遠き日の恋心

 ここまで思い出して、ふと気付く。
 僕の人生、みどりちゃんとの出会いに影響されすぎなのでは? と。
 
「みどりちゃんと出会っていなかったらどうなっていたんだろう」

 どれだけ考えても想像ができない。必要不可欠な存在なのだと改めて思い知らされた。
 スズメちゃんのポケモンとなってからいろいろな人やポケモンと出会ってきたけれど、みどりちゃん以上に強烈な子はいないと思う。うーん、でも強烈という言葉はスズメちゃんの方が似合うかなあ。みどりちゃんは、なんというか。そう。

「染み付いてる?」

 とっと立ち上がり、再び洞窟の中を歩き回る。
 温泉の話を聞き、温かい地表があるからそこを掘れば同じようなものが湧くのではないかと期待した場所には掘り途中の穴がそのまま残っていた。地面にそのまま寝転がったら汚れると言われ、何年かぶりに外に出て集めた葉を敷いてみた場所は枯れ切った葉が残っていた。
 1つ1つ、その箇所に触れる。意外と残っているものだ。……その場所も僕の記憶も。

「ここでたくさんのことをお喋りして、持ってきてくれたお菓子一緒に食べて、たまにお昼寝もしたかなあ。それから……あれ、なんだろうこれ」

 場所を辿り、記憶を掘り起こす。スズメちゃんの言う通り、この場所にきたら連鎖的にいろいろと思い出してきた。なるほど、感情を記憶して物事を覚えることは苦手というのはこういうことかと納得すらできた。……ハンバーグの例え方は分かりにくいけれどと少し苦笑する。
 そこで、ふと見慣れない物が目についた。ここで住んでいた頃には一度も目にしたことないもの。ああ、でもこの緑色はみどりちゃんっぽい色だなと思い、まじまじと観察する。不定形な輪郭。真ん中にあるものは核のようなものだろうか。手を伸ばし、人差し指でつついて見る。

「……、〜〜っ!」

 生き物のように柔らかな温かみがあり、ぷにぷにとした触感が気持ち良い。堪能するようにしばらくの間つついていると、それをきっかけに奥底に眠っていたであろうあの日の出来事が生々しいくらい鮮明に脳裏を駆け巡り、びくっと肩を跳ねて足を止める。誰かがいるわけでもないののに気まずくなる。目を右へ左へとゆっくり動かしてしゃがみこむ。
 ふっと湧き出るように浮かぶ記憶にどくどくと心臓が早まり、身体が熱くなる。自分の唇に触れてみたのだが、それは逆効果でわっと叫びたい衝動に駆られる。その時だった。


「── ロン」


 よりにもよって、なんでこのタイミングでと思った。
 あれだけ思い出したくても思い出せなかったみどりちゃんの声が。片手の数で容易に数えられるくらいにしか呼ばなかった僕の名前を。呆れたように、観念したかのように呼んだ気がした。

「〜〜っ!」

 全身の血流が勢いよく駆け巡る。先程までの比でないくらい身体も顔も熱い。心臓の音は早まることに加え、どっくんどっくんと大きくなる。
 寝惚けていたのか。食べたお菓子にお酒が入っていて酔ったのか。きっかけは覚えていない。ただ、衝動的にみどりちゃんに触れたくなった。ただ、ただ、みどりちゃんが欲しいという気持ちに駆られて、あのとき僕は……。

「あ、あああ、う、それはさ、あああ」

 恥ずかしさにいっぱいいっぱいとなって悲鳴に近い声をあげる。反響する声は動揺にまみれていて、それがよりいっそう僕の羞恥心を掻き立てる。
 自覚をしてしまえば簡単なことだった。僕はみどりちゃんのことを忘れてしまったことを苦しく思っていたわけではない。みどりちゃんへの思いを勘違いしたままでいることが嫌だったのだろう。そして、病に蝕まれてから着々と近づいている死期のせいで僕自身がそれを主張していたとか。
 今更自覚したって伝える相手はもういないのに。どうすることもできないというのに。なんて遅い自覚。ああ、でも、伝える相手がいなくなった今のタイミングで良かったかもしれない。衝動に弱い僕は自覚した後にみどりちゃんと会えば何も考えていないときに口にしていただろうから。そしてみどりちゃんを困らせることになる。

「あー……初恋を拗らせるってこういうことだったんだあ」

 ばったん。地面に倒れる。力なくあーとかうーとか声をあげ、ごろごろと転がる。冷えた地面は火照った身体にちょうどいい。
 あまり考えたことないけれど、そういえば誰かを恋情を抱いたり欲情したりすることだけはなかったなあ。でも、それもそのはずだ。あの頃からずっと、ずるずるとしつこくみどりちゃんを想い続けて引きずっていたわけなのだから。

「誰かに話したいな」

 深い溜め息と共に両手足を投げ出し、大の字になる。寝巻が汚れてしまったことに気付いたけれど、起き上がる気になれない。久し振りに激しい感情の起伏に振り回されて疲れちゃった。
 ふと、これを話すとしたら甘宮ちゃんが好きな恋バナというやつになるだろうかと思いつく。ううん、この年にしてなんだか気恥ずかしい。両手で顔を覆って、もう一度声をあげる。誰かに話したいけれど、甘宮ちゃんとかに零すと根掘り葉掘りと出会いから全部聞かれそう。それは少し避けたいところ。みどりちゃんへの気持ちは誰かに話したいけれど、出会いとか僅かに覚えている出来事は僕だけの宝物にしておきたい。我儘を言っている自覚はある。
 しばらくの間腕を組み、うんうんと唸る。そして、気付く。そっか、スズメちゃんはこの気持ちを自覚させるためにここに連れてきてくれたのだということを。つまり、僕より先に察していたということで……恋愛に無縁なスズメちゃんなのに、なんて勘の鋭さ! 我がトレーナーながら恐ろしい!

「スズメちゃんなら聞いてくれるかな!」

 聞いてくれなくても聞いてもらおう。なんとなくだけれど、なんだかんだで聞いてくれるところとか、聞き流さないところはスズメちゃんとみどりちゃんは似ている気がする。大好きな2人の共通点が見つかるだけで胸の中がぽかぽかして身体が軽くなる。
 早く話したくて、小走りでスズメちゃんが待っているであろう洞窟の出入り口へ向かう。途中、小石やでこぼこした地面に足を取られて転びそうになったけれどなんとか踏ん張る。

「スズメちゃん!」
「意外と早いお戻りですね。その顔を見る限り悩みは解決したようで」
「うん、あのねあのね! ……って、何してるの!?」
「小腹が空いたので夜食を作ろうかと」

 そして、僕を待っているスズメちゃんが小腹を空かせたという理由で火を焚き、採ってきた木の実や狩ってきたのであろう成果を調理しようとしている姿に悲鳴をあげ、話そうと思っていた内容全部が頭から飛びそうになったのは別の話。

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