19.合言葉はヨノモリ印
空いた時間を利用してちまちまと刺繍していた物がようやっと人数分出来上がった。ちりめん生地に刺繍するのは難しかったがその分楽しくもあった。
次はこれと裏地を重ねてから完成形へと縫い合わせるのだ。
「主様それ何ですか? ヨノモリ……って主様が神様を務める神社の名前ですよね?」
「そうだよ。ふふ、これはこれからお守りになるんだよ」
「お守り……! あの、僕もお手伝いさせて下さい!」
今日の近侍の物吉貞宗は本当によく働き、積極的に人の手伝いを買って出る。
かの徳川家康が幸運のお守りとして重宝していたとかで、彼がお守り作りを手伝ってくれるなら百人力だろう。
後は布を縫い合わせるだけだと、縫い方の手本を見せようと針に糸を通したところで誰かが執務室へ向かってくる足音が聞こえた。
「あ、主様……今、大丈夫ですか?」
人一人分開け放たれた障子の間から恐る恐る顔を出しているのは五虎退だ。
彼は今日馬当番のはずだからそれが終わったと報告に来たのだろう。
入っておいでと声を掛ければ顔を綻ばせて私の隣に座る。馬のお世話終わりました、撫でて下さいと可愛いことを言うので遠慮なくその頭を撫でてやる。
「主様たちは何か作っていたんですか?」
「お守りをちょっとね」
「お守り?」
他の審神者と交流した時にお守りの話を聞いたのがきっかけだ。何でも、政府御用達の万屋から購入すた物は刀剣に持たせると一度だけ破壊を防いでくれる代物らしい。
お守りのことならば私の専門だと、些細な対抗心で私もヨノモリ印のお守りを作り始めたのがきっかけだ。
戦事に疎いとはいえ清光の助けもあって刀剣を破壊させたことは今まで一度もない。命あっての物種と言う通り全振り健在というのはとても幸いなことで、しかしこれからもその幸せが続く保証はない。
「僕たち死んじゃうんですか!?」
「大丈夫。誰も死なないさ」
「その為にこうしてお守りを作ってるんですよ」
面倒見の良い物吉が泣きそうな五虎退の頭を撫でて落ち着かせる。
「その万が一が起こった時の為にね、念には念をってやつさ」
私の言葉を聞いた五虎退に笑顔が戻る。
命を懸けて戦っているのは他でもない彼ら刀剣男士だ。我々審神者は彼らを顕現する為の人柱に過ぎず、普段は本丸で守られているだけの存在。
私に出来得ることと言えばこれくらいしかない。
「主はん畑仕事終わりましたで〜……って何してはるん?」
「ああ明石。畑仕事ご苦労さま」
「僕たちお守りを作っているんです」
「お守り?」
またかと思いつつも先ほど五虎退にしたのと同じ説明を明石にもしてやる。
私の話を聞いた彼はほんの少し考え事をするような仕草を見せ、やがて口を開く。
「それって全員にあたるんで?」
「一応全員に当たるように作っているつもりだよ」
「……ほんなら、自分もそれ作るん手伝ってええですか?」
「ああ。助かるよ」
詳しい作り方は物吉に聞いてくれと、彼にも針と糸を渡す。
物吉から手順を聞いた明石は手際良く布を縫い合わせていく。裁縫自体が初めてのはずなのにここまで綺麗に縫えるのは手先が余程器用なのだろう。
横目で感心しつつ針を押し進める。五つは自分の手で作りたいので中に入れる護符の作成は後回しだ。
「主はん」
「うん?」
「……作業しながらでええんで、ちょっと話、聞いてもらえまっか?」
「私でよければ」
「おおきに。……まどろっこしいのは苦手やから単刀直入に言いますけど、蛍丸の本体は所在不明で……酷いこと言うけど多分、もうこの世にはないんよ」
「……」
蛍丸や堀川といった本体が所在不明の刀剣たちは時の政府が用意した依代を頼りに辛うじてこの世に顕現されている。故にこの戦いが終わった後どこへ行くか本人以外は分からない。
もしかしたら本人にもそれは分からず、いつ消えるかもわからぬ恐怖でいっぱいなのかも知れない。
「確かめた訳やないけど何となく分かるんですわ。だから、ほんの少しやけどこうして一緒に居れることにはほんま感謝しとるんです」
「……」
「せやから一緒に居れる今は特に贔屓してまうんですわぁ」
