イッシュ地方からセイショウ地方までの距離はかなりあるが、想像よりも早く到着した。船って意外と早い。高速船だから当然と言えば当然か。
 ガラガラと音をたててアウトドアワゴンを引きながら夜のミマイシティをふらつく。船旅を共にした4人はミマイシティに来たらここの海鮮丼を食べるべしとおすすめの食堂に連行し、夕食を食べ終えたところで風月と彗が「今日、コンビニバイトの夜勤だから」と。電車に乗って帰っていった。終業式の日に旅立ち、始業式の日に帰る予定のカルアが言えた話ではないが忙しい日程だ。

「さて、今日はどこに泊まろうかなあ。龍宮城は現代に残る公共の妓楼で宿泊も可能って書いてあったけど……さすがに未成年は入れないかあ」

 洗練されたみずタイプポケモンたちが涼やかな振る舞いで持てなす龍宮城。太陽が浮かぶ時間は水族館として人々の心を躍らせ、月が浮かぶ時間は妓楼として人々の心を癒す。2つの顔をもつ龍宮城はまさに極上の地だと食堂で意気投合して会話を弾ませた船乗りたちが教えてくれた。目が合って数秒でそこまで親しくなるカルアのコミュニケーション能力には暴発しがちの修景でさえ驚きのあまり頬を引き攣らせていた。
 船乗りたちの話を思い出したついでに同じような顔をして箸を止めていた4人を浮かべ、カルアは思い出し笑いをする。

「思い出すと言えば……歴史の授業で先生が言ってたなあ。港町にある妓楼は船乗りたちに需要があるし、外交の場としても重宝されるから栄えていたって。ミマイシティは大きな港町だし、現代でも需要があるわけかあ。嫌な言い方をするとポケモンは使い勝手がいい……けど、セイショウ地方ってポケモンにも戸籍と人権を与えているってはなしだけどなあ」

 お偉いさんの名前が連なる歴史の授業は子守唄のようだが、豆知識が含まれる雑談は興味をひく。そういう話ばかり記憶に残るのだから博識なわりにテストの点数が伸びないといのかなあと思いつつ、セイショウ地方最大と名高い妓楼について考え込む。
 ときどき見知らぬ男に声をかけられては誘いを断ることを繰り返し、そろそろ本格的に宿を決めようとお手製マップとスマホを取り出す。

「旅人のおじょーさん」
「えっ?」
「ミマイ名物のソルトアイスはいかがですかぁ?」

 足を止めて現在位置を確認していると、ころころと可愛らしい声をかけられる。顔をあげると濃紺色の髪をツインテールに結わえた女の子がカルアに向けて薄青色のカップアイスを差し出していた。ほのかな甘みが香る美味しそうなアイス。普段のカルアなら何も考えず食いついていたことだろう。だが、今のカルアは夕食に海鮮丼をたっぷりと食べていたので食欲はそそられなかった。
 カルアが首を横に振ろうとしたとき、女の子はカルアの腕をするりと組む。揺れる髪からふわりと瑞々しいマリンノートの香りが鼻腔をくすぐる。きゅっと密着され、柔らかな感触がカルアの腕に押し付けられる。自分の胸にもついている柔らかさなのに、人のものを押し付けられるとドキドキするのはなぜだろう。パーソナルスペース皆無の絡みに戸惑っていると、ひそりと耳元で囁かれる。

「ミナモくんの統治で平穏になったとはいえ、ミマイシティは海の荒くれものがわんさかいる街なんですよぉ。さっきからお嬢さんのおっきなお胸をいろんな男の子が目をつけていて危ないですよぉ」
「げえ」
「お嬢さんが土地勘のない旅人だというのも一目瞭然ですし、隙あらばって感じですからね」

 ゆったりとした声で語られる話にカルアの眉間に皺が寄る。その顔は見知らぬ土地で見知らぬ男に目をつけられているという言葉に怯えるものではなく、下卑た視線に気付いて大変不愉快だというものであった。その反応にきょとりと黒曜石を埋め込んだような目を丸め、すぐにくすくすと小さく笑う。
 その手の男の子には慣れていましたかぁなどと呟いて空いている手でソルトアイスをスプーンで掬い、舌先に転がす。人のものを食べているとお腹が空いてなくても食べたくなるのはなぜだろうと考え、カルアは明日の午後のおやつにソルトアイスを食べることを頭の中で組み立てているスケジュールに加える。


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