罰ゲーム


「よっしゃー!上がりー!」

 勢いよく声を上げたのはハンジであった。声と同時に持っていたトランプのカードをテーブルに叩きつける。カードは見事なロイヤルストレートフラッシュが作られていた。

「またハンジかよ」
「そんな顔したってダメだよ、ベティ。君は頭は切れるし、戦闘力もピカイチだけど、こういうゲームには弱いよね?」
「うるさいな。ほら早く続き、次はハイネでしょ」

 真っ先に勝利してウキウキなハンジはべったりとベティに近付く。その様子を背後から見ていた副長のモブリットやナナバは、いつもの様子に笑っていた。そして既に一度ゲームに勝利し、キリがないと見越して退いたエルヴィン、リヴァイらは退屈そうに彼女らのもう何回目か分からない対戦を眺めていた。
 ゲームが上手くいかず、腹を立てていたベティはすぐにそのハンジの体を振り解き、次のハイネへと急かす。

「俺ガチで勝てる気がしねえんだけど」
「…フン」

 そう言いながら差し出されたミケのカードを引くハイネ。ハイネがそのカードを手に取った瞬間、ミケはより一層口角を吊り上げた。

「上がりだ」

 そう言って静かにテーブルに並べたカードたちを見て、ベティとハイネは言葉が出てこなかった。

「ねえねえ、君たち一体何回負け続けてるの?」
「…黙れハンジ」
「うぁー、もう何で勝てねえんだ!?」
「ハイネ、お前は賢いのに、どうして勝てないんだ?」
「今それ俺が言ったじゃん!?傷口に塩塗りつけるのやめてくんね?」

 何度目かの敗北をしたベティとハイネは、テーブルにトランプのカードを置き自暴自棄になっていた。

「要するに二人とも大して賢くはないということじゃないか」
「やめてやれ、リヴァイ。彼らにもプライドというものがある。曲がりなりにも調査兵団の分隊長と副長だ」
「もう塩は塗らないでくれ…」
「リヴァイはシンプルにウザいし、エルヴィンはフォローしてるようで一番貶してるからな。許さない…」

 確かに今のリヴァイやエルヴィンの発言は態とらしくもあった。ベティはずっと彼らが居座るテーブルの方を睨んでいたが、同じ方向にモブリットらが居たために、モブリットはびびり上がっていた。しかし、ナナバは相変わらず面白いな、と笑っている。
 調査兵としての仕事を終えた兵士たちの、労いも込めた娯楽の時間は、こうして不定期に行われていた。この時だけは皆立場や現実を忘れて、楽しむことができた。
 願わくば、こんな日が毎日続く日々が来て欲しいものだ、ときっとここにいるすべての兵士たちが思っていたはずだ。

「もうこれ以上は付き合ってられないから、当初言っていた通りの罰ゲームだよ」

 眼鏡をキラリと怪しく光らせたハンジが、興奮気味に立ち上がり声高々に言う。「時間を考えろ、うるせえクソメガネ」と茶々を入れるリヴァイをガン無視して話を続けるハンジに、もはやここにいる誰もがブレーキを掛けられずにいた。

「もう今更最下位争いなんて面倒くさいから罰ゲームは、ベティとハイネの二人だからね」
「は?嘘でしょ?私の方が一応カード強かったんだけど?」
「何だよベティ!お前俺を見捨てるのか!?」
「ああそうだ。私は私が一番大事だからな」
「お前な〜〜!」

 まるで少年少女のように笑い合っている二人を見て、どこからともなく舌打ちが聞こえてきた。「面白くねえ」という彼の戯言を一番近くで聞いていたエルヴィンは、ハンジを呼ぶ。そして何やら耳打ちをすると、ハンジは「いいねえ、それ!楽しそ〜う」と目を輝かせていた。

「じゃあ君たちへの罰ゲームは、名付けて『ドキドキ!私の好きな◯◯』ゲームだ!」
「…何それ…」
「なんだか面白そうだな」

 明らかに眉間に皺を寄せたベティと相反した反応を示すハイネ。他もリヴァイを除き面白そうだ、と興味を示したが、リヴァイ一人が紅茶を飲んで退屈そうにしていた。「俺は部屋に戻るぞ」と言って立ち上がろうとしたリヴァイを引き留めたのはエルヴィンである。

「まあ待て、リヴァイ」
「俺はこんなクソくだらないことをする時間が惜しいとすら思うんだが?」
「気持ちは分かるがリヴァイ。もう少し付き合ってくれないか」
「何故だ」

