体力テストが終わると、その日は元々入学式だけということもあり雄英高校初日は終了し、一年生は下校となる。
 お昼は何にしようなどと他愛のないことを考えながら教室を出たナマエを見て、轟は慌てて荷物を纏め彼女を追うように駆け足で教室を出ていった。

「青春だね!」
「え、あ、そう……だね?」

 その様子を見守っていた葉隠が唐突に話を振るものだから振られた緑谷はしどろもどろに答えるしかなかった。

「っていうか僕も……! かっちゃん!!」

 “個性”について、幼馴染の彼にだけは伝えておかねばと逸る気持ちを抑えて今しがた教室を出ていった後ろ姿を追いかける緑谷。

「おー……青春だね!」
「そう、だね……?」

 緑谷がついに見えなくなったので、葉隠は先ほどと同じ言葉を尾白に振る。何となくこちらに来る予感があったのか尾白の反応は薄かった。




「ナマエちゃ……っ。……ナマエ!」
「?……焦凍!」

 轟がナマエに追いついたのは校門を出てすぐの信号待ちのタイミングだった。
 後ろから声をかけられ霊体化している天草が先に、追いかけてきた少年を見つける。話にしか聞いていなかった“包帯の少年”が彼であるとこは容易に理解出来た。

「どうしたの? そんなに慌てて」
「ナマエちゃ……ナマエとちゃんと話したいと思って」
「久しぶりだものね。そうね……あ、そこのファミレスとかどう?」

 ナマエの指す方を見て轟は静かに頷いた。
 何処にでもあるチェーン店のファミリーレストランといっても家庭環境が複雑な轟には縁のなかった場所で、当然この世界のナマエも縁遠いものであったが“過去”には似たような店に何度か入店しているので店員とのやり取りはスムーズだ。
 案内された席に向かい合って座りメニュー表を開く。

「お昼だし軽く何か食べましょう?」
「そうだな……」

 お互いにメニューとにらめっこ後、昼食として適当なメニューを頼み、焦凍はとナマエが尋ねると彼は最初の方のページから五目蕎麦を注文した。

「焦凍とはあの日以来ね。本当に懐かしい」
「まさか同い年だったなんてな。驚いた」
「私も驚いちゃった。でも同じ学校のヒーロー科で、しかも同じクラスになれて嬉しいわ」

 にこにこと笑みを浮かべるナマエに、轟は視線を少しだけ彷徨わせると意を決して彼女を見据える。しっかりと、意志を待った瞳だ。

「……ナマエ」
「なぁに?」
「……あの日、ナマエと士郎お兄さんに話を聞いてもらってなかったら、俺は今でも自分を嫌いのままだったし、ヒーローになる夢も諦めてたかもしれねぇ」
「!」

 不安げな表情で本音を吐露される轟を、ナマエはただ静かにじっと見つめて聞く。 
 再会出来ずにいた数年間、彼の中で起きた変化が良い方向であったことを喜ばしく感じると同時に、彼の成長を見届けることが出来なかったあの数年間が惜しくもあった。たまにはあの公園へ足を運べばよかった。

「あの時のナマエの言葉があったから、お母さんのことも諦めなくて済んだ」
「……」
「お母さんに会いに行く覚悟はまだねぇけど、いつか必ず会いに行こうと思う」
「そう」
「本当に、ありがとう」
「私は、大したことなんて言ってないわ。焦凍の心が強かっただけなのよ」

 そんなことない。轟がそう言おうと口を開いたところで、ちょうど彼の蕎麦とナマエのパスタが運ばれてきた。なんとタイミングの悪い。けれども彼の言いたかったことを伝えたところで彼女はただ困ったように微笑むだけだろう。
 この数年間、ナマエの言葉がどれほど彼を支えてきたのか。あの日の思い出が、轟の寂しい夜を暖かく包んでくれていのを、彼女は知らない。

「焦凍、お父さんとは……」
親父あいつは絶対に許さねぇ。だから炎熱こっちの“個性”を使おうとも思わない」
「……え?」
「お母さんの“個性”だけで……親父の“個性”が無くてもヒーローに成れるって証明する」

 確かに今日の体力テストでは氷結の“個性”しか使っておらず、違和感はあったがナマエは特に気に止めることはなかった。しかしそのような理由から炎熱の“個性”を使っていなかったのかと、合点がいく。

「……それが焦凍の思い描くヒーロー像なの?」
「ああ」

 母親の“個性”だけでヒーローになる。それが轟の出した結論だった。父親を否定するその信条は同時に自分をも否定していることになると気付けていない。

「焦凍。その体は誰でもない貴方のものよ」
「? 俺の体なんだからそうだろ……?」
「……分からないのならいいわ。でもね、これだけは言わせて」
「ん?」
「焦凍には“焦凍らしい”ヒーローになって欲しいの」
「ああ、分かってる」

 いいえ、あなたは何も解っていない。
 けれどそれを指摘するには、今の彼は何も知らなすぎる。せめてヒーロー科である程度の経験を積んでからでないと、彼は納得出来ないだろう。
 黙々と蕎麦を食べ進める轟の向かいで、ナマエは静かに食べかけのパスタにフォークを絡めた。


貴方らしくいてほしいだけ