「カルアちゃん、マナフィってなあに?」
「あー……えーっと、シンオウ地方の方で見つけられた幻のポケモンとかだった気がする?」
「幻のポケモンって水族館にいるものなの?」
「人魚とかハーピーとか伝説の生き物がいるくらいだしおかしくない気がしてきた」
マナフィは大きく息を吸い込み身体を揺らして歌い始める。他のポケモンたちはまるでバックコーラスを務めるかのように鳴き声をあげる。種族が異なれば当然鳴き声も異なるというのに、それぞれの鳴き声が絡み合い美しいハーモニーを作り上げていた。
少女が吹いたホイッスルの音は一切聞こえなかったというのに、その歌声は観衆のもとへ届いた。水中から発せられる音として籠ることはなく、鮮明なものであった。一生に一度聞けるかどうかの幻のポケモンと呼ばれるマナフィの歌声。それはとても神秘的なものありであり思わずため息を零してしまうほど。あのポケモンはと忙しなく質問をしていた星もカルアからの返答に掘り下げて質問していた月も黙り込んでいた。
マナフィを主旋律とした合唱は終えてもなお、観衆の心を手放さない。耳を澄ませてようやく聞こえる観衆の息遣い以外の音はなく、静寂が続く。誰もが声を発そうとしない中、大きな拍手が1人分響いた。音につられて振り返れば、水槽のと対面する形で設置されているステージに1人の少年が立っていた。
「本日は龍宮城へお越しいただきありがとうございます。龍宮城の看板娘である人魚姫たちの舞とミマイジムの看板娘のパフォーマンスはいかがだったでしょうか」
深海を切り取ったかのように深い深い蒼色の髪を揺らし、大人になりかけている少年のようなあどけない笑顔。よろしければ歓声の代わりに拍手をと称賛を促す。観衆が感動のあまりに声が出なくなることを見越してのことだろう。
パチ、パチ。まばらに聞こえてくる拍手に満足した青年は先程の少女と同じように仰々しくお辞儀をする。
「当水族館は多種多様なみずポケモンを集め、触れ合いを通してみずポケモンのことを知っていただくほか。まるで、美しい海の中にいるような心地で日々の疲れを癒していただこうと励んでおります」
流れる水のようにさらさらと紡がれる言葉。不思議と、余韻に浸ってぼんやりとした頭にすんなりと声が入ってくる。
狙い通り。そう呟くように少年は空色の瞳を細め、身振り手振りを加えて観衆の意識を集めていく。
「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私ミナモは龍宮城のオーナーであると同時に海の民の族長としてミマイジムのジムリーダーとしての大役も務めさせております。そこで、本日は海の民の族長としての務めを果たさせていただきたく存じます」
ミナモという名にカルアは聞き覚えがあった。昨日会ったくるみが言っていた人物だ。ミマイジムのジムリーダー。そしてミマイシティを治めている海の民の族長。肩書きからもう少し年のいった男だと思っていたが、想像よりもずっと若い。というより、若いを通り越して幼い。温泉に浸かりながらくるみから聞いた情報と照らし合わせながらミナモを観察する。
その間にも話は進んでいく。ミナモがパチンと指を鳴らすと両サイドからポケモンと人が出てくる。人、といっても容姿から察するに擬人化しているポケモンだろう。華やかな衣装に身を包み、何人かは和楽器を抱えている。まるで御伽噺の龍宮城のような空間だと思う。端から1人1人観察し、カルアは小さく「あ、」と。驚きの色を混ぜた声を小さく零す。そんなカルアの視線に気付いたのか、ミナモの斜め後ろで立っているくるみは可愛らしくウインクをして見せた。
「人間とポケモンが共存して暮らそうとするこのセイショウ地方。ご安心ください。眠気を誘うような堅苦しい歴史の授業をしようとは思っておりません。母親が聞かせる寝物語のように、父親が語る冒険譚のように。そんな心躍る物語としてお聞きください」