眼が覚めると鬱蒼と茂る森の中にいた。周りを見渡しても誰もいない、ただ木があるだけ。木の合間から遠くにどこか懐かしささえ感じる城が見える。
両親に捨てられたのだと気付くのに時間は要さなかった。子供らしく振る舞っていたつもりだが親には分ってしまうものなのだろう。最も、もう親ではないが。
いっそ奴らの願い通りここで野たれ死んでやろうかと微かに大人サイズの足跡が残る草原に寝転がる。
そのまま目を瞑れば土地から溢れ出る魔力が心地よいとすら感じる、ああここが冬木市か。だとすれば随分と遠くまで捨てに来たものだ。ご丁寧に睡眠薬まで使って。どこか他人事のようにそれまで自分の両親であった人たちの事を考える。
「――あら、あなたどうしたの?」
誰も立ち寄らなそうな場所に女性の声。少女が瞼を上げれば二人の女性が少女見下ろしており、真っ白い肌に銀糸の髪を持つ女性と、同じく白い肌に金髪のスーツを着た女性。スーツの女性は銀髪の女性を護るように立っている。
銀髪の方はアインツベルンの人造生命体であると、かつての自分と同じだとすぐに感じ取れた。同じように金髪の方は召喚された英霊、サーヴァントだ。だとすればこれから聖杯戦争が行われるのかもう既に始まっているのか。どちらにせよ自分には関係ない。
「何もすることがないから寝転がってたの」
少女が徐に上半身を起こせばサーヴァントは警戒を強める。そりゃあそうだ、見た目が幼い少女だからと言って己の陣地にいる人間を易々と信用してはいけない。誰が敵陣営のマスターかなんて分らないのだから。
どこからか視線を感じるので地面に触れたままの手から一瞬魔力を流し森の構造を把握する。少女の前方と後方、遠くの木に一人ずつ兵器を構えた人間がこちらを狙っている。
「ここはアインツベルンの所有地です。保護者はどうしたのですか」
「親はいないわ。捨てられたの、ついさっき」
「!」
少女の口から淡々と告げられた事実は二人は息を飲む。同情を引くつもりもなければ油断させるためでもない、ただ純粋に答えてあげた。
「それで、貴女たちは私を殺すの?」
「何を言って……」
「ずっとこっちを狙っているでしょう? あっちとそっち」
二人がいる方向に視線を送ればサーヴァントの眉根が寄る。己の得物を出そうとしたところで銀髪の女性、アイリから制止が入る。
「セイバー」
「ですが……!」
「いいの。……切嗣止めて。この子貴方たちに気付いてるわ」
携帯電話を手に、彼女が言葉を発するとしばらくして木の上から少女を狙っていた二人がそれぞれの方向から姿を現した。一人は死んだ目をした男、もう一人は黒髪の大人しそうな女性。どちらも腕に抱えた兵器は下ろしていない。
「何故僕たちがいると判った」
「強い視線を感じたから、周りの構造を調べたらすぐに判ったわ」
「構造把握……君も魔術師なのか」
構造把握は魔術としては基礎中の基礎だが魔術師が三人とサーヴァントもいる中で誰にも気づかせずそれをやってのける技術の高さ。ほんの十歳そこらの少女がだ。
「魔術師なのか……と聞かれたら私は魔術師じゃないわ。根源なんて興味ないもの」
「魔術使いか。君の両親は……」
「親だった人たちはただの一般人よ。魔術のまの字も知らない。私だけが異質だった」
言外に少女が捨てられた理由でもあった。盗聴器を介して聞いていた少女と妻らの会話が彼の脳をよぎる。
一般の家庭に生まれたにも関わらず魔術師の何たるかを理解し、その上魔術師としての才に恵まれ、それでも己の人生を諦めている。
「君は一体何者なんだい……?」
「私はナマエ。ただのナマエよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
一応戸籍はあるだろうけどもう死ぬんだから関係ないわ。淡々と語るその様は凡そ子供とは思えない。
男は、衛宮切嗣は恐怖すら感じたがそれと同時に憐れんだ。この子は“世界”に捨てられたのだと。
「どうして泣いているの」
ナマエの言葉で切嗣は自分が泣いているのだと気付いた。冷徹な魔術師殺しが、魔術使いの少女への同情心から泣いているのだ。これには彼の妻も、部下も、サーヴァントも、本人でさえ驚愕した。
「どこのだれか知らないけれど私の為に泣いてくれているのならありがとう。聖杯戦争頑張ってね」
ここでようやくナマエは立ち上がり切嗣に近づく。反射的に彼は膝をついて彼女を抱きしめたのでナマエは彼の頭を優しく撫でてやった。これではどちらが子供か分かったものではない。
「ナマエ、貴女は聖杯戦争のことまで知っているのですか……」
「ええ。貴女がサーヴァントでしょう? クラスまでは分らないけれど」
「……彼女のクラスはセイバーだ」
死んだ目から涙を排除した切嗣が立ち上がって言う。どこで誰が聞いているかも分らないのに不用心な人だと、ナマエは薄ぼんやりと思う。
部屋着のまま連れ出されたせいか離れた体温が名残り惜しい位には肌寒い。
「そう、セイバー。そうだわ。願い通り野たれ死ぬにも時間が惜しいわ。貴女、私を殺してくれる?」
「聖杯戦争を目撃した一般人だと思って、一思いにやってしまってちょうだい。これも何かの縁だと思って」
最期に少しでも同郷の者と話せて良かった。明言はしないが少女の心は至極穏やかだ。死んだところでどうせ直ぐにまた次の生が始まることを知っているからかもしれない。一種の諦め、思考の放棄だ。
「――ダメよ!!」
「……?」
「そんな簡単に死ぬなんて、死んではいけないわ!」
「じゃあどうしろっていうの? 十歳の子供が生きるにはこの世界は広すぎる」
死ぬな、だなんて簡単に言ってくれる。世の中生きる方がよっぽど難しいのだぞ、と言外に言う少女に差し伸べられたのはアイリの白魚のような手ではなく、沢山の命を殺めてきた血で塗れた衛宮切嗣の手だった。
「多くの死体を積み上げてきた僕がこんなことをするのは間違っているとは解っているつもりだ。どうしようにもないエゴであるということも、全て理解している。でも、それでも僕は君を助けたい。君を助けなければ僕はきっと、後悔する」
少女は悟る。この人は自分を拾うことでこれまでのことから少しでも免罪された気分になりたいのだと。それ程にこの人の心はすり減っているのだと。
けれどもそんなことナマエに関係はない。免罪されたいのならば勝手にすればいい。自らエゴであると認めているのだから。
ナマエは何も言わず彼の手を取った。それが答えだ。
「……ありがとう」
何に対する言葉なのかは解らないふりをしておいた。歪な形で始まったこの父娘ごっこも数年も経てばまともなものに見えるようになるかもしれない。
拠点といるしているアインツベルンの城へ戻る途中、ナマエが立ち止まった。
「どうしたの?」
「拾ってくれるついでに一つ教えてほしいことがあるの」
少女は真っ直ぐにアイリを見上げる。澄みきった金色の瞳に射貫かれたアイリは息を呑む。まるで、何もかも見透かされているようだった。
この少女は本当に何者なんだ。どうやら彼らはとんでもない子供を拾ってしまったらしい。
「……な、何?」
「第三次聖杯戦争でアインツベルンは誰を召喚したの?」
後に、この言葉の意味を最悪の形で知ることとなるのだが今の彼らは知らない。
始まりの夜(セイバー陣営/Zero)