「みぃつけた」
日に焼けた手が洞の入り口から伸びてくる。その手は2人を隠すようにして座っていたカルアの首を掴み、大木の洞から引きずり出そうとする。首を圧迫され、経験したことのない息苦しさに襲われる。その手を振り払おうともがこうとする程、込められる力が強くなる。これ、窒息より先に首の骨が折れるのではないか。死を身近に感じ、恐怖で身体に力が入らなくなる。カルアからの抵抗が弱くなった隙を逃さず、日に焼けた手はずるりと大木の洞から引きずりだす。ショートパンツから伸びる素足が地面に擦られ、じくじくとした痛みが広がる。しかし、その痛みも目前に広がる獰猛な獣の姿により消え去る。
「ひゃは、捕まえた」
先程まで星と月と会話で笑わせていた口には鋭利な牙が並んでいる。愉快そうに細められていた赤い瞳は血に飢えた獣のようにぎらついている。結膜が黒いこともあり、その赤は血で濡れたものなのではないかと錯覚する。ひゅっと息を呑み、身体を硬直させる。これは本当にやばいと脳が警鐘を鳴らすが、いっこうに力が入らない。そんなカルアの様子に星噛はいい感じに人質を捕らえることができたと上機嫌に口角をあげる。そして、大木の洞にまだ隠れているであろう2人に声をかけようとしたその瞬間、中から星型の光線が飛んでくる。おっと、そうきたか。意外や意外とその光線を避けようとしたわずかの隙に月が星噛に平手打ちをする。大した威力のない平手打ち、だがここにきてそうくるかと拍子抜けをしカルアの首を掴む手が緩む。その隙に星は全身で星噛に体当たりをし、星噛の手から落ちるカルアを抱き留める。
なんて可愛らしい攻防だろうか。あまりにも一生懸命なその姿に夢路は柔らかな笑い声をあげて拍手をする。2人の攻撃にダメージを全く感じていない星噛は逃した獲物に目を向け、人質としての役割を果たしたら遊ぶつもりだったのにと少し残念そうにする。
「……っけほ」
「大丈夫?!」
「ん、だいじょーぶ。ありがとう」
「わ、私たちをみつけないでよぉ!」
「あはは、それは無理な話だなあ」
「……しつこい男は嫌われるわよ。私たちを口説きたいならそこを改めてから出直してきてくれる?」
「ははっ。そういうお嬢さんはもう少し上手に隠れられるようになった方がいいぜ」
星噛がカルアの腕に巻かれたハンカチを指差す。圧迫止血を試みたものの、思っていたよりも深手だったようでじんわりと血が滲んでいる。血の臭いで見つかったことを察し、カルアはそんなのどうしようもないじゃないと舌打ちをする。そんなカルアにぎゅっとしがみつく星と月は怯えた子どものよう、というよりもトレーナーを守ろうとするポケモンのようであった。
「そこの2匹を引き渡してくれたらきみの安全は保障しよう」
「いったい誰がどこで知って目をつけたのかしら?」
「おいおい、お嬢さん。状況分かってないのか? お前は今質問できる立場じゃないんだ、大人しくそいつらをよこしな」
「あー、そう。先にこれを伝えるべきだった」
出会って間もないポケモンの安全と自分自身の安全。どちらが大切かなんて天秤にかけるまでもない。じくりじくりと痛む傷を押さえながらカルアは深い溜め息を吐き出す。そして、怯えた表情で身を寄せ、縋るようにカルアを見る星と月をチラ見する。
考えるまでもない。手持ちのポケモンならまだしも野生のポケモンを守るために自分が痛い目に遭うことを選ぶなんて立派なことを平凡な女子高校生ができるわけがない。そう、カルアは青春に全力を尽くしている女子高校生だ。
「答えはノー。友達を裏切ることは夜中に高カロリーのスイーツを食べる以上に大罪なのよ。JKなめんな!」
友達を裏切るという女子高校生の大罪を犯すか、痛い目に遭ってでも星と月を守るか。どちらを選ぶかなんて考えるまでもないのだ。