眠れぬ子は安眠を求める

 錠剤の入った小瓶を掲げる。瓶越しに見える照明は眠気を誘うような薄暗さだ。期待しているその効果はいっこうにくる気配がなく、ひっそりとため息を吐いて小瓶を力なく揺らす。じゃらり。じゃらり。粒の擦れる音が静まり返った室内によく響いた。

「眠りたいなら飲めばいいじゃん」
「んー、そうなんだけどさあ」
「まだその薬は効くんでしょ」
「効くから悩んでるんだよなあ。この時間に飲むのはなあって」

 だらりと腕を落として時計に目をやる。風音の視線につられて風月も現在時刻を確認する。日付は随分前に越えていた。なるほど、確かにこの時間から飲むと朝がしんどいことだろう。納得して頷く。その拍子にずれた眼鏡の縁をあげてから風月の視線を風音にやる。既に時計から目を離した風音の視線は下に向いており、辿っていけば風音の膝を枕替わりにして眠る薺の姿があった。
 仕事を終えて直接家に寄り、いつも通りに作りすぎた風月の料理をたいらげ、薺のお勧めだという入浴剤をたっぷり使った風呂で身を温め、そして不眠緩和の効果があるハーブを飲んだ。そして、見事に薺だけが強い睡魔の前に撃沈した。同じことをしていたのに眠気が襲ってくる気配すらない風音と風月からしたら羨ましい話である。

「明日お休みなんでしょ。寝過ごしてもいいと思うけど」
「寝過ごすだけならまだしもさあ。これ飲んだら起こされても起きれないじゃん。絶対変に思われる」
「なら言えばいいじゃん。眠剤を飲まないと眠れませんって」
「普段陽気なやつがそんなこと言ったらすんごい闇抱えてるんじゃないかって思われるじゃん。やーだー」
「闇は抱えてないけど、面倒事は抱えてるでしょ」

 冷蔵庫に視線を向け、それから風音が手にしている小瓶に移す。風月の視線から何を言いたいか察した風音は両手をあげて頭を横に振る。
 考えることが疲れたようで両腕をだらりと落とし、ごろりと床に転がる。薺を起こさないように気をつけている姿はなんともまあ健気なことか。風月の冷めた目からひしひしと伝わってくる言葉に苦笑いを浮かべた。

「そうやって簡単に言うけどさあ。なかなか言えないものだろ、引かれたらどうしようとか幻滅されたらとか」
「まあ、ね。親が親なら子も子って言葉があるくらいだし」
「だろ?」
「でもだからこそ早い段階で自分はそういう家庭で生まれてこういうポケモンですって打ち明けるのは大事でしょ。仲を深めてから知られて幻滅される方が傷つく」
「そーゆー風月は丞くんに言ったんですかー。言えるんですかー」
「クソ親父のことと借金については大方。料理をため込んじゃうのも兄さんが帰ってこない日に呼んで食べてもらってるから知られるようなものだし、眠剤が無いと眠れないのは……まあ、些末な問題だし」
「家でやらしーことしないでくださーい」
「するわけないでしょ」

 本を閉じ、じっとりと睨みつける。ばっかじゃないの。鋭い眼光とともに突き刺さってくるお怒りの言葉。どうやら気に障ったらしい。
 風音としても可愛い可愛い妹が彼氏とあれやこれやと致しているところなんて想像をしたくない。大人への階段を昇ることは成長を喜ぶことなのかもしれないが、手元から離れる寂しさに涙ぐみそうだ。グズッと鼻を鳴らして目元を擦る。何を泣いているのやらと呆れたように溜め息を吐かれたので大袈裟に心を痛めたと訴えてみせる。
 しょうもない兄妹のやりとりを繰り返し、少しの沈黙が流れる。数分経ってから、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「……教えたの、付き合う前? 後?」
「後。付き合って少ししてから。私がやったことじゃないものをまるで私がしたかのように責める人じゃないと思ったから。まあ、それでも危険とか面倒事が付きまとうから嫌だと言われたらそれまでけど。……付き合った後に言ったのは丞と離れる前に思い出作りたいなっていう下心はあったけど」
「泣き虫なことは?」
「それは絶対教えない。幼い頃のそれは何が何でも知らせない」
「小さい頃からだけど今もまあまあ涙もろいからな?」

 やせ我慢が上手になっただけで、怖い目に遭うと内心泣きたくてたまらないだろ。
 身体を起こしてにんまり笑う。そんなことに気付くのは兄である風音くらいなのだから指定せずに見守ってくれれば良いものを。恨めしく思いながら立ち上がり、台所で水を汲む。コップの半分ほど注いだらチョロチョロと水を流す水道を止める。
 不機嫌なのは変わらないようで、眉間に皺を寄せたまま風音にコップを差し出す。相変わらず涙脆いところを指摘されることを嫌うなあと微笑ましい気持ちになりながら受け取る。

「もう、早く寝たら。この時間まで私と喋っていたから明け方に寝たとでも言えばいいでしょう」
「……ん、そうする」

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