「ね、ねえ、カルアちゃん! 突然どうしたの? 」
「黙って走って、舌噛むよ!」
「ひょわっ?!」
「カルア、これ無理! 私たち、歩く練習はしてきてるけど走る練習はしてない!絶対転ぶ!」
「そこをなんとか頑張って! ピッピはともかくメテノは重たくて抱えられないから!」
「その星が既に転びそうなんだけど!」
「ひーん、ごめんなさーい!」

 少しでも離れたい一心でカルアは走る。星と月は走ることが苦手だという想定外の事態に嘆く暇はなく、2人の手をとって引きずるように走ることになった。しかし、月の想定通り木の根に躓きかける星。この状態で逃げ切るのは不可能だと判断し、どこかで身を隠して助けを呼ぶべきだろう。そう考えて辺りを見渡しているうちにズバットの群れが襲ってきた。どこかで巣を引っかけてしまったかと思ったが、統率のとれた群れで星と月を集中的に狙う様子からあの男たちの手先だと察する。それならば情けは無用だと一度2人から手を離し、足を止める。リュックサックにいれてあるゴールドスプレーを噴射する。直撃したズバットたちは宙でふらつき、足並みを乱す。その一瞬の隙を逃さず、再び星と月の手を握ってカルアは走る。ズバットの群れを振り切り、ようやく身を隠せそうな大木の洞を見つける。

「ひとまずここに隠れよう」
「は、っん……も、はしれな、い」
「こんなところで、走る想定は……してない、から」

 走り疲れた星は洞の中に入るなり地面に倒れ込む。汗でじっとりとした肌に土や樹皮が張り付くが、それを気にする余裕は疲弊した星にない。その隣で月は顎に伝う汗を拭い、荒い呼吸を整えようとする。そんな2人を横目に、カルアはズバットに襲われた際に怪我をした腕の手当てをする。手当てといっても薬箱はアウトドアワゴンの中なのでハンカチを使って圧迫止血をする程度のものなので気休めにしかならない。

「それで、なんで突然走り出したの……突然声かけられて困ってはいたけど逃げるほどではないでしょ」
「ナンパなら無視でいいんだけどね。そうじゃないみたいだから」
「そうじゃないってなぁにぃ? びっくりしたけど、あのおにーさんのお喋り面白かったよぉ」
「星、ちょっと気を弛めすぎ。いつでも動けるようにしておいて」
「えっ、まだ走るの?! あいたっ」

 カルアの言葉になんて恐ろしい! と星は飛び起きる。そして額を天井にぶつける。その衝撃で樹皮がぱらぱらと落ちてくる。かすり傷の痛みに涙をじんわりと浮かべた星は月に泣きつく。こんな狭いところで突然動けばぶつかるのは当たり前でしょう、脱出ポッドでも同じことをしたのに本当学ばないわね。そう呆れながらもぐすぐすと泣いている星を突き放すことをせず、つむじに積もった樹皮を払う。
 そんな2人のやりとりで胸を温めたところでカルアは洞の外を覗いてまだ追っ手が来ていないことを確認する。周囲にズバットが飛んでいる様子もなく、人の足音もしない。説明する時間くらいはあるだろうと考え、カルアは真剣な表情を浮かべて口を開く。

「あいつらの狙い、星と月だよ」
「え、私たち?」
「うん。……正確には宇宙から来たポケモンが狙いなんだと思う」
「……星」
「えっ、私言ってないよ! 口が滑りそうになったとき、月ちゃんがこーんな顔して睨むんだもん!」
「星の口が軽すぎるのよ」

 真っ先に疑われたことに不満を抱いた星は人差し指で自分の両目を吊り上げ、頬を膨らませてみせる。それを自分の顔真似だと言い張るものだから月はむっとして先程かすり傷ができたばかりの額を指で弾く。その刺激に小さな悲鳴をあげた星は両手で額を覆い、ぷるぷると震えながら月を睨む。
 この状況がどれだけ危険なことかまだ理解していないのか、和やかなやりとりをしている2人をよそにカルアは考える。宇宙から来たポケモンを捕らえてどうするつもりか、ではない。その情報はどこから漏れたのか、だ。このことを知っているのは当人たちを除けばカルアただ1人。星が何度か口を滑らしかけることはあったが月の監視のおかげで未遂に終えている。では、他に知る術は。

「……2人ってさ、なんで暗いところだと発光するの?」
「だって宇宙は暗いもん」
「え、えー……」
「そんなことでと思うかもしれないけれど、自らを発光させないと仲間に位置を知らせることができないの。広大な宇宙で生きるポケモンとしては結構重要なことだよ」
「……ちなみにそれ自分の意思で抑えることは?」

 カルアの質問に2人は揃って首を傾げる。意識的に発光しているわけではないから分からないということなのだろう。額を押さえ、溜め息を吐く。明らかに疲れている様子に2人は不安になり、小さな声で謝る。
 この状況がどれだけ危ないことなのか、カルアの思っている通り2人はあまり分かっていない。宇宙で出会った人間たちに宇宙から来たポケモンだと知られたら危険だと教わったから素性を隠すようにしているが、幸いなことに2人が初めて出会った人間はカルアだったのだ。危機感が薄れてしまうのも仕方がないというもの。しかし、そんな自分たちのせいでカルアが今こうして大変な目に遭っているというのは自覚している。星は顔を俯かせ、きゅっと唇を噛む。続く沈黙が重たく、耐えきれなかった月が口を開こうとしたそのとき。


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