「海の民としてはミマイシティの治安が揺らぐことは見過ごせないんですよねぇ。特に性犯罪が起きるとか……なぁんのための妓楼だって話ですよぉ」
「そっか。港が栄えていると他地方からの旅行者も多いし、縄張りにしてる人からしたら獲物を見つけやすいってことだもんね。妓楼はその抑止力?」
「ですです。一歩間違えたら外交問題にもなりかねないのでミナモくんが率いる海の民でミマイシティを統治し、溜め込んでいるものを自由に発散するための場所として妓楼を公の場にしてるんですよぉ」
「でも、それで全部を防げるわけじゃないよね?」
「はい。だからこうして夜遊びがてらパトロールしてるんですよぉ」
最後の一口を頬張り、空になったカップを露店の隣に設置されたゴミ箱に捨てる。組まれていた腕が解かれ、濃紺色の髪を潮風に靡かせてくるりとその場で一回転する。可愛らしい自己アピールにカルアは拍手を送りながら思う。この子、自分の可愛さを自覚しているタイプだと。同時に疑問を抱く。彼女こそ夜の街を1人歩きしたら危ないのではないかと。
「お嬢さん、目的地はお決まりですかぁ?」
「えっと、海灯りっていう宿に行こうとしていて」
「あー。あそこは穴場ですから夏場でも空いているんですよねぇ」
「船で出会った子たちに無計画で来たから今日泊まるところを決めていないって言ったら夏のミマイシティで予約無しの宿探しは無謀だからって教えてもらったんだー」
「ほほう。それは良縁に結ばれましたねぇ。それでは私もその縁に便乗してお嬢さんを海灯りまでご案内してあげましょう」
シーグラスネイルで彩られた指の腹がカルアの手の平をなぞり、まるで恋人のように指を絡めとる。表情や仕草はあざと可愛らしさが目立つ女の子だが、カルアの触れるときの仕草は1つ1つは色っぽい。不思議なことに名前も知らぬ状態でここまで触れられても不快感を抱くことはなかった。それどころか誘惑されていると誤認し、うっかり惚れてしまいかねない。
カルアの密かなときめきを知ってか知らずか。女の子はカルアに甘えるようにぴっとりくっついて歩き始める。密着しているというのに足取りは早く、カルアも歩きにくさを感じない。慣れた様子にカルアは察する。
「キミ、息をするように人を誘惑するね?」
「ふふっ、民族柄ですかねぇ。おっと、自己紹介が遅くなりました。私はマンタインのくるみ」
「あ、私はイッシュ地方のカルア。トレーナーになるつもりは一切ない人間だよ」
「トレーナーでもない方が遠路遥々セイショウ地方までいらっしゃるとは……」
高速船を使って半日と少し。未成年の女の子からすればかなりの距離だろう。ポケモンを連れ歩くトレーナーであればまだ分からなくもないが、一切ないと宣言までしている。そのような子がなぜ。
カルアを観察するように上から下へと視線を滑らせていく。上記のようなことを思われているのだろうと察したカルアはよくぞ聞いてくれました! と言わんばかりの笑顔で語り始める。
「せっかくの夏休みだし何か人と違うことしたいなあって考えてたの。そんなとき、風林火山がセイショウ地方出身だって聞いてさ。調べてるうちに面白くなってきて、気付いたら船のチケット取ってたの」
「風林火山って……」
「あれ、知らない? 今1番JKの胸をときめかせる男性アイドルグループ」
「あ、いえ。それは十二分に知ってますよぉ」
風林火山。その言葉を聞いて連想するのは戦における4つの心構えもしくは見ぬ日がないくらい大人気の男性アイドルグループのどちらかだろう。現役女子高校生のカルアからすれば存在そのものが常識。知らないなんてありえないでしょというくらいの有名人。加えて、セイショウ地方出身のアイドルなのだから名をあげられれば納得とでもいうような反応をしてもいいものだ。
しかし、くるみの反応は少しばかり鈍かった。わずかの時間だが足を止め、目を丸くする。その顔は風林火山をきっかけにイッシュ地方からここまできたとか本気ですか? とでも言いたげな驚いた様子である。もしかしたら違うものを思い浮かべているのかもしれないとカルアは説明を付け加える。くるみはゆるりと首を振ってから「そうですか、風林火山ですか。なるほど」と。何やら考え込むように呟いてから、ぱっと顔をあげて「ならば」と。セイショウ地方に降り立ったばかりのカルアにお勧めの店を教える。