば今後彼と縁を結ぶ者が良き人物であらんことを。