 今にも席を立ち上がりそうなリヴァイに対し、エルヴィンは賑やかなテーブルを微笑ましく見ていた。

「次の壁外調査の後、また同じメンバーで、こんなことをできるかどうか分からないだろう?」

 そんな重い言葉を彼はあまりにも軽く言ってしまうものだから、リヴァイはそれ以上自分の意思を通すことができず、席から動こうとはしなかった。

「それじゃあまずハイネから!」
「ゲームの主旨がよく分からねえよ」
「単純だよ!ハイネが好きなものについて語ってくれたらいいんだよ」
「…好きなもの…ねえ?」
「うわ、マジで超くだらないんだけど」
「ハイネの次はベティなんだからちゃんと考えておいてよね」

 無邪気に仕切っているハンジに悪態はつくものの逃げ出そうとはしなかったベティに、なんだかんだハンジには頭が上がらない様子が窺えた。ハイネも少し頭を悩ませていたが、そのうちに「よし!」と声を上げる。

「まあ俺が好きって言えば、リリーだな」
「出た出た愛妻家」
「じゃあリリーのどんなところが好きなの?」
「そうだなあ。飯が美味い」
「胃袋掴まれちゃったんだ〜」
「それに美人、優しい、逞しい。器が広い…あとはだなぁ」

 次々と出てくる愛妻への褒め言葉にハンジも他も嬉々として聞いていた。そして悪態をつきながらも聞いていたベティの、ほんの少しだけ崩れた表情をリヴァイは見逃さなかった。
 和気藹々と話すハイネとハンジを、少し寂しそうに眺めていたベティのその顔が、何を意味するのかまでは図りきれなかった。

「じゃあ次はベティだね」
「私はハイネみたいにパートナーなんて…」
「うん、だから君の場合は単純に好きな異性のタイプを聞きたいな」

 そんな新兵たちがするような話題にベティも呆れてしまっていたが、ナナバやハイネが乗り気な声を上げたので、引くに引けない状況となってしまう。助けをもらおうとエルヴィンを見たベティだったが、エルヴィンは敢えて視線を合わさないように酒を飲んでいた。続いてリヴァイに目配せしたベティだったが、彼は無愛想な顔で彼女を見つめるだけでちっとも助けは出さなかった。流石に観念したベティが、ハンジのよく分からない罰ゲームに付き合うことにした。

「ベティって高望みしそうだよね」
「意外とロマンチストとか?」
「いやそれはない。男は堅物かサルのどっちかだから」

 ハンジ、ナナバと共に話が盛り上がっていく様子はまるで彼女らの酒場でのワンシーンを想像させる。ベティの発言に二人は大きく笑ったが、男性陣は何とも言えない表情を作っていた。

「ブハー!辛辣!けど大体当たってる気もする!」
「おいハンジ、何故こっちを見ている?見る相手が違うだろう?」
「今ここにいるやつほとんど堅物だろ」
「…間違っちゃないけどね」

 更に爆弾を投下したベティに、上官もいることを思い出したナナバは少し冷静さを取り戻す。ハンジは依然として楽しんでいて、ベティの核心をついた。

「好きなタイプ、ねえ…そんなのまともに考えたことはないけど、まあ…」

 何故かこの時、自身に緊張が走ったのが分かった。何故かは分からなかった。

「嘘を吐かない人」

 おそらくこの発言は意外だったようだ。ベティといえばいつも強気で、巨人との戦闘において常に前線で活躍する兵士だ。そういう強い女性が男性に求めるものといえば、一般的には想像がつきやすいかもしれない。例えば
、ある程度の地位や名声を獲得している者、それなりに身なりを整えている者、賢く聡い者。挙げだすとキリがないが、要するに隣にいて不釣り合いにならないような人物像を想像してしまうものだったが、当の本人から出た内容にハンジは「何というか」と間抜けな声を出す。

「意外に堅実なんだね」
「…そうか?普通だと思うけど」

 酒を一気に飲んでそう言ったベティに対して、皆ハンジと同様の意見だった。何とも言えない空気になったところで、ベティがさっさとカードを集め始める。「そろそろ解散しようか」と言った彼女の言葉に、ハンジも片付けを手伝う。各々が支度を始めたところで、「そういえば」と言ったのはナナバだった。

「この間飲んだ時は、自分より強くて、顔がそこそこ整ってる奴がいいとか言ってなかった?」
「そうそう!そうだよ、確かそんなこと言ってた」
「全く記憶にない」
「あんた結構飲んでたからね」
「でも調査兵団にベティより強くて、顔もそこそこ整ってる人って…」

 それはハンジがぼそりと呟いた言葉だった。ベティは既にナナバと当時の飲み会の話で盛り上がりながら片付けをしていた。なので、ここからはハンジの視点となるわけだが、ハンジは思い当たる人間を一人見つけてその人物を見る。相変わらず仏頂面の彼と、バチッと視線が合った。

「…なるほど」
「何だ、急に」
「そこそこ整ってる、かぁ」
「おいハンジ。お前人の顔見て何品定めしてやがる」
「いやぁ、辛口だな、と思って」

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