彼が働きたくない理由が少しわかった気がする。蛍丸が居ない歴史を守ったところで彼に得は一つとしてないから、働かない。
「……でも俺にとっては国俊も蛍と同じくらいに大切なんやな。そこだけは知っておいて欲しいなぁ思て。何や突然変な話してすんまへん」
「大丈夫。分かっているよ」
「……本当、主はんが主で良かったわ」
真っ直ぐ私を見つめるその表情は普段の彼からは想像が出来ないほど真剣なもので、保護者然としていた。
しかしすぐにいつもの気の抜けた表情に戻って視線を手元に戻す。
「ほんま、気合入れて作らなアカンなぁ。……特に国俊は血気盛んで危なっかしいから蛍よりこれが必要やな」
そう言って困ったように笑う彼はどこか嬉しそうで。それを見た私も何だが嬉しくなった。
作業を再開し、私はお守りの中に入れる護符を作る。と言ってもいつもの白札に文字を書くだけなのだが、それでもいつも以上の気合を入れる。
「主様、これ何て書いてあるんですか?」
「これかい? “応急修理女神”って書いてあるんだよ」
「女神……あっ、主様のことですね!」
「ふふ、確かにそうだね」
ぱあっと花が咲いたような笑顔になる五虎退に、思わず私も微笑む。中々上手いことを言う。
「主様、綺麗に縫えると嬉しいです。えへへ」
「五虎退くんは兄弟が沢山いるから大変じゃないですか?」
「はい。でも、一兄たちのことを考えると全然苦じゃないんです」
「兄弟の為かぁ、素敵ですね」
兄弟の分は自分で作りたいと申し出た五虎退は粟田口派分十数個。同じ刀派のいない物吉は粟田口と、明石が作っている来派を除くその他刀剣男士の分を縫ってくれている。
初めの方に縫った物はとても歪で、お世辞にも上手いとは言えない出来なのだが、それでもそのお守りは暖かくて愛情の溢れる物となった。
「……と、いう訳で今からみんなにお守りを配るからね」
遠征部隊が帰城しみんな揃っての夕食を終えて直ぐ、彼らが広間から出ていく前に呼び止めた。
私の言葉にそれぞれがそれぞれ近くにいた者と顔を見合わせ、顔を綻ばせる。
一人ひとりの名前を呼んで手渡す。粟田口派と来派はそれぞれ五虎退と明石が渡していて、物吉は、私から渡した方が喜ぶと言って自分で配ろうとはしなかった。彼なりの気遣いなのだろう。
彼と、手伝ってくれた他の二人には既に私の作った分を渡してある。
これでもっと暴れられると喜ぶ刀剣、主である私からの贈り物に感涙する刀剣、使ってしまわぬ様今まで以上に気合を入れると意気込む刀剣。ここまで喜んでくれたのならば作った甲斐があるというものだ。
五虎退からお守りを手渡されている粟田口派の面々は彼を撫でたり抱きしめたりとその喜びを表現している。中でも一期一振は、私からお守りを受け取った長谷部よろしく涙を流して喜んでいる。
刺繍と中に入っている札は私が手掛けた物だが袋まで縫った物は五つとあまり多くなく、そのうちの三つは既に五虎退と明石と物吉に渡っており、残りは二つ。
綺麗に結われた髪を弄りながら、そわそわと落ち着かない様子の初期刀の下まで行く。
「清光」
「は、はいっ!」
「ふふ。そう緊張することないよ。これからもよろしく頼むね」
「うんっ。任せといて!」
にかっと歯を見せて笑う清光は可愛いというより格好良く見えた。
この戦いが終われば彼らはまた物言わぬ刀に、本科へ戻っていく。だからこそ、せめてここにいる間だけは終わった後のことを考えずに済むように。
これで全ての刀剣にお守りが行き渡ったが、私の手にはお守りが一つ残っている。これも他のお守りと変わらない。
みんなの様子を遠巻きに眺めていた神使に近づきにこりと微笑む。
「はい、瑞希の分」
そう言って残った一つを彼に差し出せばきょとんと目を丸めて私とお守りを交互に見詰める。
「え……僕も、良いの?」
「勿論。審神者になってから危険なことも多くなったからね。それに、瑞希は私の唯一の家族だから……」
思えばこうして瑞希に贈り物をしたのはいつ振りだろうか。
「嬉しいなぁ。ありがとう」
目尻に滲んだ涙を拭いながら満面の笑みを浮かべた瑞希に、自然と私も笑っていた。