今日も今日とて客入り良好。人魚の踊り場で観衆たちの心を鷲掴みにし、海の民としてセイショウ地方の歴史を語る。そこまでな流れを1つのパフォーマンスとすることで長話を苦手とする子どもから勉強嫌いな大人までついつい聞き入ってしまう場を作る。これを思いついたミナモはさすがというべきか。
本日予定されていた公演を全て終え、龍宮城を後にするくるみは鼻歌にスキップと誰がどう見ても上機嫌な様子であった。
「これはまた随分とご機嫌なことで。何か良いことでもあったか?」
「私の機嫌が悪い日なんてありますかぁ?」
「嫌なことは人に託して好きなことだけして生きているようなお前が機嫌悪くするようなことがあった日には海が荒れるだろうなァ」
「ちょー人聞き悪いことを言いますねぇ。これでも毎日考えて生きてるんですよぉ」
「ほう、例えば」
「どうやったら嫌なもことせず楽しくやっていけるか。そのためな苦労なら喜んでしますよぉ」
「苦労するイコール嫌なことではないっつーのがお前らしいよなあ」
帰宅中のくるみを呼び止めるのはくじら食堂の息子であるん騎隼。これまたなんて素敵なタイミングで会えたことだろう。昨晩から続く胸の高鳴りに身を任せ、軽やかに振り返る。スカートをふんわりと広げ、2つに結わえた濃紺の髪が揺れる。くるみの動きに合わせてマリンノートの香りが鼻腔をくすぐる。
本当に自分の魅力を引き出す方法を熟知した奴だ。幼馴染の俺ですらあざとかわいいと思ってしまう。騎隼は悔しそうにそう言い、くるみは笑う。
「で、いつも以上にご機嫌な理由は?」
「ふふ。昨晩大変楽しいご縁を結びましてねぇ」
「ほう、それは俺も楽しめそうな感じだな?」
「騎隼くんも光緒ちゃんも楽しめるご縁ですよぉ。その場で2人をお呼びして紹介したかったくらい!」
この場にいない幼馴染の名をあげられたことで騎隼は何かを察したように笑みを深める。そして尻ポケットに入れていたスマホを取り出し、電話をかける。話の流れと電話越しから聞こえてくる声から相手は光緒であることを予想したくるみはできる男はさすがと騎隼を褒める。
くるみの気分は更に上がり、道行く船乗りたちとハイタッチするような勢いで挨拶を交わしていく。ミマイシティを拠点とする船乗りたちの中では海の民であるくるみは有名なのだろう。怪訝な顔をすることなく「今日もえらくご機嫌だな! 良い夜にしろよ!」と。豪快な笑い声をあげて、中には本当にハイタッチをする者もいた。相変わらずえげつない人脈の広さだと騎隼は感心する。
「ところでお酒にお菓子にと買い込んで宅飲みの予定だったんですかぁ?」
「そ。男子会のつもりだったけど……楽しいことを逃す理由にはならないよなァ?」
「ふふ。話が分かる男はいいですねぇ」
「そうだろう、そうだろう。大事にしたまえ」
はーっはっはっ! と高笑いをして胸を張る。その姿にくるみは拍手をしながら「わあ、なんて調子に乗りやすい。扱いやすくて助かりますよぉ」と。手の平で転がすように騎隼を扱う。
全部声に出してることを指摘すればちろりと舌を出して悪戯っ子のように笑ってみせる。もしもくるみが海の民として誰とでも親交を深めて自由気ままにできる立場ではなく、学校などといった統率された組織に身を置いたら。間違いなく女子に嫌われていただろう。我が幼馴染ながらいい性格をしているとため息を吐く。