眠れぬ子は安眠を求める

 風音が眠剤を内服してから30分程経っただろうか。再び読み始めていた本から視線をあげ、時計に目をやる。さすがに30分も経てば薬も効いてくることだろう。風月は立ち上がり、棚からマグカップを2つ取り出す。冷蔵庫を開いて、未開封の牛乳パックを手に取る。たぷたぷと揺らしながらマグカップに注ぎ、電子レンジに収める。蜂蜜なんて気の利いたものはうちにないから砂糖で良いだろう。こんな夜中に芸能人へ差し出すのはいかがだろうか、カロリー高いしと少しだけ悩む。チンッと電子レンジの止まる音が聞こえたところで考えるのをやめる。嫌なら飲まなければいいことだしと自分の分には大匙1杯、差し出す方に小匙1杯の砂糖を注ぐ。
 熱を帯びたマグカップをテーブルに並べ、風音の膝を枕代わりにして寝息をたてる薺に近付く。じぃっと見下ろし、観察する。そして、今日1番の深い溜め息を吐き出し、薺を足蹴にして声をかける。

「薺。狸寝入りがど下手」
「……う。それは気付いても気付かないふりしてほしかったな」
「聞かなかったふりとか下手そうだと思ったから」
「えー」

 というか、30分経っても二度寝についていないのはどうなの。
 薺に向けていた呆れた目をテーブルに向ける。座れということなのだろう。有無を言わせない態度にこういうところは兄妹似ていないよなあと考えながら起き上がる。指示された通りにマグカップを置かれた席につく。
 さて、今からなんの話をされるのだろうか。少し緊張した面持ちで風月に向かい合う。座るように促した風月はというと、ホットミルクに口をつけようとしたところで眼鏡が湯気で曇り、鬱陶しそうにしていた。外したらいいのにと思って声をかけると「普段はカラコンで隠してるだけで、私もあまり瞳を見られるの好きじゃない」と。そう言われてしまえば気になってしまうもので、薺はチラ見をする。ちょうど曇った眼鏡を拭くために外したようで、黄色い瞳に浮かぶ青い三日月が見えた。
 綺麗なのに隠すなんてもったいない。素直にそう思った。口にしたつもりはなかったが、一度薺を見てから眼鏡をテーブルの上に置く。そして、頬杖をついてにっこりと笑って一言。

「この目が綺麗なのは知ってる。でも彼氏でもない男に顔をまじまじ見られても嬉しくないし、うざいから嫌い」
「隠している理由が思っていたのと違った」
「注視したら気付けるってやつだから異質ってわけではないし、気に入ってはいるのよ。ただキョーミのない男に顔をまじまじと見られる理由にされるから嫌なだけ。それにほら、好きな人とだけ共有する素顔ってのも魅力的でしょ?」

 言うほど秘密にしているわけでもないけども。そう付け足してから大の字になって眠る風音に目を向ける。細かく言うと寝ている間も外そうとしない医療眼帯に、だ。きっと薺がいるから隠してるのだろう。少し考えてから、視線を薺に戻す。

「話していた通り。ろくでもない父親が借金をこさえて蒸発。残された子どもがこれまた最悪最低の借金取りに追われ、心の傷を負うこと。兄は他人には素顔が見せられなくなり、妹は飢えへの恐怖心を拭えず。兄妹ともに不眠症を抱えることになりました」
「さらっと爆弾落としていくね?」
「私は隠してないからね」
「風音、知られたくなさそうな言い方してたけど」
「そりゃあ。国民的アイドルが父親が作った多額の借金を背負ってるなんて情報、スキャンダルにしかならないし隠したいでしょう」

 冷めてきたホットミルクをくぴっと一飲み。ほっと息を吐き出し、椅子の背もたれに体重を預ける。足をぱたつかせ、薺の足を蹴る。足癖が悪いよと指摘されるが、風月はべっと舌を出してやめる気配がない。
 しばらくして飽きたのかぱたつかせていた足を降ろし、頬杖をついて口を半開きにして寝息をたてている風音に視線を戻す。

「……。お兄ちゃんは物心ついたばかりの幼い私を抱えなきゃいけなかったからね。弱いところを人に見せられなかったの」
「可愛い妹の手によって暴露されまくってるんだけど」
「話す相手は選んでるわよ」

 えーっと。と、指折り数えながら風林火山の面々の名前と聞き覚えない名を数人あげる。首を傾げていると質問する前に幼馴染だよと答えられる。それからにんまりと口角をあげ、薺を指をさす。

「で、薺」
「お、おう」
「お兄ちゃんの口から明かされることを待っていたら一生聞けないよ。……全部クソ親父が悪いわけで、お兄ちゃんは気にしなくていいのにね」
「意外と抱え込む方なんだなあ」
「そうそう。あ、性格が悪いことだけは否定しないけど」
「……風音って性格悪いか?」

 日頃の風音は快活で人懐っこい。性格が悪いとはかけ離れている。似合わない表現に傾げていた首を逆に向ける。ぴんとこない様子の薺に風月はふっと鼻で笑う。まるで妹だから全部分かっている、薺はまだまだねとでも言いたげな顔。なんか腹立つと頬を膨らませ、風月の鼻をつまむ。ふきゅっと変な声をあげて眉間に皺を寄せながら薺の手を叩く。

「そういえばさ」
「何?」
「普段はお兄ちゃんって呼んでるのか?」
「呼んでない。聞き間違えたのでしょ」
「え、でも」
「それより早く寝室に兄さんを運んで。こんなところで寝たら風邪ひく」
「りょーかい」

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